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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
八章 囚われし調律者

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156話 聖誕祭(5)

 多くの信徒たちが命を失い、無様に焼け焦げた骸を晒している。

 死してなお、彼らの手には十字架が握り絞められていた。

 固く結ばれた拳は解けることはないだろう。


 それらを踏み締め、蹴散らすようにアインは駆け抜ける。

 一拍遅れて、無数の光刃が大地に降り注いだ。


「――ハァッ」


 荒く息を吐き出し、再び聖鎧衣クロイツへと向き直る。

 並の攻撃では傷一つ付かないほど強固な鎧。

 そして、何処から湧き上がってくるのか不思議なほどに潤沢な魔力。


 神の降臨。

 それを笑い飛ばせるほど、今の状況は生易しいものではなかった。


「どうした邪教徒よ。その程度では、成すべき事も出来ず死に曝すだけだ」

「成すべき事……?」


 問い返すが、教皇は不敵に嗤うばかり。

 彼は一体何を知っているのか。

 答えを知るには、彼の身に纏っている聖鎧衣クロイツをどうにかしなければならない。


 大きく息を吸い込み――再び大地を蹴る。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによって強化された肉体は、凄まじい速度での移動を可能とさせていた。


「――紅閃」


 勢いのままに一閃。

 突き出した槍は、しかし、強固な鎧によって阻まれてしまう。


 馬鹿げた硬度だと、アインは舌打つ。

 これを突破するには、全力の一撃を放てるだけの隙が必要だろう。


 対して、教皇には余裕があった。

 無尽蔵の魔力があれば、魔法を撃ち続けることで相手を消耗させることが出来る。

 どれだけ強大な力を持った相手だろうと、聖鎧衣クロイツの出力から撃ち出される魔法は脅威だ。


「――裁きの雷シュラーク・ヴェレ


 雷が瞬き、轟く。

 咄嗟に義手を盾にして防ぐが、直後にアインの体を凄まじい熱が駆け抜けていった。


「ッ――」


 後に残ったのは、明滅する視界と酷い痺れ。

 音もよく聞こえない。

 状況が把握できず、身動きも取れない。


「――光矢シュトラール


 アインの体を光が穿つ。

 咄嗟に身を捻ることで致命傷は回避したが、しかし、脇腹を大きく抉られてしまう。


 しかし、アインはよろめきつつ立ち上がる。

 その眼に更なる狂気を宿して、笑みを浮かべていた。


――愉しい。


――この苦痛さえも愛おしい。


――これこそが、己の求めた狂気の世界。


 アインは恍惚とした表情で、身悶えするように体中に湧き上がる快楽を享受する。


 求めたものは殺戮ではない。

 甘美な夢に浸れるが、それ自体が望みではない。


 彼女の望みは生き延びることでもない。

 死にたいわけではないが、かといって強烈な生への執着がある、というわけではないのだ。


 強者と対峙し、刃を交え、そして殺す。

 それがアインの抱いた狂気。

 血に餓えた獣のような、獰猛で悍ましい衝動。


「何故、まだ立ち上がれるッ」


 教皇が動揺したように後ずさる。

 常人であれば、既に意識を手放していても可笑しくはない。

 それでもアインが立ち続けているのは、純粋に今の状況を楽しんでいるからだ。


「あはは……ッ」


 堪らなく愉しいのだ。

 相手からすれば命を賭した殺し合いであっても、アインからすれば娯楽でしかない。

 こうして笑みを浮かべられる程度には力が残っているようだった。


「――槍鎖『象影』」


 アインの背後から無数の槍が突き出す。

 否、それは鎖で出来ていた。

 先端に刃を付けた鎖が、ゆらりと影から這い上がる。


 その全てが教皇目掛けて伸びていく。

 教皇は咄嗟に振り払おうとするが、その内の幾つかが絡み付いた。

 そして、鎖に引き倒されて聖鎧衣クロイツが地に磔にされる。


「殺すッ」


 鎖に引かれるようにアインの体が引き寄せられ、聖鎧衣クロイツの胴体に跨る。

 この頑丈な鎧の内側には教皇の体が隠れている。


 アインの手には、邪神より賜った槍――血餓の狂槍フェルカーモルトが握られている。

 それを突き出す腕は、魔導技師ラドニスによって作り出された鋼の腕シュタラルム

 放つ一撃は、槍に重力魔法を乗せた至高の一撃。


「――重槍撃シュヴェルクラフト


 遂に、聖鎧衣クロイツの頑丈な装甲を打ち破る。

 貫いた先には、確かに肉を穿つ手応えがあった。


 そして、アインは詠唱する。


「――そして全て灰塵と化せアレス・フェアブレンネン


 槍の穂先から放出された炎が聖鎧衣クロイツの内部を焼き尽くす。

 頑丈な鎧は、教皇の棺となって地に横たわっていた。


 これで、聖誕祭を阻むことが出来た。

 後は調律者を探し出すだけだったが、さすがに歩き回れるほどの余力は残っていなかった。


 アインは腰のポーチから回復薬の入った小瓶を取り出して飲み干す。

 この戦いの傷を癒すには足りなかったが、それでも飲まないよりはずっとマシだろう。

 微かに痛みが引くと、改めて大聖堂を見回す。


 酷い惨状だ。

 この地獄のような光景を自分が作り出したのだといったら、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを得る前の自分はどう思うだろうか。

 きっと信じてもらえないだろうと苦笑しつつ、アインは大聖堂を出る。


 調律者はマシブとヴァルターが手分けをして探しているだろう。

 エミリアとウィルハルトたちも既に動き出しているかもしれない。

 そんなことを考えつつ、アインは大聖堂の東側へと向かう。

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