154話 聖誕祭(3)
「にしても、馬鹿でかい神殿だぜ」
マシブが独り言ちる。
これほどまでに大きな建造物は大陸でも指を折る程度にしか存在しないだろう。
ただ歩いているだけでも疲弊してしまいそうなくらいだ。
ヴァルターの指示を受け、マシブはラクィア神殿の西側を探索していた。
調律者は一体どこに幽閉されているのだろうか。
その存在の異常さを考えれば、容易に見つかるような場所には囚われていないだろう。
今頃はアインが派手に暴れているのだろう。
大聖堂で繰り広げられる戦い、その凄惨な光景は想像に難くない。
警備兵のほとんどが大聖堂に向かっているらしく、マシブは退屈そうに歩みを進める。
戦闘を回避できるに越したことはない。
だが、こうも静かでは、せっかく覚悟を決めて乗り込んだというのに拍子抜けしてしまう。
或いはそれさえも見越して、ヴァルターはマシブに西側を探索するように指示したのだろうか。
底知れぬ彼の思惑は、常人がどれだけ考えたところで計り知れない。
マシブは拳を固く握りしめた。
戦士として、男として、足手纏いになっている現状が堪らなく悔しかった。
どうにかして、二人を見返すような手柄を立てられないものか。
そう考えてしまったからだろうか。
何処からか聞こえてきた足音に、殺気を向けてしまう。
「――ほう」
その人物は、不愉快そうに顔をしかめていた。
嗜虐を孕んだ鋭い瞳。
眩い髪を靡かせて、マシブの前方で立ち止まる。
「私は大聖堂に向かわなければならないのだが――それを阻むというのであれば、相応の報いを受けることになるだろう」
枢機卿アイゼルネ・ユングフラウ。
教皇庁『純白司教』を統べる、冷酷な女騎士。
彼女を前にして、さすがのマシブも先ほどまでの余裕が消え失せてしまう。
しかし、この先には大聖堂がある。
この道を譲るということは、アインの命を売り渡すと同義だ。
「……悪いがここは通行止めだ。回り道でもしてくれ」
抗う道を選択する。
身の丈も有ろうかという二振りの剣を構え、マシブは犬歯を剥き出しにして殺気を滾らせる。
その言葉を聞いて、アイゼルネは目を吊り上げた。
「私は煩わしいことが嫌いだ」
彼女は自然体を保ったまま対峙する。
剣の一本さえ手に取らない。
それが侮辱されているように感じ、マシブは言葉を返す。
「背中の仰々しい剣は抜かなくていいのか?」
「必要ない」
「……チッ」
まるで警戒されていなかった。
自身の実力に絶対の自信があるのだろう。
だが、マシブはそれを好機と捉える。
実際に剣を交わしたことはないが、アイゼルネは教皇庁の人間だ。
黒鎖魔紋を持っていない以上、油断した隙を突けば倒せると踏んでいた。
「後悔するなよ――ッ!」
大きく吠えて、地面を力強く蹴って走り出し――その視界が大きく揺らぐ。
「がはッ――」
遅れて、自分がなんらかの攻撃を受けたことに気付く。
腹部に強い衝撃が加わり、肺の中の空気が押し出される。
悶えるように息を吸い込むが、思うように空気が入らない。
続いて、更なる衝撃がマシブを襲う。
後方に大きく飛ばされるが、辛うじて意識を繋ぎ止めて宙で態勢を整える。
荒く息を吐き出す。
油断したつもりはない。
アイゼルネの一挙一動に注意を払い、最大限の警戒を以て斬りかかったはずだった。
全く足りていないのだ。
何をされたのか、その理解さえ追いつかない。
唯一分かることは、目の前にいる女騎士は人外の領域にいるということ。
「洒落にならねえ……」
だが、耐え凌いだ。
体中が痛むが、治癒魔法を施すことによって即座に傷を癒していく。
その様子を見て、アイゼルネは感心したように溜息を吐いた。
「ただの剣士かと思えば、器用なものだ」
彼女からすれば、これは戦いでさえないのだろう。
背中の剣を抜かない時点でこれほどの強さを誇るのだから、その実力差は埋めようもない。
――それがどうしたというのか。
マシブは己を鼓舞させていく。
戦士だからこそ、強者との戦いは燃えるものだ。
その気迫。
その覚悟。
決して折れることはない、苛烈な戦意こそ己の力。
「――灼鬼纏転」
その技を発動する。
己が強者に打ち勝つため、鍛錬の末に習得した奥義。
恵まれた体格から繰り出される一撃は、決して受け止めることは出来ない。
己の役割とは一体何なのか。
ヴァルターと話した夜から、マシブはずっと悩み続けていた。
未だ答えは出ていないが、唯一言えることがあった。
「俺は、あいつの隣で戦い続けられるようにならねえといけねえんだ……ッ!」
強さを欲した。
それが、己の選択。
ここで無様に退くことなど、到底考えられない。
それ故に、抗う事を選択した。




