表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
九章 常闇に呑まれる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

163/170

163話 ゼストレア

 常闇に閉ざされた世界を進み続けるのは地獄の様だろう。

 人間の築き上げた文明はほとんどが異形の怪物によって蹂躙され、崩落した。


 人々は何を目的として歩むのか。

 少なくとも、ベルンハルトが率いるこの一団には微かな希望があった。


「なあ、あんたは城塞都市について知っているか?」


 焚火を眺めていたベルンハルトが訪ねる。

 当然ながら、戦いに明け暮れていたアインが知る由もない。


「これは旅人から聞いた話なんだが……どうやら、生き残った人々が集う場所があるらしい」

「魔物に襲撃されたりしないの?」

「ああ。石造りの巨大な壁に囲まれていて、多くの兵が護っているそうだ。中には教皇庁の枢機卿までいるらしい」


 唯一残された安息の地。

 本当にあるのかさえ分からないが、きっと存在しているのだと皆が信じている。


「城塞都市ゼストレア……そこに辿り着きさえすれば、俺たちはきっと救われるはずだ」


 ベルンハルトにとって、それは最後に残された希望なのだ。

 彼らは長い間、この過酷な世界を彷徨い続けた。

 徐々に人数が減ってきてしまっており、もう長くは持たない。


 ふと、アインは思い出す。

 その地に聞き覚えがあることを。


「ゼストレア……」


 顎に手を当て、首を傾げる。

 どこでその名を聞いただろうか。

 これまでの旅路を思い返し、思い出す。


「確か、ブレンタニアの都市がゼストレアだった」

「知っているのか?」


 期待した様子でベルンハルトが訪ねる。

 詳細は彼も知らないのだろう。

 ただ闇雲に彷徨い続けるには、この世界は過酷すぎるのだ。


 ブレンタニア公国、城塞都市ゼストレア。

 以前ガルディアの壁に滞在していた時に聞いた話だ。

 国の中心に位置する都市は、非常に強固な壁に守られているという。


 しかし――。


「悪いけれど、その話を聞いた以上は見逃せない」


 眼つきを鋭くさせる。

 その言葉の意味をベルンハルトは掴みかねていた。


「どういうことだ? 何が言いたい?」

「城塞都市の話が真実なら……私はそこを陥落させることになる」


 腹を空かせたように黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが微かに疼く。

 多くの人が集まっているのであれば、そこを襲撃しないわけにはいかない。

 そうしなければ、アイゼルネにもヴァルターにも敵わないからだ。


 それにベルンハルトは"中には教皇庁の枢機卿までいるらしい"と言った。

 アインにとってアイゼルネは殺すべき相手だ。

 城塞都市のその後などはどうでもいい。


「あんたにどんな事情があるのかは分からない。どうしてそうする必要があるんだ?」

「……こういうこと」


 アインは服の首元を引っ張り、胸元に刻まれた黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを露にする。

 それを見て、焚火を囲む皆が固まってしまう。


「多くの魂を喰らうことで私は成長する。だから、城塞都市を襲撃する」

「そうまでして力を求めることに何の意味がある?」

「殺さないといけない相手がいる。この世界を闇の染め上げた元凶」


 ヴァルター・アトラス。

 彼が犯した罪は、過去の大陸史を振り返っても比肩する者はいないだろう。

 それほどまでに大きな罪を犯したのだ。


 なぜ、彼は世界の破滅を目論んだのか。

 その答えとなる手記を、アインはメルディアの地で手に入れていた。


「……なら、なぜ俺たちのことを殺さないんだ?」


 ベルンハルトは僅かに体を震わせていた。

 もしアインが敵対するようであれば、その時点で彼の死は確定してしまう。


 だが、アインはこの一団を殺そうとは考えていなかった。

 限界がきて倒れてしまったところを助けられたのだ。

 善意の相手まで殺してしまうのは、力を得るためとはいえ流石に気が引けてしまう。


「仇で返すようなことはしない。魔物の襲撃が少ない場所まで送ることは出来る」

「そんな場所があるのか?」


 その問いにアインは頷く。

 少なくとも、城塞都市に代わる場所のアテがあった。


 ベルンハルトは黙り込んで考える。

 城塞都市の話はあくまで言伝に聞いたものでしかない。

 より確実な方法がとれるのであれば、その選択肢を選んだほうが良いだろう。


「具体的に話を聞く前に質問なんだが……その黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカは安全なのか?」


 焚火を囲む者たちの視線がアインに向けられていた。

 邪神の寵愛を受けた者に与えられる魔紋。

 世界から禁忌とされるそれは、大いなる災いを呼び寄せるという。


 だが、アインは首を振る。


「問題ない……はず。世界がこうなってから、魔物が引き寄せられてくるようなことは無くなった」


 災禍の日は訪れない。

 何故ならば、世界そのものが永劫に災禍の日に囚われているからだ。

 異形の怪物が跋扈するこの世界において、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカはかつてのような悪夢を呼ぶことは無い。


 それを聞いて一同は安堵する。

 危険でないのであれば、戦力として迎え入れるだけ。

 教皇庁の教えなど、世界の崩壊と共に捨て去られてしまった。


「それならいいんだが。まあ、災いなんて呼び寄せなくても溢れかえっているしな」


 ベルンハルトは疲れ切った様子で笑みを浮かべる。

 それだけ酷い目に遭ってきたのだろう。


「それで、俺たちはどうすればいい」

「自分の身を守ってもらうだけで構わない。あとは私がどうにかするから」


 魔物が襲い掛かってきたとしてもアインが迎え撃てばいい。

 百を超えるような大集団であれば難しいだろうが、二十人程度の集団であれば守り切ることも難しくはない。


 しばしの休息の後、行動を開始する。

 安息の地への旅路は、一団に微かな希望を抱かせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ