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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
八章 囚われし調律者

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157話 調律者

 ラクィア神殿の東側を調べて回るが、敵兵と出会うことはなかった。

 ほとんどは大聖堂での戦いで命を落としたのだろう。

 それ以外の敵も、既にヴァルターたちの手によって仕留められていた。


 静寂に包まれている。

 それだけラクィア神殿が広いのだろうが、それでも戦いの音が微かにさえ聞こえないのは不自然だった。


 だが、アインはそこに気付くことができない。

 自身の行動、思考、感情が何者かによって誘導されていることに気付けないのだ。

 現に、彼女は神殿の東側へと歩みを進めている。


 全ては仕組まれている・・・・・・・


 やがてアインは地下へと続く道を見つける。

 その周囲には、誰かによって切り捨てられた数人の兵士の亡骸が転がっていた。


「この傷跡は……」


 兵士たちの亡骸を観察すると、彼らは急所を確実に突くことによって斃されていることが分かった。

 これほど鮮やかな手並みを披露できるのは一人しかいないだろう。


 階段を下りていくと、すぐにその人物と出会った。


「あら、アイン。大聖堂の方は片付いたのかしら?」


 エミリアと、それに付き従うウィルハルト。

 どうやら彼女たちも地下に何かがあると思って調べていたようだった。


 アインは頷くと、二人が見ていた視線の先に目を向ける。

 そこには魔術によって厳重に封印が施された扉が存在していた。


「地下を粗方調べたのですが、特に目ぼしいものはございませんでした。あとは、この扉のみ」


 ウィルハルトはそう言って、困ったように腕を組む。

 彼では魔術による封印を解除することが出来ない。

 かといって、アインとエミリアもそういった魔術に秀でているわけでもなかった。


 ヴァルターがいれば容易に開けられただろう。

 そんなことを考えつつ、アインは扉を観察する。


 金属で作られた扉には、派手な装飾もなければ取っ手もない。

 ただの分厚い金属板に複雑な術式が刻まれているのだ。

 はたして、今の自分でこじ開けることができるだろうか。

 そっと両手を添えて、徐々に力を込めていく。


 しかし、扉はビクともしない。

 アインは苛立ったように歯を軋らせると、体内で魔力を循環させることで身体強化を施していく。


「開けッ――」


 全力を以て、遂に扉を僅かにだが開けることができた。

 その隙間から中を覗き込む。


 視界に移ったのは、床一杯に描かれた巨大な魔方陣。

 その中央には枷に掛けられた調律者の姿があった。

 何らかの魔術によって抵抗できないようにされているのだろう。


 再び扉に手をかけて、アインはどうにか人が通れるだけの隙間を開けて見せる。

 その膂力にエミリアは驚いた様子で口を開く。


「今の貴女は……いえ、なんでもありませんわ」


 はたしてこれは言っていい言葉なのだろうか。

 エミリアは迷った末に閉口する。


 今のアインは人外染みた力を持っている。

 彼女の護衛役であるウィルハルトも中々の手練れではあるものの、エミリアからすれば比べ物にならないほどに差があった。


――まるで、化け物のような力。


 そう思ってしまうのも仕方がないだろう。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つものと持たざる者とでは、保有する力に絶対的な隔たりが存在している。

 常人がどれだけ鍛錬を積んだとしても、邪神の寵愛を受けた者の前では成す術無く蹂躙されてしまう。


 では、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者同士での争いが起きたらどうなるのか。

 苛烈な戦いの末に、最後に嗤うのはより強い狂気を秘めた者だろう。


 足を踏み入れようとした時――激しい足音と共に何かが階段を駆け下りてきた。


「――ッ!?」


 聖鎧衣クロイツだった。

 胴体部分に大きな穴が開き、内部は焼け崩れているというのに、未だに動いていた。


 確かに仕留めたはずだった。

 内部を大魔法で焼き尽くしたというのに、なぜ教皇は生きているのだろうか。

 考えるよりも先に、アインはエミリアたちに振り返る。


「調律者をッ!」


 そして、再び槍を手に取った。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカは先ほどの戦いで激しく消耗してしまっており、第二段階の開放は厳しいだろう。


 だが、相手も相応に消耗しているはず。

 そう考え、アインは身構えるが――。


「――裁きの雷シュラーク・ヴェレ


 雷鳴が轟き、視界が激しく明滅する。

 未だに衰えぬ出力で、教皇は容易く大魔法を放って見せた。

 アインの体を雷が襲う。


「――ッ」


 歯を食いしばって激痛を堪え、槍を構えようとして――体に力が入らずに崩れ落ちる。

 既に体は限界を迎えていたのだ。

 それでも意識を手放さずにいられるのは、アインが強靭な精神を持っているからだろう。


 しかし、それまでだった。

 視界が霞み、体にも力が入らず、いつ意識を失ってもおかしくない状況。

 このままでは、教皇を止めることは出来ない。


「ここまでのようだな」


 アインを見下ろすように聖鎧衣クロイツが間近に佇んでいた。

 装甲は酷い損傷だったが、教皇自体は全く調子が変わらない。


「あのお方は期待しておられるようだが……所詮は小娘ということか」


 そうして拳を振り下ろそうとして――その手が止まる。


 ビクともしないのだ。

 どれだけ力を込めても、アインを叩き潰すことが出来ない。

 視線を下ろせば、義手を翳し上げて魔術を行使するアインの姿が見えた。


 焦点の定まらぬ瞳で教皇を睨み付けていた。

 犬歯を剥き出しにして、険しい表情で魔力を振り絞っていた。

 人外染みた狂気が、アインの生をギリギリのところで繋ぎ止める。


「――がぁああああああああああああッ!」


 獣のように吠え、重力魔法で教皇を押し返す。

 堪らず教皇が踏鞴を踏むが、追撃は無い。


「はあッ……はあッ……」


 殺気は高まるばかりだった。

 よろめく体を槍で支え、アインは再び立ち上がる。


「……成程。あのお方がお気に召すわけだ」


 納得したように呟く。

 死の恐怖からか、生への執着からか。

 アインの底知れぬ狂気は、教皇でさえ気圧されるほどに凄まじい。


 故に、それ・・が間に合った。


「アインッ!」


 エミリアがアインを庇うように立ち、付き従うようにウィルハルトが剣を構える。

 それだけではない。


「――混沌を呼ぶ、愚かな者よ」


 白銀の髪を靡かせて、少女が三人の傍らを通り過ぎる。


――世界の意思。


 小さな手を翳し上げると、火柱が天へと突き抜けていく。

 それは、魔術によって生み出された紅蓮の剣。

 混沌を断ち切る神の御業。


「汝を排除する――紅魔焦がれし炎獄剣ディ・フラム・レーヴァテイン


 真の神は、偽りの神を断罪する。

 傲慢にも神を謳う聖鎧衣クロイツは、この世界の調和を乱す存在であると判断されたようだった。


 あれだけ頑丈な装甲も、調律者の一撃によって容易く打ち砕かれる。

 その桁外れな魔術に、アインたちは愕然と教皇の死を見届けることしかできなかった。


 調律者は振り返ると、しばらくアインを見つめる。

 品定めするような視線に微かにだが恐怖を抱く。

 調律者から見て黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの保有者は調和を乱す存在と認識されるのだろうかと。


 だが、予想に反して調律者はアインから視線を外す。

 少なくとも敵対するようなことは無いようだった。


 アインは安堵のため息を吐き、その場に座り込んだ。

 体は既に限界を超えてしまっている。

 誰かに肩を借りなければ歩くこともままならなかった。

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