表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
九章 常闇に呑まれる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

167/170

167話 アイゼルネ・ユングフラウ

 槍を構え、瞬時に肉迫する。

 突き出された穂先をアイゼルネは剣で弾き、蹴りを放つ。


「――ッ!」


 鈍い音が響く。

 強烈な一撃だったが、アインは義手を盾にすることで受け止めた。


「――槍鎖『象影』」


 アインの背後から無数の鎖が現れる。

 それは魔術によって編み上げられた捕縛の鎖。

 アイゼルネは危険を感じて後方へと飛ぶと、その身を捕らえんと伸びてくる鎖を剣で叩き落していく。


 左右に散らされた鎖は大地に硬く突き刺さる。

 凌ぎ切ったかと剣を構え直そうとして、アイゼルネは気付く。


「遅いッ!」


 アインは鎖を一気に引き戻し、勢いに任せて肉迫する。

 左右に散らされた鎖がアイゼルネの逃げ道を制限していた。

 その視線が上空へと向けられる。


 しかし――。


「逃がさないからッ!」


 義手を突き出し、重力魔法を行使する。

 上から強大な力で抑え込まれ、アイゼルネはその場で迎え撃たざるを得ない。


 だが、アインが放つ一撃は容易く弾けるようなものではない。

 魔力を込められた穂先が紅い光を帯びる。


「――紅閃ッ」


 突き出された槍を、アイゼルネは剣の腹で受け止める。

 鈍い衝撃がその手に伝わる。


 そのまま押し込もうとするが、アインの一撃はそこで止まってしまう。

 アイゼルネは瞬時に魔法障壁を構築したらしく、その身には傷一つ存在しない。


 しかし、その額には一筋の汗が流れていた。


「……チッ」


 アイゼルネは不愉快そうに舌打ちをする。

 以前までは覆しようのない力量差が存在していた。

 それこそ、拷問をするように嬲り殺しに出来る程度には余裕があった。


 しかし、長い旅の末にアインは力を付けていた。

 保有する魔力は飛躍的に向上し、身体能力も以前の比ではない。


 それだけ多くの魂を喰らってきたのだ。

 魔物を殺し、邪教徒を殺し、竜を殺し、そして無辜の民を殺戮した。

 殺して殺して殺し尽くしてまだ飽き足りないと、さらなる殺戮を求めて歩き続けた。


 その結果が今に至る。

 アイゼルネは侮れない相手だと判断すると、後方へと飛んで体勢を立て直す。


「……貴様は強い。それは認めよう。本当に、あの時殺しておくべきだったと後悔をしているくらいだ」


 だが、その行いをヴァルターが見逃すとは思えない。

 初めて三人が揃った時から、全ては仕組まれていたのだと理解していた。


 アイゼルネは行き場の無い怒りをどうすればいいか分からなかった。

 自分は仕組まれた筋書きの、ただ一つの駒でしかない。

 ヴァルターはもはや彼女に興味を示さない。


 それ故に悔しくて仕方がない。

 どれだけ憎悪しようと、憤怒しようと、彼に一矢報いることさえ敵わない。


 今の彼女は、アインが乗り越えるべき壁でしかない。

 本来であれば彼女がいたであろう立ち位置。

 敵役を担うに相応しいと判断されず、その席から追放されてしまった。


「だが、私を……この私を……ッ」


 激情が湧き上がる。

 邪教徒如きが、この私を殺せるはずがない。

 そうあってはならないのだ。


 アイゼルネの体から凄まじい量の魔力が湧き上がる。

 それは、信仰する神にさえ祝福されなかった彼女が生み出した業。

 多くの邪教徒を殺めることによって完成した、ヴァルターを葬るための禁忌の術。


「聖紋解放――我に万象の理を齎せエア・ヴァイス・アレス


 乱れた呼吸が整う。

 思考が鮮明になっていく。

 世界の全てを把握しているかのような、全能感がアイゼルネの心を満たす。


 まだ覆せる。

 この術を以てすれば、ヴァルターを引きずり出すことも出来るはず。


「この私の逆鱗に触れたことを――後悔させてやろうッ」


 剣を虚空に一閃。

 膨大な魔力が吹き荒れ、刃となって大地を抉る。


 馬鹿げた技だった。

 強大な魔力にものを言わせ、乱暴に放出するだけの技。

 だが、単純故に恐るべき威力を誇っていた。


 襲い来る魔力の奔流に、アインの本能が警笛を鳴らしていた。

 あれは真正面から受け止めていい技ではない。

 全力で逃げなければ死んでしまう。


「――はッ!」


 大きく跳躍してその技を躱す。

 見下ろすと、大地が無残なまでに抉り削られ、無残なまでに荒れ果てていた。


 大地に足を付けると、アインは警戒した様子でアイゼルネを見据える。

 やはり、そう易々と殺されてくれる相手ではない。


 であれば、自分も全力を出さなければならない。


「我は渇望する。永劫の悦楽よ、此処にあれと――血餓の狂槍フェルカー・モルト


 竜槍『魔穿』を手放し、魔力を集中させる。

 生み出されたのは、闇によって象られた漆黒の槍。

 邪神から賜ったこの槍こそ、アイゼルネを殺めるに相応しい武器だろう。


 理性という枷から解き放たれた今、アインの心を満たすのは純粋な殺意の衝動のみ。

 微かに抱いていた恐怖さえも消し飛んでしまった。


 地を這うように姿勢を低くして身構える。

 その姿はまるで獣だ。

 かつてヴァルターが喝采した、アインの抱く獰猛な本性が露になる。


 瞬時に肉迫し――槍を突き出す。

 だが、アイゼルネはそれを事前に察知していたかのように身を翻し、そして槍を突き出した体制のまま隙だらけになっているアインの腹部を蹴り上げる。


「がはっ――ぁああああああああッ!」


 怯むのは一瞬にも満たない。

 即座に槍を引き戻し、今度は掴みかかっていく。

 アイゼルネは咄嗟に身を捩って逃げようとするが、その脇腹をアインの義手が掴んだ。


「うぐッ……が、ぁ……」


 義手に魔力を込めて締め上げると、アイゼルネが初めて苦悶の表情を浮かべた。

 万力のように腹部を圧し潰されているのだから当然だろう。


 目を見開いて呻くが、抵抗の意思は残されている。


「――舐めるなぁああああああッ!」


 魔力を一気に放出して強引に吹き飛ばす。

 それ自体はアインに被害を与えなかったが、拘束から逃れることは出来た。


 しかし、その腹部は紫色に変色してしまっていた。

 確実に追い詰めてられている。

 手の内は全て曝け出したというのに、未だにアインを追い詰めることが出来ないのだ。


 対して、アインはまるで堪えてないと言わんばかりに殺意を剥き出しにしていた。

 どれだけ傷ついたとしても決して倒れることはないだろう。

 目の前の獲物を殺すまでは、その狂気が瞳から潰えるようなことはないのだ。


「この、邪教徒が……ッ」


 アイゼルネには余裕がない。

 このまま戦い続ければ、勝敗に関係なく命を落とすことになるだろう。

 先ほどの攻撃で内蔵の幾つかが潰されてしまっていた。


 これまで多くの邪教徒を葬ってきた。

 命乞いをする者、家族や友の無事を願う者、神に許しを請う者など多様だった。

 その全てを容赦無く殺してきて、それを後悔するようなことは一度たりとてなかった。


 冷酷な女騎士になった原因となる者こそ、ヴァルター・アトラス。

 アイゼルネの故郷を、とある儀式の実験と称して滅ぼした邪教の神父だ。


 唯一生き残った彼女は、常識外れな鍛錬を積むことによって他を圧倒するほどの剣術を習得した。

 生まれ持った魔術の才能も合わさって、その成長は留まることを知らず、ついには教皇庁の枢機卿として邪教徒討伐の任を受けるまでに成長した。


 今でもアイゼルネは殺意を手放してはいない。

 ヴァルターを殺してやりたいと心の底から思っている。


 だが、気付いてしまったのだ。

 この復讐心はヴァルターにとって余興でしかない。

 彼が愉しむための娯楽として、生き延びるように仕組まれていただけだったのだ。


「『狂槍』のアイン……お前は哀れだ。奴の思惑にも気付かず、ただ殺戮を繰り広げるだけ」


 二人とも、彼の掌で踊り続けているだけ。

 アイゼルネはそう感じていたし、その事実は否定しようがなかった。


 そう考えれば二人は似た者同士なのだろう。

 ヴァルターの余興として生かされているだけの人形。

 どう足掻いたところで、定められた運命に抗うことは出来ない。


「だが、私は違う。貴様を殺し、奴も殺す。邪教徒は例外なく皆殺しにしなければならない」


 叛逆の心さえ偽物だとは思えなかった。

 ここまでの道のりは己の意思で歩んできたのであって、全てがヴァルターの思惑通りというわけではない。


「貴様らの思い通りにはさせん」


 この身が朽ちようと。

 最後に倒れるのが自分であればいい。


 アイゼルネは魔力を『聖銀の煌星ハイル・シュテルン』に込めていく。

 この一撃で勝敗を決めようと考えているようだった。


――面白い。


 アインは笑みを浮かべる。

 戦いはこうでなければ。

 命さえも注ぎ込む勢いで魔力を昂らせる。


 目の前の相手を、地に這い蹲らせたい。

 そうして自らの勝利を叫ぶのだ。

 仇を取ったのだと、斃れた相棒に届くように。


 高尚な考えなどない。

 ただ殺したいだけ。

 そうして最後に嗤うのは自分だと、アインは槍を構え――。


「――がぁああああああああッ!」


 気迫、一閃。

 互いの刃が交錯し、その衝撃で周囲の大地が激しく抉れ、消し飛ぶ。

 砂埃が舞い上がり、両者の姿が見えなくなった。


 やがて視界が晴れた時。

 最後に嗤っていた者はアインだった。


――殺した。


 地に転がるアイゼルネを見た時、最初に抱いた感想は空虚なものだった。

 心の奥底から悦びが湧き上がるわけでもない。

 命を奪ったというのに、無情。


――仇を殺した。


 目を閉じて、両親と相棒に捧ぐ。

 これで、彼らの無念は晴らせただろうか。


 そうして、もう一つ。


――至った。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが赤く熱した鉄のように疼く。

 当然だろう。

 極上の魂アイゼルネを喰らったのだから、これで届かないはずがない。


 途方もない道程の果て。

 満ち足りた感覚が、第三段階の解放を確信させていた。


 体の奥底から膨大な力が湧き上がる。

 まるで自分という存在が変質してしまったかのように、かつての非力な村娘の姿はない。


 事実、アインの体は変化していた。

 自身の保有する強大な力に耐えられるよう、進化を遂げたのだ。

 一見すればただの村娘でしかないが、その本質は神に等しい。


 そうして理解する。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカとは、邪神の卵なのだと。

 多くの命を喰らい続けたことによって、アインは天涯へと至った。


――あと一人。


 殺さなければならない人物がいる。

 アインは歩き出す。

 最後に殺すべき存在は、彼女の到着を待ち侘びているだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ