140話 純白示教
関所を強引に推し通り、二人はハイデリア公国のラクィア神殿を目指して進んで行く。
手配書が出されていることを警戒し、大きな街は極力避けて移動していた。
警戒すべきは『純白示教』の存在だろう。
もしアイン達がハイデリアに足を踏み入れたと知れたならば、アイゼルネが出張って来る可能性は非常に高い。
証拠を出来る限り隠蔽したものの、多少の時間稼ぎにしかならないだろう。
街道を行くことは出来ない。
二人は少し遠回りになるが、主要な街を避けるように迂回して移動する必要があった。
「この辺は辺鄙なもんだな。ハイデリアは何処も彼処も発展してるもんだとばかり思ってたぜ」
ハイデリア公国西部に位置する小さな村に訪れていた。
そこは酷く寂れた村があるだけで、他の都市のような街並みとは程遠い。
「重税を掛けられているのかも」
「だろうな。教皇庁のことだ、くだらねえ御高説でも垂れて言い包めてるんだろうよ」
――その結果がこのザマだ。
マシブは呆れたように溜息を吐いた。
教皇庁の影響圏内では、この小さな村のように飢えている場所が幾つも存在している。
ハイデリアのような肥沃な大地を誇る国であっても、それを上回る重税を掛けられてしまえば如何ともし難い。
村の中にいるのは幼子か、痩せこけた老人ばかり。
若者は都市部へと集中しているのだろう。
農村で飢えながら一生を終えるよりは、魔導技師として成功を目指す道の方がハイデリアではずっと楽なのだ。
「……この辺りの土地は農業には向かないと思う」
「分かるのか?」
アインは頷く。
自然の豊かな村で育ったためか、一目見て適所ではないと察する。
大地の魔力含有量が多すぎるのだ。
これでは作物に悪い影響が出てしまうだろう。
育ったとしても、十分な量を得るには至らない。
「それで見放されたってわけか」
辺境の村で、作物が満足に取れるというわけでもない。
そんな場所に若者が留まり続ける理由は無い。
一日でも宿を取れればいいと思っていたが、そう上手くはいかないかもしれない。
マシブはどうしたものかと腕を組んで辺りを見回し――気付く。
「おい、隠れるぞ」
マシブが建物の陰に隠れると、アインもそれに倣って身を潜める。
彼が指す方向に視線を向ければ、そこには見覚えのある紋章を付けた騎士団がいた。
「……純白示教」
アイゼルネの指揮する騎士団。
彼女と遭遇しないためにわざわざ迂回していたというのに、村の中には確かに同じ紋章を付けた騎士団がいた。
だが、アイゼルネの姿は見当たらない。
彼らは何を追って、こんな辺鄙な村にまで出張ってきたのか。
「どうする、アイン」
「……ッ」
答えるまでもない。
殺気を滾らせて、アインは『純白示教』を睨み付けていた。
それを見て、マシブはいつでも飛び出せるように身構えた。
騎士たちの姿を見て、村人たちが慌てた様子で出迎える。
「これはこれは、教皇庁の騎士様ではありませんか。このような村に一体どのような御用で?」
「この近辺に黒鎖魔紋を持つ者が潜んでいるという。何か心当たりはあるか?」
騎士たちの先頭に立つ司祭の男が村人たちに問う。
彼はどうやら確信を持ってこの村に訪れたらしかった。
「まさか。こんな村に邪教徒が来るはずなど……」
村人たちは首を振る。
誰も心当たりがないと言った様子だったが、司祭の男は眼を鋭く細める。
「ならば言葉を変えよう。世に仇なす、黒き逆十字の神父を見なかったか?」
その言葉にも、村人たちは首を振る。
本当に心当たりがないのだろう。
――黒き逆十字の神父。
それが誰を表しているのか容易に想像できた。
アインにとって命の恩人である神父ヴァルター・アトラス。
その彼が、ハイデリア公国に来ているのだと。
「その話、詳しく聞かせて」
建物の影からアインが姿を現すと、司祭の男は訝しげに視線を向けた。
「何者だ。この村の者ではないようだが――」
返答は不要と言わんばかりに、アインは外套を脱ぎ捨てる。
その姿を見て、司祭の男は驚愕の表情を浮かべた。
手配書が出されていることを彼も知っていたのだろう。
凍てつくように冷酷な瞳。
少女の体には不釣り合いな武骨な義手。
何より凄まじい魔力を秘めた一本の槍が、その正体を物語っていた。
「――『狂槍』か。なぜ黒き逆十字の神父の情報を欲しがるのかは分からんが……まあ、そんなことはどうでもいい」
司祭の男が指示を出すと、騎士たちがアインに向けて剣を構えた。
邪教徒と教皇庁が出会ってしまったのだ。
戦いは避けられない。
「貴様の首は、枢機卿殿への手土産に丁度良い」
司祭の男が命じると、騎士たちが一斉にアインに向かって駆け出す。
その精密な動きから練度の高さが窺えた。
しかし――。
「雑兵に要はねえよ」
物陰から躍り出たマシブが、何人もの騎士を纏めて叩き切った。
飛び散る血飛沫。響く断末魔。
その気迫に、騎士たちの足が止まる。
「大人しく情報を吐けば、楽に死なせてやる。吐かねえってんなら、苦しんで死ぬだけだぜ」
「邪教徒共が、教皇庁の司祭たるこの私に要求をするつもりかッ」
司祭の男が指示を出すと、騎士たちが素早い動きで二人を取り囲む。
「死ぬのは貴様らの方だ。やれッ!」
合図と同時に騎士たちが魔術を構築し始める。
マシブは仕方がないと言った様子で剣を構えると、騎士たちを見据える。
「面倒だが仕方ねえ。司祭だけは殺さねえ様にしてくれよ、アイン」
既に殺気を滾らせている相棒を見て、マシブは不安そうに武器を構えた。




