14話 秘密
アインはやっとの思いで全てを食べきると、苦しそうな表情で酒場を出た。
食事の量もそうだったが、特に酒の量が多かった。
それも強い酒ばかりで、初めて飲むアインにはかなり大変だった。
さすがに無理をしすぎただろうか。
ぱんぱんになったお腹をさすり、苦しそうに息を吐く。
アインは次からは飲みすぎないようにしなければと心に決めた。
本当は酒場でいろいろな人と交流をしたかったのだが、話し相手を探すことがかなり大変だった。
ラースホーンウルフを一人で討伐したことだけならば問題はなかったが、どうも噂に尾ひれがついているらしく、話しかけても怯えられるだけだった。
ゾフィーと知り合うことが出来たため、アインは今日はこのくらいでいいだろうと宿に戻ることにした。
街は夜になっても賑やかだなと思いながら歩いていると、ちょうど依頼を終えてきたらしいマシブと出会う。
「よお、アイン。ブロンズに上がったらしいじゃねえか」
「もう知ってるの?」
「そりゃあ、俺だって一応冒険者だからよ。しっかりと情報収集してんだぜ?」
ニヤリと笑って見せるマシブに、アインは意外としっかりしているんだと感心する。
見た目は粗暴な彼だったが、実は立派に冒険者をやっているのかもしれない。
「マシブは依頼を終えたところ?」
「ああ、稼げそうな護衛の依頼があったからよ」
そう言って、マシブは報酬の入った革袋を見せびらかす。
彼の言う通り結構な額が入っているらしく、革袋はずっしりと重そうだった。
「護衛の依頼ってそんなに稼げるの?」
「ああ、もちろんだ。特に貴族や商人は安全のために大金を払ってくれるから、腕に自信のあるやつにとっちゃ良い金稼ぎになるんだ」
「へえ……」
アインは護衛をするのも悪くはないかもしれないと考える。
整備された街道は魔物が出る頻度も少ないため、少しばかり退屈かもしれないが稼ぎたいときは便利かもしれない。
それに、他の街に行きたいときに目的地までの護衛依頼を引き受ければ一石二鳥だ。
そんなアインの様子に、マシブは「だが……」と続ける。
「これが結構大変だったんだぜ? 最近は盗賊が好き放題やってるらしくて、俺が護衛してる馬車も襲撃されちまってな」
マシブの体は傷だらけだった。
幸い大きな怪我はなかったようだが、それでもアインは見ていられなかった。
「怪我は大丈夫なの?」
「こんなもんかすり傷だっての。この程度の傷を気にしてたら、冒険者なんてやれないぜ?」
ケラケラと笑うマシブに、アインは安心したように息を吐く。
彼ならば早々に死ぬことはないだろうと思えた。
しばらく歩いていると、ふと思い出したようにマシブが尋ねる。
「そういやアイン。なんでお前は冒険者になったんだ? ラースホーンウルフを倒せるお前に聞くのも変な話だが、正直言って、お前は冒険者をやるような人間には見えなくてよ」
その質問に、アインはどう答えればいいのか困ってしまう。
なんだかんだで世話を焼いてくれている彼に嘘を言いたくなかった。
しかし、自分の事情を素直に話すわけにはいかない。
黒鎖魔紋を持っているなんて知れば、いくらマシブでも自分の事を嫌うかもしれない。
場合によっては教皇庁に居場所を密告される危険もあるのだ。
そうなれば、今度はヴァルターの助けがない状態でアイゼルネを相手にしなければならない。
そう考えた途端、アインの心に恐怖が蘇ってくる。
両親は自分をかばって死んだ。
それも、アインの目の前で。
アイゼルネは一切の容赦もなく、罪のないアインの両親を殺したのだ。
アインは彼女を相手にして何もすることが出来なかった。
自分は黒鎖魔紋の、それも第二段階まで解放していた。
だというのに、アイゼルネは容易くアインを退けてしまったのだ。
ただただ恐ろしい。
思い出しただけで酷い吐き気が込み上げてきた。
今まで明るい冒険者生活で忘れていた。否、忘れようとしていた。
目を背けてきた暗い過去が、アインの心を蝕む。
「おい、アイン。大丈夫か!?」
マシブが慌てた様子でアインの体を揺さぶる。
顔色も悪く、体中から汗が噴き出していた。
呼びかけに応じることもなく、そのまま意識を失ってしまう。
倒れそうになるアインを抱きとめると、マシブはアインの体をひょいと担ぎ上げる。
「ちょっとだけ我慢してろ。すぐに宿に連れてってやるからよ!」
マシブはできるだけ急いで、しかしアインの体に負担がかからないように宿へ向かう。
自分は何か触れてはいけないことに触れてしまったのだろうか。
後悔しつつ、急いで宿に駆け込んだ。
「母ちゃん大変だ! アインが!」
マシブの叫び声を聞いて、エレノラが慌てた様子で奥から出てきた。
二人はアインを部屋に運ぶと、ベッドに優しく横たえる。
「マシブ、あんたアインちゃんになにをしたの?」
「ち、違うって! 俺は何もしてねえ! 話してたら急にアインの様子がおかしくなったから、急いで宿に運んで来たんだ」
「そう……」
エレノラはアインの様子を見て、酒の臭いが濃いことに気づく。
「もしかしてアインちゃん、お酒を飲みすぎちゃったのかしら」
「へ……? 酒の飲みすぎ?」
「たぶんそうね。きっと、慣れてないのにたくさん飲んだんだわ」
言われてみれば、アインから酒の臭いがしていた。
マシブはそれを聞いて、安心したように息を吐いた。
「なんだよ脅かすなっての……。急に倒れるからビビっちまったじゃねえか」
「なんにせよ、大事にならなくてよかったわ。ちょっとタオルを濡らして持ってくるから、あんたはアインちゃんを見てて」
「わかったぜ」
エレノラが部屋から出ていく。
酒の飲みすぎと分かっても相変わらずアインは苦しそうな様子だった。
少しでも楽にできないかと、マシブは自分に何かできないか考える。
「そういやアイン、手袋付けっぱなしじゃねえか。外しといた方が休まるだろうし、取ってやるか」
マシブはアインの手を取ると、すっと手袋を外す。
そして、気づいてしまう。
「……おいおい、もしかしてこれって」
アインの右手の甲に、黒鎖魔紋が刻まれていることに。