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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
八章 囚われし調律者

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149話 力無き者

 シルヴァの街を出て、ラクィア神殿を目指す道中。

 馬車で揺られているマシブは、ふとウィルハルトに興味を持って声を掛けた。


「なあ、あんたは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持ってねえんだよな?」

「残念ながら。お互い、邪神とは縁が無いようですな」


 冗談めかして言うが、その顔は真剣なものだった。

 彼もまた思うところがあるのだろう。


「エミリアお嬢様は先代当主……御父上の黒鎖魔晶を肌身離さず身に着けていらっしゃいます。邪神の力を使用することに、躊躇いは一切無いのでしょう」


 それを聞いて、マシブはぎょっとしたようにエミリアの手に視線を向ける。

 妖しく光る宝石が黒鎖魔晶であることは分かっていたが、まさか父親のものだとまでは思っていないかったからだ。


「邪神の寵愛を受けられたならば……そう思った事は何度も有りましたな。噂を聞くに、教皇庁には悪魔の如き残虐さを持つ枢機卿殿がいらっしゃる。対峙した時に、果たして私はどれだけ戦えるのだろうかと」


 無論、死力を尽くして戦うつもりではある。

 スカーレット家に忠誠を誓って以降、彼の信念が揺らいだことは一度たりとて無い。


 しかし、相手は枢機卿アイゼルネ・ユングフラウ。

 最高峰の技量と才覚を持ち合わせた女騎士。

 その噂を聞く度に、彼の手は何故か震えるのだ。


「マシブ殿。貴方の剣は誰が為に振るうのですかな?」

「そりゃ、決まってる」


 窓を覗き、別の馬車に視線を向ける。

 エミリアとアインが会話をしているところが見えた。


「でしょうな。貴方の剣筋には確固たる信念を感じる」

「これでも、自分なりに覚悟は決めたつもりだ」


 マシブはそう言うが、表情は晴れない。

 どれだけ研鑽を積んでも、邪神に気に入られることが出来ないのでは、今後の戦いに喰らい付くことが出来ない。


「強いて言うならば……マシブ殿の剣は高潔すぎる」

「高潔だあ? 馬鹿言ってんじゃねえよ」

「愛する女性のために剣を振るう。これほど高潔な剣士はそうおりませぬ」


 しかし、とウィルハルトは続ける。


「力を与えるのは"邪神"なのです。我々のような者は、邪神を魅せるほどの何か・・を持ち合わせていない」

「……じゃあ、どうしろってんだよ」


 マシブには分からない。

 どうすればアインの横に立ち続けることが出来るのか。


 ふと、ヴァルターの言葉を思い出す。


『貴方は強大な力を望んでいるが、何も力が全てではありません。貴方が心から望むのであれば、相応の役割が与えられるはずです』


 ウィルハルトは既に、己に与えられた役割に甘んじることを決めているのだ。

 それ故に、彼には焦りの念が見られない。

 老齢であることを考えれば、余計に諦観めいた言動をしてしまうことも仕方が無い。


「俺には、どんな役割があると思う?」

「……精神的な支えでしょうな。アイン殿は、きっと貴方を失えば、唯一残した人間らしい部分さえ失ってしまう」


 後に残るものは血に酔いしれる殺戮者のみ。

 そうなった時、アインは誰よりも悍ましい狂念に身を委ねてしまうことだろう。


 あまりにも残酷な話だった。

 マシブが生き延びるには、戦士としての矜持を捨てて与えられた役割に甘んじるしかない。


 そうなるように、全てが仕組まれているのだ。


「冗談じゃねえ。俺は――」


 何かを言おうとして、言葉が出てこなかった。

 マシブは困惑したように固まってしまう。


 分からないのだ。

 意地を張り続けた先に何があるのか。

 本当に、このままアインの横に並び続けることを願い続けて、分不相応な願いに対する罰が与えられないかが不安だった。


 しばらくして、御者台に座るヴァルターが皆に声を掛ける。


「漸く見えてきました――あれが、かの有名なラクィア神殿です」


 華やかな装飾の施された巨大な神殿。

 白を基調として造られたそれは、確かに教皇庁の威光を知らしめるだけの力強さと美しさを兼ね備えていた。


 前方には関所があり、聖誕祭に邪教徒が紛れ込まないように検問をしているようだった。

 多くの教徒たちが列を成しており、関所を抜けるには随分と時間がかかることだろう。

 ヴァルターは馬車の中にいるウィルハルトと御者を交代する。


 関所を通過することは容易だった。

 皆が乗っているのはスカーレット家の家紋が刻まれた馬車だ。

 ウィルハルトが通行許可証を提示すれば、貴族ということもあって優先的にラクィア神殿内へと立ち入ることが出来た。


「少しばかり予定より遅くなってしまいましたが、まあ想定の範囲内でしょう」


 日の傾きを確認して、ヴァルターが独り言ちる。

 聖誕祭を阻止するため、遂にラクィア神殿に到着したのだ。


「さて……大所帯になってしまいましたねえ」


 アインとマシブ、ヴァルター、エミリアとウィルハルト、そしてスカーレット家のメイドたち。

 これだけの人数では、さすがに目立ちすぎてしまう。


「心配なさらなくても、わたくしたちは先に神殿内部の方で教皇と会う約束があるの。聖誕祭までは別行動になりそうね」

「おや、そうでしたか。それでは、こちらはこちらで出来ることを準備しておきましょう」


 周囲の視線を気にして手早く別れを済ませる。

 聖誕祭に備えて、やるべきことは沢山あるのだ。


「さて、アイン。我々がすべきことは幾つかありますが……先ずは身を潜められる場所を探すとしましょうか」


 外套で身を隠している三人は、このラクィア神殿では目立ってしまうだろう。

 人目を気にせず休める場所が必要だった。


 聖誕祭まで間も無い。

 僅かな時間を惜しんで、三人は素早く行動を開始した。

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