16話 魔道具
アインはラドニスの店に来ていた。
一体どのような武具が仕上がっているのだろうか。
期待に胸を躍らせ、店の奥の工房に入る。
「来たようだね、アイン君」
ラドニスは自身に満ち溢れた笑みを浮かべていた。
その様子からも、どれだけ良いものが出来上がったのかが伝わってくる。
工房の奥に視線を向ければ、そこにはラドニスの渾身の力作があった。
ラースホーンウルフの槍を用いて作られた漆黒の槍。
極めて頑丈な素材を基にしたため、細部まで魔紋を刻んでも自壊することはない。
どこか禍々しさを感じるデザインだったが、アインはその美しさに惹かれていた。
対照的に、神々しい美を讃えていたのは純白の毛皮を用いたローブだった。
一見すると魔導士が身に纏うような長いローブだが、可動部を厚くしすぎないことで動きやすさも兼ね備えていた。
アインが完成した武具に魅入っていると、ラドニスが武器の説明を始めた。
「こっちの槍は魔槍『狼角』。ラースホーンウルフの角を、そのまま槍の形に加工したものだ。少し持ってみてくれたまえ」
「はい」
アインは頷くと、その槍を手に取る。
今まで使っていた槍と比べるとズシリと重く、しかし手によく馴染んでいた。
初めて握るにもかかわらず、その槍はアインの手と一体化しているような握り心地だった。
「不思議だろう? これが、魔導技師が魔物の素材を仕立てるということだ」
驚いている様子のアインに、ラドニスが笑みを浮かべる。
その言葉の意味がいまいちわからず、アインは尋ねる。
「すごく手に馴染んで……。でも、なんでなんですか?」
「魔物の素材というものには、生前の魂の残滓が宿っているのだよ。特に、その魔物の象徴となる部位には濃く残留している。感じるだろう、槍に宿った意思を」
そう言われ、アインはじっと槍を見つめる。
獣としての衝動。上位種としての誇り。
きっと森のホーンウルフを従えていたのだろう。群れの長たる者の風格が感じ取れた。
アインはラースホーンウルフが頭を下げている様子を幻視する。
認められたというよりは、従えているような感覚だった。
己の力を示し、死闘の末に従えたのだ。
魔槍『狼角』。気高き獣の王はアインの力を認め、従属の意を示している。
己の象徴たる角を、アインに捧げているのだ。
それ故に、手によく馴染んでいた。
「分かったかね?」
「はい。なんというか、不思議な感じがします」
「はっはっは! そうだろう。であれば、そこのローブもよく馴染むはずだ」
アインは純白の毛皮で仕立てられたローブに視線を移す。
禍々しい槍と対照的な純白のローブ。
羽織ってみれば、着心地は羽のように軽かった。
ローブの着心地を試すように体を動かしてみる。
腕を動かしても重さは感じられないくらいで、これを着たまま戦っても動きは阻害されないだろう。
「どうだね?」
「すごく着心地がいいです。体を動かしても違和感がないくらい軽くて、動きやすいです」
喜んでいるアインに、ラドニスは首を振る。
「それだけではないのだよ。槍とローブに魔力を通してみるといい」
「こう、ですか?」
アインは自分の魔力を循環させていく。
基礎的な身体能力の強化法として、自身の体に魔力を循環させるというものがある。
不思議なことに、それを槍とローブにも行うことが出来た。
そして、秘められた魔紋の力が発動する。
魔槍『狼角』の穂先が赤い魔力光を帯び、純白のローブも淡く光り始めた。
全身が赤い光に包まれ、アインは驚いたように目を見開く。
「素晴らしいだろう? 魔物の魂の残滓を利用した、身体能力の増強と武具の強化だ。長期戦には向かないだろうが、一時的に戦闘力を向上させることが出来るのだよ」
湧き上がる力にアインは昂揚していた。
さすがに黒鎖魔紋の力に及びはしないが、それでも冒険者として生きていくには十分すぎる力だった。
これを身に着けて戦ったらどれだけ楽しいことだろう。
アインは今すぐにでも暴れたい気分だった。
「はっはっは! やはり良い顔つきをしている。きっと君は、良い冒険者になるだろう」
ラドニスは満足そうに笑みを浮かべる。
そして、さらに幾つかの魔道具を持ってきた。
「折角だ。これらも試作品なのだが、良ければ使ってくれたまえ」
「良いんですか?」
「構わんさ。ただ、今回仕立てた武具も併せて、使い心地をたまに報告してもらうがね」
ローブに合わせた純白の服と靴。そして、皮手袋。
いずれも複雑な魔紋が描かれており、アインは嬉しそうにそれらを手に取る。
アインが魔道具を身に着けている間に、ラドニスは奥から大きな鏡を持ってきた。
「さあ、そこに立ってみたまえ。冒険者らしい姿になっただろう」
アインは鏡の前に立つ。
映し出されたのは、好戦的な表情を浮かべる一人の少女。
魔物の素材を仕立てた武具を身に着けた、一人の冒険者がそこにいた。
自分の変化に戸惑いを感じ、同時に嬉しさも感じる。
これが今の自分なのだ。命のやり取りを生業とする一人の冒険者。
アインはまた一つ成長したような気がした。




