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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
八章 囚われし調律者

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147話 嫉妬(2)

 茨が抉れ、穿たれ、朽ち果てる。

 だが、カーナは降り注ぐ槍の雨を耐え凌いで見せた。


 当然だろう。

 彼女は黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを第二段階まで解放しているのだ。

 寧ろ、何も解放していないアインがここまで彼女を追い詰めた方が驚愕に値するくらいだ。


「この力……だから、あのお方は……」


 カーナは一人、誰にも聞かせるわけでもなく呟く。

 そして――。


「ああ、妬ましい! なぜ、なぜ、なぜ貴女ばかりッ」


 激情のままに怒声を上げる。

 粘ついた嫉妬の情が、殺気へと変貌していく。


「――許せないッ」


 カーナの魔力が膨れ上がる。

 それに呼応するかのように、朽ち果てた茨が蠢き始める。


 大魔法の行使。

 街中でそれを許してしまえば、甚大な被害が出ることだろう。

 しかし、食い止めるには猶予が無さすぎた。


 艶やかな蝶の羽ばたきのように両手を広げ、カーナは詠う。


此の地こそヒーア・ラントゥ・ヴァス――黒薔薇の庭園ディ・ローゼン・ヴェルト


 視界が暗転する。

 至る所で何かが蠢いている気配があった。


 それは茨だった。

 視界に入れることすら憚られるほどに悍ましく脈動していた。

 皆を取り囲むように、空間が閉ざされていた。


――そして、薔薇が咲く。彼女の心を体現するかのような、黒く、妖しい花弁が開いた。


「洒落にならねえ……ッ」


 マシブが呟く。

 身が強張ってしまうほどに濃密な嫉妬の情。

 なんて悍ましい場所に迷い込んでしまったのかと、恐怖さえ抱いていた。


 ここは彼女の庭園だ。

 茨の魔女によって生み出された、妖艶な薔薇の咲く処刑場。

 この地を支配するカーナは、勝ち誇ったように嗤う。


「無残に散りなさい――血に染まりし茨鞭ブルート・ドルン・パイチェ


 巨大な茨が高々と持ち上がり――振り下ろされる。


「チィッ――天地滅衝カタストローフェ


 灼鬼纏転を発動し、全力の技を以て迎え撃つ。

 だが、その心を占めるのは恐怖ばかり。


 茨と刃がぶつかり合い、強烈な衝撃にマシブは目を見開く。


「支え切れねえ……ッ」


 あまりにも重い一撃だった。

 以前のカーナとは全く異なる力。

 これが彼女の全力だとすれば、勝利の美酒に酔っていた自分はどれだけ愚かだったのだろうか。


「させないッ」


 アインが飛び出していき、下から茨を槍で突き上げる。

 そして、魔力を込めて一気に放出する。


「――紅閃」


 二人の力を合わせて、ようやく茨を押し返す。

 その事実に、マシブはただ愕然とすることしか出来なかった。


 これが黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力。

 常人では辿り着くことの出来ない、邪神の寵愛を受けた者だけが得られる禁忌の業。

 限界まで酷使された腕が酷く震えていた。


 アインはマシブの様子に気付き、そして背後を見遣る。

 エミリアとウィルハルトでは、カーナを相手にするには荷が重い。


「……マシブは二人を守って」


 そう言わざるを得なかった。

 並の敵を相手にするだけならば、マシブと連携を取った方が容易に倒せるだろう。

 だが、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者を相手にするときに、今の彼では足手まといになってしまう。


「……ああ、わかったぜ」


 自身の無力さを思い知っているからこそ、食い下がるような真似は出来なかった。

 悔しさと情けなさが入り混じり、アインの顔を見ることが出来ない。


 マシブが下がったことを確認すると、アインは静かに槍を構え――駆け出す。

 未だに黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカは発動しない。


「茨よ、あの憎たらしい小娘を叩き潰しなさいッ!」


 カーナの命令に従い、無数の茨がアインへと襲い掛かる。

 しかし、アインは至って冷静だった。


 義手を前に突き出し、命ずる。


「――邪魔しないで」


 たったそれだけで、茨の動きが止まる。

 強大な力に押さえつけられたかのように、僅かに動くことさえも許されない。


 それは、重力魔法を応用したものだった。

 思い描いた物は反重力。

 逆方向から力を加えることによって、茨は完全に静止する。


 だが、それも全ての茨を止めるには至らない。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放しなければ、さすがのアインでも大魔法を捌き切るには至らない。


 しかし、それで構わないのだ。

 手に握りしめた竜槍『魔穿』だけあれば、残りの茨を掻い潜ることは出来る。


「なぜ、なぜ、なぜ貴女はッ!」


 カーナが絶叫する。

 魔力を全て注ぎ込んだ大魔法でも、アインの歩みを止めるには至らない。


――これが、あのお方が目を掛ける理由。


「貴女の神は、一体どれほどの――ッ」


 言い終える前に、アインが眼前まで迫っていた。


 今度こそ逃がさない。

 アインは笑みを浮かべ、カーナの喉元を義手で鷲掴みにする。


「ぐぁ……あぁ……ッ」


 抵抗するように義手を殴り付けるが、その程度で壊せるような代物ではない。

 最高峰の素材を用いて、さらに黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力に染まった義手。

 その強烈な握力を持って、カーナの首を握り絞めているのだ。


 一気に力を込めると、不快な音と共にカーナの体がだらりと力を失う。

 これで、彼女の目論見も成されることは無い。

 周囲で蠢いていた茨も、何事も無かったかのように消え去っていった。


「おやおや、これは遅刻してしまったようですねえ」


 間の抜けた声に振り向くと、そこにはヴァルターがいた。

 既に用事を終えたらしく、その手には屋台で買ったらしい串焼きが握られている。


「ふむ……」


 ヴァルターはアインの足元に転がる亡骸を見て、何かを思ったように顎に手を当てた。

 だが、それもすぐに元の様子へと戻る。


「この場に留まる理由もありませんから、場所を移しましょうか。見慣れぬ御仁もいるようですし……私も、色々と情報を仕入れてきましたので」


 そうして、一先ずは宿へと戻る。

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