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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
十章 狂乱の終章

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169話 邪教の神父・中

 そうしてヴァルターは、両腕を大きく広げて詠う。

 これが彼の本来の姿なのだと。


「遍く大地の生命を捧げ、信仰を証明せよ。救済は偽りではないのだと。故に我は夢想する――夢幻の狂典フォイルニス・トロイメライ


 第三段階の解放。

 ヴァルターの気配が人ならざるものへと変貌していく。


 正しく彼は邪神だった。

 始まりから常に全てを操り続けてきた。

 出会った時には既に、彼の思惑は始まっていたのだ。


 アインは騙されたとは思っていない。

 彼は同胞であるとは言ったが、一度も自分が仲間であるとは言っていない。

 もし注意を払っていれば、どこかで気付けた可能性もゼロではないのだろう。


 ヴァルターは公平な存在だ。

 それが彼の性格からか、あるいは何かしらのルールで定めているのかは不明だ。

 しかし、アインが第三段階に至るまで殺すようなことはしなかった。


 それが間違いだったのだと。

 後悔をさせるのが己の役割なのだと、アインは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解き放つ。


「我は渇望する。永劫の悦楽。刹那の享楽。今ここに、甘美なる結末を――原初の狂槍ファルセ・モルト・ヘレ


 仰々しい装飾の施された、巨大な闇色の槍。

 かつて邪神がアインの胸を貫いた時に用いられたものだった。


 槍を手に取ると、体の奥底から強烈な殺意が湧き上がってきた。

 理性で縛られていた狂気が解き放たれたのだ。

 これまで感じたことがないほどの激情にアインは歓喜する。


 そして、槍を構えて駆け出す。


「さあ、来なさいアイン! その狂気を我が前に示すのですッ!」


 尊大に構えるヴァルターに、アインは全力で槍を突き出す。

 だが、ヴァルターは身構えることなく笑みを浮かべたままだった。


 違和感を抱くも、ここまで来て止まるわけにもいかない。

 アインは全力で以て槍を突き出す。


「――重槍撃シュヴェルクラフト


 重力魔法によって威力を高めた至高の一撃が、ヴァルターの腹部を貫く。

 だが――。


「この槍は……危険ですねえ」


 ヴァルターは淡々と感想を述べるのみ。

 以前も同じような状況に陥ったことがあった。

 世界が闇に閉ざされる直前に、ヴァルターと殺し合った時のことだ。


「――槍鎖『象影』」


 今度こそ逃がさない。

 アインは全力で魔術を構築し、その体を捕らえる。


――喰らい尽くしてやる。


 前回とは違い、今回はより強力な槍を持っている。

 いかにヴァルターとて、第三段階まで解放したアインの拘束から逃れることは容易ではないだろう。


 そう考えていたが、ヴァルターは落ち着いた様子で詠唱する。


此の地こそヒーア・ラントゥ・ヴァス――黒き約定の地ダス・ゲロープテ・ラント


 アインの視界が黒く染まっていく。

 空も、大地も、全てが闇に閉ざされていく。


 闇の中でもがくが、どうやっても逃れることが出来ない。

 気付けば視界は闇に呑み込まれ、何も見えなくなっていた。


「せめてもの情けです。幸せな夢を見せてさしあげましょう」


 ヴァルターはアインの頭に手を翳し、魔術を行使した。


 意識が闇に沈む。

 力無く倒れこんだアインを抱き留め、ヴァルターは優しく囁く。


「さあ、眠りなさい。夜明けを望むことなく、安らかに――」






 ふと目を覚ますと、小鳥の囀りが聞こえてきた。

 どうやら自室で寝ていたらしい。

 見慣れた天井を見つめながら、アインは眠い目を擦る。


 何やら長い夢を見ていたようだった。

 それも、酷い悪夢を。

 だというのに寝起きの気分がいいのは何故だろう。


「ふわぁ……」


 自分は緑が豊かな村に住む、一人の村娘に過ぎない。

 きっと分不相応な夢を見ていたのだろうと、アインは身だしなみを整えながら考えていた。


 だが、何故だか夢の続きを見たいと思っていた。

 大した夢ではないはずなのに、その続きが気になってしまう。

 自分は一体どんな夢を見ていたのだろうと考えていたが、服を着替え終えるとそれも忘れてしまった。


 リビングに向かうと、アインの父親が席に座っていた。


「おや、アイン。随分と早いじゃないか」

「うん。今日はなんだか気分がいいの」

「そうかい。そういう日は、きっと良いことがあるだろうね」


 父親は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 キッチンではちょうど母親が朝食の用意をしているところだった。


「お母さん、私も手伝うよ」

「あら、アイン。ありがとう」


 アインは母親に教わりながら料理をしていく。

 普段通りの生活だというのに、なぜだか今日は、この平和な時間が愛おしく感じていた。


 アインは炒め物をする母親の横でカボチャのスープを作る。

 このカボチャは庭で育てていたもので、ちょうど食べごろになったものを母親が持ってきたのだ。


 途中でスープの味見をして、アインは頬を緩ませる。

 会心の出来だと満足していた。


 出来上がった料理をテーブルに並べると、三人で席に着く。

 これがいつもの光景。

 何も疑問を抱く必要はない。


 手を合わせて食事の祈りをしようとすると、父親と母親がくすくすと笑う。


「アイン、まだ寝ぼけているんじゃないか? 全員揃ってないだろう」

「そうよアイン。大切な人を忘れるなんて」


 その言葉にきょとんとしていると、少ししてリビングの扉が開け放たれた。

 入ってきたのは粗暴そうな冒険者――マシブだった。


「よう、アイン。今日は随分早いな」


 そう言って、マシブは席に着く。

 アインは不思議そうに彼を見つめていたが、そういえばこれが日常の光景だったと思い直す。


 食事を始めると、マシブはカボチャのスープを飲んで「おっ」と声を上げる。


「このスープ、いつもよりうまいな」

「あらあら。それはアインが作ったのよ」


 母親が嬉しそうに言う。

 マシブもアインの手料理を喜んで食べていた。


 明るい家庭だった。

 これが現実であって、先ほどまで見ていた夢はどうでもいいことだ。

 この幸せを享受することが、アインにとっての幸せなのだから。


 手料理を美味しそうに食べてくれるマシブを見て、アインも嬉しくなってしまう。

 だというのに、何故だろう。

 心の奥底から得体のしれない感情が湧き上がってくるのは。


「おい、アイン。聞いてるか?」

「えっ、あ……ごめん」

「やっぱり寝ぼけてるんじゃねえか。あとで体でも動かそうぜ」


 マシブの提案にアインは頷く。

 一緒に鍛錬をするのが日課になっていた。

 この辺境にある村では早々危機が訪れるようなことはないが、それでも鍛えておくに越したことはない。


 それに、マシブはゴールドプレートの冒険者だ。

 彼がいれば、大抵の魔物は恐れるに足らないだろう。


 そして食事を終えると、二人は庭へと向かった。

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