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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
九章 常闇に呑まれる

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164話 楽園への旅路

 ベルンハルトの率いる一団に加わって、アインは安息の地を目指す。

 その旅路は残酷なまでに危険が伴う。

 今日話した友が、明日まで生きているとは限らないのだ。


 列を成して歩く者たちの表情は暗い。

 皆が無事に辿り着けるようにと、一心に祈りながら歩いていた。


――気楽なものだ。


 アインは呆れたようにため息を吐く。

 祈る手に武器を持つだけで生存する確率はずっと上がるだろう。


 だが、彼らは戦士ではない。

 この過酷な世界において、彼らが唯一抗う手段こそが"祈り"なのだ。

 存在するはずもない、人間の想像の産物を信仰することによって、彼らは心の安寧を得ている。


 では、実在する神はどうなのか。

 アインは自らに黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを与えた邪神のことを考える。


 人間の内に秘めた狂気を見初め、力を与える存在。

 世界の外側に存在する条理から外れた怪物。

 調律者や六転翼とは異なるが、彼らもまた神と崇めるに相応しい存在だろう。


 世界を闇が多い尽くしてから、長い時間をかけてアインは力を得てきた。

 その過程で善良な者も悪辣な者も殺してきた。

 そうして得た力は、気付けば自分でも恐怖を抱くほどに膨れ上がっている。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカ、第三段階の解放。

 ヴァルター曰く、それは莫大な代償を支払うことになるとのこと。


 何を支払えば、自分は強大な力を得られるのだろうか。

 アイゼルネやヴァルターを殺すには、今よりも多くの命を喰らわなければならない。


 どれだけ多くの命を喰らっても勝利できる自分の姿が浮かばないのだ。

 それほどまでに敵は手強い。

 アイゼルネの姿を思い浮かべれば恐怖を抱くし、ヴァルターの姿を思い浮かべれば絶望を抱いてしまう。


 しかし、いつまでも震えているわけにはいかない。

 今のアインは二人を殺すためだけに戦い続けているのだ。

 確固たる意志を持って、必要なだけの魂を喰らう。


 今はベルンハルトたちの命を優先しなければならないが、それが終われば後は思い残すことはない。

 城塞都市を崩落させ、そこにいるであろうアイゼルネを殺すのだ。


 もはや己が何を目的として旅を始めたのかさえ覚えていない。

 今のアインは、心の奥底から湧き上がる強烈な殺意に従って行動しているだけだ。


 ふと、先頭を行くアインが立ち止まる。

 周囲を警戒したように見回しつつ、ベルンハルトが尋ねる。


「敵か?」


 その言葉にアインは頷く。

 強烈な殺気を放つ集団がどこからか近付いてきているようだった。


 だが、アインは落ち着いた様子で槍を構える。

 敗北の可能性は考えられない。

 それだけ多くの魂を喰らってきたのだ。


 ベルンハルトが武器を構えるが、アインはそれを制止する。


「必要ない」

「一人で戦うのは危険だろう?」


 ベルンハルトが知っているアインの実力は、ヘスリッヒ村での状態だ。

 それも、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放せずに戦った時のこと。

 彼が心配してしまうのも仕方のないことだろう。


 アインは一人で戦うつもりでいた。

 尤も、それは戦いと呼べるかさえ怪しいものだったが。


 少しして、前方から魔物の軍勢が姿を現す。

 世界を埋め尽くす異形の怪物。

 それらを前にして、アインは出し惜しみをせずに詠唱する。


「――此の地に災厄を齎せラージェ・ヴルカーン


 槍の穂先から紅蓮の業火が放出され、大地を薙ぎ払い、焼き尽くす。

 たった一つの魔法だけで、前方から迫っていた魔物の群れは壊滅してしまう。


「これは……洒落にならないな」


 ベルンハルトが呆然と呟く。

 今のアインの力は明らかに人間の域に収まらない。

 一体どれだけの魔力があれば、視界に映る敵全てを塵芥に出来るのだろうか。


 戦う力を持つベルンハルトでさえそう感じてしまうのだ。

 力無き者たちは、畏怖に近い感情を抱いていた。


 アインはつまらなさそうに嘆息する。

 成長をすればするほど、敵との差が大きく開いていく。

 以前のように魂が震えるような戦いは、そう簡単には出会うことが出来なくなってしまった。


 故に、ゼストレアを訪れる時がたまらなく楽しみだった。

 殺戮の限りを尽くし、仇敵であるアイゼルネを殺す。

 復讐を成し遂げたとき、アインは言いようのない快楽を得られることだろう。


 それからしばらく歩き続けた。

 その旅路は過酷だったが、一団は誰一人として欠けることなく、遂に目的地へと到着する。


 荒れ果てた大地の中に、半球状の結界が張られていた。

 それは魔物除けの障壁であるらしく、彼らが触れても阻まれるようなことは無い。


 その地は未だに豊かな緑に恵まれていた。

 闇に閉ざされた世界に残された最後の楽園。

 それを見て、ベルンハルトは驚いたように口を開いた。


「ここは……エルフ族の里なのか?」


 結界の中に足を踏み入れると、少しして気配に気づいたらしい一人のエルフが出迎える。


「ふむ、来たようだね。歓迎しよう」


 魔導技師ラドニス・フォン・ヘンゼ。

 今やエルフ族の族長である彼が、アインたちを出迎えた。

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