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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
八章 囚われし調律者

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139話 ハイデリア公国

――ハイデリア公国。


 大陸西部に位置するこの国は、肥沃な大地と鉱山に恵まれている。

 豊富な資源による貿易で栄えているだけでなく、ハイデリアは技術大国でもある。


 ハイデリアの名を上げて最初に思い浮かぶのは銃という武器の存在だ。

 術式を刻み込んだ筒状の武器で、魔力を込めて引き金を引くだけで弾を撃ち出すことが可能。

 難解な魔術を学ばずとも一定の威力を出せるため、ハイデリア軍にも正式採用されている。


 他国から頭一つ抜き出た技術力。

 多くの者がハイデリアの力を求め研究したが、その製法は腕の良い魔導技師でなければ再現できない。

 そういった人材は自然とハイデリアに集まるため、現状では独占状態となっている。


 ハイデリアが誇るのは技術力だけではない。

 教皇庁管轄の聖地、ラクィア神殿を領内に持っている。

 そのため教皇庁の影響が非常に強く、巡礼者が多く訪れる地でもある。


「何が神聖な地だ。下らねえ」


 マシブは興味ないと言った様子で吐き捨てる。

 ハイデリアの関所に辿り着いた二人だったが、列を成す巡礼者たちによってなかなか入国出来ずにいた。


 周囲を見回せば、入国の時を心待ちにしている巡礼者ばかり。

 なぜ教皇庁にそこまで熱心になれるのか、彼には理解できなかった。


「まあ、無事に通れるかは分からねえけどな」


 二人は外套のフードを深々と被っていた。

 手配書が何処まで広まっているかは分からない。


 ドラグニアから幾つもの国を越えてハイデリアまで来たが、ここは同じく教皇庁の影響下にあるのだ。

 場合によっては強引に推し通る必要があるだろう。

 今さら痛む良心は無いのだから、関所を守る兵士の命など気にする必要もない。


 ある巡礼者の声が聞こえた。

 曰く、聖誕祭が開かれるのだと。

 聖地にて神の御顔を拝することが出来るのだと。


 ある旅人の声が聞こえた。

 神が大地に降臨するのだと。

 世に救済を齎す神が、皆に光を見せてくれるのだと。


「吐き気がする」


 顔をしかめてアインが言う。

 ハイデリアは聖地を有しているため、他国よりも教皇庁の影響が強い。

 しばらく滞在すると考えただけで頭が痛くなるようだった。


「仕方ねえさ。俺たちはやることをさっさと片付けりゃいい」


 目的は一つ、調律者の奪還だ。

 大地に顕現した世界の意思。

 かの少女を教皇庁は何らかの目的を持って捕らえた。


 調律者には二人の知らないような価値があるのだろう。

 それを知るには直接乗り込むしかない。

 教皇庁は強大な力を有しているが、今の二人もまた脅威足りえるほどの実力をも似つけたはずだ。


 しばらくして、二人の順番が回ってきた。


「入国の目的は」

「巡礼に。ラクィア神殿で聖誕祭があると聞いてきた」

「ふむ、そうか」


 さすがに巡礼者の数が多いせいで疲弊しているのだろう。

 兵士が十分に確認もせず通るように促した。


 関所の門を潜っていく。

 その歩みを止めようとする者は――。


「止まれ」


 壮年の男が二人を呼び止める。

 この関所を任された兵士長の男だった。


 その剣の柄には使い込まれた跡があり、また二人を見据える眼光も鋭い。

 何よりその手には羊皮紙の束が握られていた。


「顔を見せてもらおうか」


 既に手配書がハイデリアまで来ていたのだろう。

 観念したようにフードに手を伸ばし――嗤う。


「おらああああああッ!」


 マシブの強襲によって何人もの兵士が宙を舞う。

 半身を鎧ごと断ち切られた彼らは、もう助かることは無いだろう。


 巡礼者たちの悲鳴が響き渡る。

 関所に密集していたために恐怖と混乱が凄まじく伝播していく。


 だが、壮年の男は動じない。

 ただ静かに剣を構え、二人の動きを見極めようとしていた。

 剣を構える姿は勇ましいが、そもそも刃を交える必要は無い。


 アインは鋼の腕シュタラルムを前に突き出し、命ずる。


「這い蹲って」


 その一言で、熟練の兵士が膝を折る。

 圧しかかる重力に抵抗することも出来ず、歯を食いしばって睨み付けることしか出来ない。


「止めなければ死なずに済んだのに」

「馬鹿を言うな。ハイデリアの兵士として、通すわけにはッ」

「そう」


 自らの命よりも、国を守るという矜持の方が大事なのだろう。

 名も知らぬ男にアインは感心したように頷く。


 だが、それでは意味がないのだ。

 アインにとって重要なのは生き延びること。

 死後に残るのは、残された者の悲しみだけなのだから。


 そのまま重力魔法で押し潰すことも出来たが、アインはあえて槍を手に取る。

 死は無常なものだが、この壮年の兵士にはもう少し相応しい死に様があると思ったからだ。


「……情けを掛けるつもりか」


 重力魔法が解けたことに男は困惑しているようだった。

 だが、それは男の思い違いだ。


「最後は勇ましく死ぬべきだと思ったから」


 地を這う虫共のように潰される。

 そんな終わり方は見たくないと思った。


 しかし、彼を見逃すつもりもない。

 長年腕を磨き続けた彼は極上の獲物なのだ。


 男は観念したように剣を構える。

 対峙しただけで力量差が分かってしまったからだ。

 だというのに、男の眼光は未だに鋭い。


「無様に殺されるだけだと思うなッ!」


 吠えて、凄まじい速度で肉迫する。

 彼の人生を賭けた決死の特攻。

 その気迫は称賛すべきものだった。


 だが――。


「――紅閃」


 アインの一撃を捌けるほどの力量は無かった。

 心臓を正確に捉えた突きによって、男は絶命する。


 誇り高き兵士長も、死ぬ時は刹那

 そこに感傷を抱くほどアインは優しくはない。

 手に残った殺傷の感触に酔いしれるだけだ。


「こっちも片付いたぜ」


 剣についた血を拭いながらマシブが言う。

 彼の周囲には、この関所を守っていたであろう兵士たちの亡骸が転がっていた。


 情けをかける必要は無い。

 ここで生かしておけば、後々に自分たちに憎悪が返ってくるのだ。

 皆殺しにする方が後顧の憂いも無いだろう。


 こうして、二人はハイデリア公国へと足を踏み入れた。

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