表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
一章 新米冒険者
15/170

15話 二日酔い

 しばらくして、アインは目を覚ます。

 ぼんやりとした意識の中、視界には宿屋の天井が映っていた。

 いつの間に自分の部屋に帰って来たのだろうかと、アインは疑問に思った。


 体を起こすと、額に乗っていたタオルがずれ落ちた。

 体調でも崩していたのだろうか。

 しかし、アインは昨日の自分が体調が悪かったようには思えなかった。


「えっと……なんで宿に?」


 宿まで歩いてきた記憶がなかった。

 とりあえずは着替えようと立ち上がるが、ズキズキと頭が痛かった。


 酷い頭痛だった。

 気分も悪く、今日は依頼を受けられそうにないかもしれない。

 よろめく体で、アインは部屋を出る。


 すると、丁度目を覚ましたらしいマシブと鉢合わせた。

 だらしなくあくびをしていたマシブだったが、アインの姿を見ると一気に目が覚めたようだった。


「よ、よおアイン。体調はもう平気なのか?」

「よくわからないけど、気分が悪くて……」


 アインは本調子ではない様子で、壁にもたれかかって大きく息を吐いた。

 体中がだるく、ずっとベッドに寝ていたい気分だった。


「ねえマシブ。いつの間に私、宿に帰ってたの?」

「覚えてねえのか? 話してる最中に急に倒れたから、俺がわざわざ運んでやったんだぜ?」

「そうだったんだ……」


 言われてみれば、最後に記憶に残っているのはマシブと会話していた時だった。

 それ以降の記憶は全く覚えていない。


「でも私、昨日は元気だったんだけどなあ……」


 首を傾げるアインに、マシブが呆れたようにため息を吐いた。


「お前、昨日酒場に行っただろ?」

「ん、行ったけど」

「母ちゃんが言うには、単なる飲みすぎじゃねえかってよ。ったく、飲み慣れてもねえのに無理すんなっての」

「あー……」


 アインは昨日のことを思い出した。

 酒場でゾフィーに奢られた大量の料理と酒を一人で完食したのだ。

 かなり無理して胃に詰め込んだのが、体に負担になっていたらしい。


「ま、とりあえず下に行こうぜ。母ちゃんがお前のために薬草茶を作ってくれてるらしいからよ」


 ふらつく体をマシブに支えられつつ、アインは下に降りる。

 アインが起きてきたことに気づき、エレノラが心配した様子で近づいてきた。


「あら、アインちゃん。もう起きて大丈夫なの?」

「うーん、まだちょっと気分が悪くて……」

「やっぱり。ほらこれ、二日酔いに効く薬草茶を淹れたから」


 アインはエレノラから薬草茶を受け取ると、ゆっくりと飲む。

 仄かな苦みと渋みがあったが、体の奥に染み渡るような心地よい暖かさを感じた。


 ほう、と息を吐く。

 薬草茶を飲んだおかげか、かなり気分も落ち着いてきていた。

 その様子を見て、マシブとエレノラも安心したようだった。


「けどよ、なんで酒場になんて行ったんだ?」

「他の冒険者と交流をって思ったんだけどね。結局、一人としか知り合えなかったんだ」

「なるほどなあ……。その一人ってのは誰なんだ?」

「ゾフィーっていう魔導士だよ」


 その名前を聞いて、マシブはなるほどと納得がいった様子で頷く。


「アイン。そいつはいたずら好きで有名な冒険者だ」

「いたずら好き?」

「ああ。もしかしてお前、昨日あんなになるまで酒を飲んだのもあいつのせいじゃねえか?」

「そうかな? 良い人そうだったし、たくさん料理とお酒を奢ってくれたけれど……」

「かぁーっ、やっぱりか!」


 マシブはけらけらと面白そうに笑っていた。

 そこでようやくアインも気づく。

 用事があると言って早々に去っていったゾフィーだったが、それはアインに大量の料理と酒を押し付けるためだったのだろう。


「やられた……悪い人には見えなかったんだけどなあ」

「冒険者の中じゃ結構有名な奴だぜ? 暴風のゾフィーっていえば、いたずら好きで有名だ」


 ゾフィー・クロッセリア。冒険者の中では数少ない、魔導士でゴールドまで上り詰めた人物。

 暴風と呼ばれるだけあってその戦い方は苛烈であり、時には竜の吐く炎ですら凌ぐほどの風魔法を扱うと言われている。


「けどよ、そんな奴がなんでお前みたいな新米冒険者に声をかけたんだ?」

「私の腕を見込んでって、依頼の話をされたの。盗賊退治の頭数が足りないから手伝ってほしいって」

「お前が盗賊を? やめとけやめとけ。魔物相手ならともかく、人を相手にするなら本気で殺す覚悟がねえと生き残れねえぞ」


 マシブは真剣な表情で語る。

 彼自身も冒険者として、何度も賊の類とは刃を交えてきた。

 昨日も護衛の依頼で盗賊と遭遇した時、その手で何人もの盗賊の命を奪っているのだ。


「人間ってのは、魔物相手とは違う。特に盗賊なんて奴は残忍で狡猾で、生き延びるためにはなんだってする奴らだ。そんな奴らを相手に、お前が戦えるとは思えねえ」


 たとえラースホーンウルフを倒せるとしても、とマシブは言う。

 盗賊は捕まえた人間を奴隷にして売りさばいたりするし、見た目の良い女性は慰み者にしたりする。

 もしアインが捕まれば、酷い目に遭うのは明らかだ。

 マシブはアインが不意を突かれて捕まってしまうのではと危惧していた。


 彼の忠告は尤もだったが、アインは既にゾフィーからの頼みを聞くつもりでいた。

 自分の腕には自信があったし、盗賊を放っておけないとも思っている。

 自分が少しでも力になれるのならば、協力しないわけにはいかない。


 それに、その頃にはラドニスに頼んだ武具が完成していることだろう。

 粗末な装備でも魔物を相手にあれだけ戦えたのだから、早々不覚を取ることはない。

 アインはそう考えていた。


「まあ、忠告はしといたからよ。あとはお前が決めればいい」

「うん、ありがとう。でも私、依頼は受けるつもりだよ」

「……そうか」


 マシブは残念そうに肩を落とす。

 が、ふと何かを思いついたように懐から羊皮紙を取り出した。

 よく見れば、それは依頼書だった。


「なあ、アイン。一緒にこの依頼やってみねえか?」

「これは……」


 依頼名:迷宮一層に出現した変異種の討伐

 期限:無期限

 報酬:銀貨百枚

 備考:ヴァイパーの上位種。鋭く伸びた二本の牙には強力な毒性がある。


 ヴァイパーというのは蛇型の魔物だ。

 成長すると人間の大人ほどの大きさになるといわれるが、上位種になるとその数倍以上の大きさになるという。

 しかし、今回の依頼はそれだけではなかった。


「こいつは良い稼ぎになりそうだと思わねえか? 上位種で、しかも未確認の種類らしいからな。お前にとっても良い勉強になると思うぜ?」

「うん。これは面白そう」

「よっしゃ! それじゃあ、ラドニスに頼んだ武具が出来たら、試し切りがてら行ってみようぜ!」


 しかし、マシブはそれだけを考えて誘ったわけではなかった。

 アインには伝えていない、もう一つの思惑があったのだ。


(ヴァイパーの上位種の素材なら、きっとラドニスの奴も俺に魔道具を仕立ててくれるだろうよ。へへ……)


 マシブがいつも以上に悪い顔で笑っているのだから、アインがその思惑に気付かないはずもなかった。

 だが、マシブには世話になっているのだから、これくらいは良いだろうとアインは思った。


 そして数日後。

 アインのもとに、ラドニスから武具が完成したとの報せが入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ