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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
八章 囚われし調律者

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155話 聖誕祭(4)

 全力を以て、再び斬りかかる。

 石造りの床を抉るほどの力強い踏み込み。

 放たれる一撃は、彼の人生で最も冴えていた剣戟だった。


 しかし、アイゼルネはそれを容易く躱して見せる。

 その口元には笑みが浮かんでいた。


「生温いな」


 マシブの顎を蹴り上げ、さらに腹部に掌底を放つ。

 体が大きく揺さぶられて意識が飛びかけるが、辛うじて繋ぎ止めることが出来た。


 ぼやけた視界に何かが迫る。

 反射的に剣を交差させて身構えると、鈍い衝撃がマシブを襲う。

 まるで鉄槌で打ち付けられたかのような重みだった。


 しかし、その一撃はアイゼルネが拳を突き出しただけのこと。

 それでも随分と手加減している様子なのだから、馬鹿げた膂力に呆れるしかない。


「チィッ――」


 力勝負では分が悪いようだった。

 マシブは後方へ飛ぶと、再び剣を構える。


 アイゼルネは剣を抜いていない。

 この間合いの差を活かさないわけにはいかないだろう。


 だが、生半可な剣戟では容易くあしらわれてしまう。

 格が違いすぎるのだ。

 これまで戦ってきた相手が幼子に見えてしまうほどに、目の前にいる女騎士は強すぎる。


 それ故に、己の全力を以て対峙しなければならない。


「喰らいやがれ――天地滅衝カタストローフェ


 後先を考えず、その一撃に全てを掛けた二刀の振り下ろし。

 あらゆる敵を斬り伏せてきた至高の剣技。


 アイゼルネは、それを素手で容易く受け止める。


「――ッ!?」


 何か技を発動したわけでもない。

 ただ、手で刃を挟むようにして受け止めた。

 それだけのことだ。


「ふむ……この程度か」


 嘲るようにアイゼルネが嗤い、刃を掴む手に力を込めていく。

 マシブが不味いと思い剣を引こうとするが、自慢の腕力さえも彼女には及ばない。


 そして――剣が半ばから砕け散る。

 その光景を、マシブは呆然と眺めることしか出来なかった。


 これまで、幾度となく死線を共に潜り抜けてきた双剣。

 彼の覚悟の象徴と言っても過言ではなかった。

 そんな相棒を失い、どうすればいいのかわからなかった。


「――がぁぁあああああああああああッ!」


 まだ、終わってはいない。

 剣を捨て、マシブはアイゼルネに掴みかかる。


 しかし――。


「煩わしいことは嫌いだと、言ったはずだろう」


 強烈な蹴りによって、マシブは壁に叩き付けられる。

 先ほどまでよりも力の篭った一撃によって、全身に激痛が駆け抜ける。


「さて、どうしたものか」


 地に転がるマシブの頭を踏み付け、アイゼルネは嗤う。

 まだ息はあるようだったが、抵抗するほどの力は残っていない。


「ぶっ殺してやる……ッ」


 たとえ地に這いつくばらされたとしても。

 殺気だけは、決して手放さなかった。

 アイゼルネの足首を掴み、引き摺り倒そうと試みる。


「犬は飼い主に似るというが、まさにその通りのようだな」


 容易く振り払い、マシブの腹部を蹴り上げる。

 執拗に、何度も同じ個所を。

 すぐに死なないように加減しているのだから、余計に質が悪かった。


「ぐぁ……くそ、がぁ……ッ」


 どれだけ痛めつけられようと、決して戦意を失わない。

 その精神の強さに、アイゼルネはうんざりした様子でため息を吐いた。


「これで終いにするとしよう」


 拳に魔力を込めていく。

 ただそれだけだというのに、マシブには死神の鎌が振り下ろされようとしているようにしか見えなかった。


 様々な光景がマシブの脳裏に浮かぶ。

 これまでの旅路。

 それは決して楽しいものではなかった。


 だが、それでも。

 アインが生き延びられるならば、それで構わない。

 そのために、彼は外道に落ちてでも剣を振るい続けてきた。


 しかし、その選択は誤りだった。

 戦士としての矜持を抱いていたがために、今、死が訪れようとしていた。


 そのはずだった。


「――おや、これは一体どういう事でしょうかねえ」


 何処からかヴァルターが姿を現す。

 先ほどまで気配はなかったというのに、いつの間にかマシブに寄り添うように佇んでいた。

 そして彼は、マシブとアイゼルネを交互に見て肩を竦めた。


「ああ、酷い怪我ですねえ。治癒させる魔力も残っていないようで……」


 このまま放っておいたら死んでしまうだろう。

 ヴァルターは憐れむようにマシブを見て、そしてアイゼルネに視線を向ける。


「全く、枢機卿殿は遊びが過ぎますねえ。それ故に、彼はまだ命を繋ぎ止めている」

「遊びが過ぎるのは貴様の方だろう、ヴァルター・アトラス」


 アイゼルネの表情は険しかった。

 それだけヴァルターのことを警戒しているのだろう。

 先ほどまでとは全く違った様子だった。


 二人にどのような確執があるのかは知らなかったが、今は一刻を争う状況である。

 マシブはヴァルターに申し訳なさそうに頼み込む。


「すまねえ……治癒魔法を、頼む……」


 あれだけ助言してもらったというのに、自分はそれに背いてしまったのだ。

 挙句、こうして敗北を喫してしまったのだから合わせる顔も無いだろう。

 しかし、ヴァルターは穏やかに微笑む。


「ええ、マシブ。貴方はよくぞここまで頑張りました。その努力は称賛されるべきものです」


 その言葉に、マシブは安堵したように息を吐く。

 結果としてヴァルターが来るまでの足止めに成功したのだから、成果としては十分だろう。


 そうして――ヴァルターは嗤う。


「ですから、ここで眠りなさい。貴方はもうアインには必要ないでしょうから」


 マシブには言っている意味が分からなかった。

 なぜ、自分を助けてくれないのか。

 必死に懇願しようとするも、視界が徐々に霞んでいく。


「待ってくれ……俺は、アインのために……ッ」

「無様ですねえ。分不相応な役割を求めたから、死が近付いてしまったのです。もし己の役割に甘んじていれば――あともう少しくらいは、生き永らえていたかもしれません」


 そうして、ヴァルターはマシブに背を向ける。

 これ以上語るつもりはないようだった。


「貴様……何故だ」


 アイゼルネは軽蔑したようにヴァルターを見据える。

 助けられるはずの仲間を見捨てたのだ。

 その疑問も当然のことだろう。


「彼は素晴らしい戦士でしたが、これ以上、アインの近くに置いていては悪影響を与えかねない。それ故に、彼は捨て置くのです。以前であれば耐えられなかったかもしれませんが……今のアインであれば、恐らく彼の死を耐えられるでしょう」

「分からないな。貴様は何を企んでいる?」


 その問いに、ヴァルターは嗤う。

 悍ましいほどに邪悪で醜悪な形相に、アイゼルネは思わず一歩引いてしまう。


「答えを知りたいのであれば、強くなるといい。私が真実を語る時まで、その剣を以て生き延びて見せなさい」


 ですが、とヴァルターは続ける。


「そうですねえ。そろそろ貴女には飽きてきた頃です。ここで終いにするのも悪くはない」

「この私を殺せると?」

「ええ、勿論。しかし……もし枢機卿殿が十分な力を持っていたならば、貴女に相応の役割を与えましょう」

「戯言を……ッ!」


 アイゼルネが背負った剣を抜刀し、ヴァルターに襲い掛かる。

 その時には既に、マシブの息は絶えていた。

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