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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
八章 囚われし調律者

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144話 焦燥

 馬車を停め、三人は森の中を進んでいた。

 既にラクィア神殿までそう遠くない場所に来ている。

 このままいけば、あと何日も経たずに到着できるだろう。


 ラクィア神殿から見て東に位置するこの森は、身を隠しながら移動するには丁度良い。

 だが、そんな危険な場所を教皇庁が放っておくわけもない。


「――殺気を感じますねえ」


 ヴァルターが呟く。

 襲撃者は巧妙に気配を隠しているようだったが、彼からすれば児戯に変わりない。

 鋭い視線の先には、何人もの影が見えていた。


 未だ敵の影を捕らえられないマシブは、暗闇の中に潜む敵を警戒する。


「何人潜んでいるんだ?」

「付近に十人ほど。恐らく……森全体には五十人ほどでしょう」


 この地に潜む敵が手に取るように分かるのだ。

 ヴァルターは愉しげに周囲を見回して、両腕を大きく広げる。


「さて、どう致しましょうか」


 ヴァルターはアインに視線を向ける。

 戦闘が始まれば、こちらに気付いていない他の敵たちも集まってくることだろう。

 ラクィア神殿を目前にして、些細なことで消耗することは避けたい。


 しかし、アインは嗤う。


「殺せばいい」

「そう仰ると思っていました」


 ヴァルターも嗤う。

 彼もまた、長距離を移動し続けて退屈していた。

 獲物が自ら殺されにやってきたのだから、相手をしないという選択肢は無いだろう。


 三人が身構えると――木陰から巨大な魔力の高まりを感じた。


「――氷鎚カルト・ラヴィーネ


 上空に巨大な氷の塊が現れ――落下を始める。

 まともに受けてしまえば、大質量による圧死は避けられないだろう。


 だが、この程度の攻撃には慣れ切っている。

 アインは静かに右手を上げると、氷塊に命ずる。


「――止まって」


 重力魔法の行使。

 押し上げるように展開された反重力が、氷塊を完全に制止させた。


 そして――。


「――此の地に災厄を齎せラージェ・ヴルカーン


 高々と翳し上げられた槍の穂先から、全てを焼き尽くす紅蓮の炎が放出される。

 上空の氷塊を容易く消し飛ばし、炎は四方へと広がっていく。


 それは合図だった。

 隠れる場所を失った襲撃者たち。

 彼らの姿が露になった時、紅く燃え盛る森で蹂躙が始まるのだ。


 アインは視界に映った相手に狙いを定め、瞬時に間合いを詰める。


「ひッ――」


 抵抗する暇も与えず心臓を穿つ。

 襲撃者は小さく悲鳴を上げることが精一杯だった。

 その場に崩れ落ちると、周囲の炎が亡骸に燃え移る。


 どうやら襲撃者は冒険者の集団のようだった。

 手配書が出されているのだから、こうして狙われることは仕方がないだろう。


「面倒な相手に狙われていますねえ、お互いに」


 いつの間にか隣に来ていたヴァルターが言う。

 今のアインたちは、教皇庁だけでなく冒険者も敵に回している。

 災禍の日に巻き込んだドラグニア王国からは手配書が出されるほどだ。


 ヴァルターもまた、面倒なしがらみに囚われているのだろうか。

 アイゼルネとの因縁を考えるに、やはり彼にも色々と事情があるのだろう。


 だが、ヴァルターは己のことを多く語らない。

 アインが知る彼の姿は、一見すると善良な神父ではあるものの、その奥に得体の知れない狂気を孕んでいるということだけ。

 いずれ、その心の内を話してくれる日が来るのだろうか。


「さて、今は殺戮の味に酔いしれるとしましょうか」


 そう言って、彼は背後を振り返る。

 間近に迫っていた剣士の男が、ちょうど剣を振り上げたところだった。


「それを――どうするのですか?」


 ヴァルターは両手を広げて隙を見せる。

 まるで斬り付けられることを待ち侘びているかのように。

 値踏みするような目付きを見れば、彼がこの状況を心から楽しんでいることが窺えた。


 剣士の男は躊躇せずに剣を振り下ろす。

 その刃は確かにヴァルターの体を捉えている。

 だというのに、彼は変わらず笑みを浮かべているだけだった。


「おや残念。不合格です」


 剣士の男の体が爆ぜる。

 ヴァルターは心底残念と言った様子で首を振ると、他の敵を探しに歩き出した。

 先ほど斬り付けられたはずの傷はどこにも見当たらない。


――やはり、格が違う。


 アインは息を呑む。

 もし彼が敵だったならば、自分とマシブが力を合わせても勝てないだろう。

 倒し方が全く思いつかないのだ。


 燃え盛る森の奥から無数の魔法が飛来する。

 だが、その全てがヴァルターに届く事無く消滅していく。

 彼の笑みは絶えない。


 視線を外し、アインも敵の姿を探す。

 多くの魂を喰らわなければ、体の内に封じた六転翼の魂を糧に出来ないのだから。


 少し離れたところでは、マシブが殺戮の限りを尽くしていた。

 苛烈な剣戟の原因となったのは、昨夜のヴァルターとの会話だろう。


『貴方は強大な力を望んでいるが、何も力が全てではありません。貴方が心から望むのであれば、相応の役割が与えられるはずです』


 その言葉通りであれば、彼は戦力として期待されていないということになってしまう。

 戦士として、男として、それだけは認められなかった。


「どうすれば、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが手に入るんだよッ」


 鍛え上げられた肉体から、膂力を振り絞って放たれる剣閃。

 その一撃は、木陰に身を隠した敵を木もろとも叩き切る。


 荒く息を吐き出す。

 血塗られた道を歩む覚悟を決めた。

 突き進めるだけの力も磨き上げてきた。


 だというのに、ヴァルターはマシブには資格が無いのだと言う。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを得るに相応しいだけの狂気染みた“何か”が足りないと。


「――くそッ」


 幾ら考えたところで答えには辿り着けない。

 或いは、最初から答えが用意されていないのかもしれない。

 ヴァルターの言う通り、相応の役割とやらに甘んじなければならないというのか。


 冗談じゃねえ、と吐き捨てる。

 最後まで隣で戦い続けられなければ意味がない。

 己の人生が、その程度のものだと認めるわけにはいかないのだ。


「――灼鬼纏転」


 この奥義を磨き上げる。

 それが、今の彼に出来る最大の努力だ。


 炎に包まれた森の中で、何よりも熱く燃え上がる気迫。

 焦燥に駆られ、マシブは悪鬼の如く剣を閃かせた。

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