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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
九章 常闇に呑まれる

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161話 崩壊

 空が闇に閉ざされた。

 大地は生命力を失って、泉も枯れ果て、辺り一面の荒野のみが残った。


 そして、何処からか異形の怪物が姿を現した。

 一体や二体ではない。

 人間という種の存続を脅かすほどに膨大な数で以て、世界の蹂躙を始めた。


 人の国も、竜の国も、亜人の集落も。

 全てが等しく終焉を迎える。


 ある者は「これは試練である」と説き、ある者は「これは報いである」と説いた。

 どちらが正しいかは定かではないが、いずれにしても滅亡はすぐ目の前にまで迫っていた。


 世界は瞬く間に過酷なものに変貌してしまった。

 世界を呑み込んだ闇を畏れ、誰もが口を揃えてこう言った。


――災禍の日だ、と。




 希望無き一団が荒野を歩いていた。

 その瞳は虚ろで、歩みの数歩先を見つめるように俯いていた。


 皆が痩せこけて、今にも飢え死にしてしまいそうなほどだったが、しかし、決して歩むことをやめなかった。

 唯一残された、希望と呼べるほどの代物ではない情報に縋るように足を動かしていた。


 災禍の日からどれだけの月日が流れたのだろうか。

 常闇に閉ざされた世界では、日の出や日没などは存在しない。

 ただ、闇の中を彷徨い続けるのみ。


 再び日が昇ることをどれだけ渇望しただろうか。

 かつて美しい自然の景色が広がっていたこの地には、今では枯れ果てた木々が物寂しく佇んでいるのみ。


 日々の食糧さえ満足に得られない。

 耐え難い喉の渇きに呻く。

 場合によっては、異形の怪物に腸を貪られることになるだろう。


 この世界で最も身近にあるものは何か。

 家族か、友か、愛する者か。


 否、死である。


「……見えてきたか」


 先頭を行く男が帽子の鍔を持ち上げ、前方を見据える。

 その手に構えた武器は魔導銃『六芒星ペレス・カペル』。

 ヘスリッヒ村の狩人――ベルンハルトは今、帰る場所を失った一団を率いていた。


 枯れた木々に取り囲まれた泉。

 その水は酷く濁っていたが、確かに存在していた。


 もっとも、泉は干上がる寸前で水溜まりと大差なかった。


「水だッ!」


 列を成していたはずの一人が声を上げ、我先にと駆け出していく。

 これを逃せば喉の痛みとしばらく戦わなければならない。

 小さな水溜まり程度の水では、五十を超える一団全員の喉を潤すには不足しているのだ。


 その一人を切っ掛けに他の者たちが駆け出していく。

 ベルンハルトが必死に制止を掛けるが、植えた獣たちの前では意味を成さない。


 水溜まりの水を奪い合うように乱闘が始まる。

 彼らは冒険者でもなければ騎士団でもない。

 僅かな水を分け合うような理性さえ、とうの昔に失っていた。


「またか……勘弁してほしいんだがな」


 ベルンハルトは呆れたように肩を竦める。

 ようやく見付けた水溜まりは、乱闘の中で踏み荒らされて飛び散って消えてしまう。

 そんなことに気付かず、愚かにも老若男女が争っているのだ。


――無意味に人が死んでいく。


 こうして人々が争うのは何度目だろうか。

 初めの内は彼も必死に言い聞かせ、一団の者たちも従っていた。

 だが、壊れた世界で理性を保つことは難しい。

 気付けば皆が獣のように理性を失い、僅かな食料や水を巡って争うようになった。


 狂ってしまったのは彼も例外ではない。

 何故なら、人々が殺しあう姿を見ても数が減ってしまう程度にしか思わなかったからだ。


 何人かが動けなくなるほどの怪我を負っている様子が見えた。

 この場で捨て置くしかないだろう。

 生者の気配を嗅ぎ付けてくる異形の怪物から逃げるには足手纏いになってしまう。


 そんな事実にも気付かず、泥水を必死に啜っている。

 哀れむことさえ忘れてしまった。

 これが日常なのだから、感傷を抱いている暇は無いのだ。


「――ッ!? 全員こっちに戻ってこいッ!」


 唐突にベルンハルトが声を上げる。

 だが、僅かな水を巡って争っている者たちには届かない。


 仕方なく、制止に従った者たちを庇うように武器を構える。

 そして、その場から気配を殺して離れていく。


 物陰に姿を隠すと、少しして異形の怪物たちが姿を現す。

 一体どこから湧いて出てきたのだろうか。

 醜く争い続けている者たちは、未だに死の危険が迫っていることに気付いていないようだった。


 気が狂ってしまっては、どのみち助かる見込みはないだろう。

 彼らを救うことは出来ない。

 一線を退いて狩人として気楽に暮らしていたベルンハルトには、異形の怪物を迎え撃てるほどの力は残されていない。


 こんな最悪な出来事を繰り返すだけの日々。

 慣れてしまった自分に嫌気が差しつつも、ベルンハルトは今日も切り捨てていく。


 しばらく移動を続けていたが、ふと立ち止まって耳を澄ませる。


――何処からか戦闘の音が聞こえる。


 誰かが近くで交戦しているようだ。

 背丈の高い枯れ木の枝に飛び乗って様子を窺う。


「一人……いや、あれは……」


 たった一人で異形の怪物たちを相手取る者がいた。

 獣のように立ち回り、その槍で以て薙ぎ払っていく。


 その姿には見覚えがあった。

 かつて、ヘスリッヒ村が病魔に侵されていた時。

 一人の冒険者と共に、その元凶を倒しに行ったことを思い出す。


「……ッ」


 地上に降りると、不安そうに人々が見つめてきた。

 まさか助けには行かないだろうなと、その視線でものを言う。


 だが、ベルンハルトからすれば、このまま旅をし続けるよりも戦力を補強したほうがずっと生存率が高まると考えていた。

 その過程で人が何人か死ぬかもしれないが、最終的な被害を考えれば救出を考えたほうが安い。


「……助けに行く。あの戦士は、きっと役立つはずだ」


 その決断に異を唱える者はいない。

 この中で異形の怪物と戦う力を持っているのはベルンハルトだけなのだ。

 追放されるようなことがあれば、彼らは生きていくことが出来ない。


 危険を顧みず駆け出し、魔弾を撃ち出す。

 魔導銃の仕組みは単純なものだが、それ故に扱いやすく、そして威力が高い。


 周囲の魔物が吹き飛ぶと、アインは驚いたように射手に視線を向けた。

 同時に、獲物を奪うなと警告するように殺気を放つ。


 だが、その体は既に限界を超えていた。

 よろめきつつ異形の怪物と戦う姿は危なげで、ベルンハルトは援護射撃を止めない。

 ここで死なれてしまっては、危険を冒して躍り出た意味がない。


 そうして全ての魔物を倒し終えると、アインは槍を地面に突き立てて体を支える。

 意識を保っていられず、そのまま崩れ落ちた。


 ベルンハルトは慌てて駆け寄ると、アインは担いで早々に退散する。

 どこかに身を隠さなければ休ませることすら出来ない。

 異形の怪物が跋扈するこの世界には、安息の地など存在しないのだ。


「いったいどうして、こんな世界になってしまったんだろうな」


 彼の呟きは、誰もが抱く疑問だった。

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