表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
七章 死都メルディア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/170

137話 救いは無い

「神を……神を、喰らったというのか……!」


 ファーレンは愕然とした表情でアインを見つめていた。

 常人には信じられない光景だった。


 漠然と、六転翼を喰らうことが出来ると理解していた。

 アインの身に刻まれた黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカ

 その本質は他者の魂を喰らい自らの糧とすることにある。


 喰らう対象は全ての生物。

 人間であろうと、魔物であろうとそれは変わらない。

 であれば、現世に肉体を持つ六転翼とて例外ではないのだ。


 増幅した狂気は神をも喰らう。

 餓えた獣の咢に喰らい付かれて、耐えられる者はいないだろう。


 だが、今のアインでは六転翼を喰らい尽くすには力が不足している。

 己にはもっと多くの魂が必要だ。

 徐に手を翳すと、迷宮に刻まれた魔紋に魔力を流し込んでいく。


「何をしている?」

「メルディアに掛けられた呪いを書き換えてる」

「ということは、遂に解放されるのか……」


 ファーレンは感慨深そうに頷くが、アインは即座に否定する。


「それは違う」

「……何が違うというのだ?」


 ファーレンは恐る恐る尋ねる。

 先ほどの光景を見て、アインの持つ力を畏れていた。

 神をも喰らうほどの所業を見て、恐怖を抱かない者の方が珍しいだろう。


「こういうこと」


 アインが槍を翳し上げると、迷宮に刻まれた魔紋が光を放ち始めた。

 祭壇は再び魔力を得て、呪いをメルディア全体へと行き渡らせる。

 そして、ファーレンの体に異変が起きる。


「こ、これは……体が消えていくッ」


 ファーレンの体が足元から消え始めていた。

 まさか自らが喰らわれるとまでは思っていなかったのだろう。

 鬼気迫る形相でアインに問いかける。


「なぜだッ。ルメロ神教の在り方が気に入らぬというのかッ!」


 弱き者を利用して強き者に取り入る。

 そんなルメロ神教の在り方は褒められたものではないだろう。

 マシブが地下室を見て嫌悪感を抱いたように、アインもまた同様の感想を抱いたのか。


 だが、アインは首を振る。


「何か恨まれるような事をしたならば詫びる。だから見逃してくれッ!」

「それも違う」

「ならば何故だッ!?」


 ファーレンには訳が分からなかった。

 なぜ自分が殺されなければならないのか。


 ルメロ神教の所業に吐き気を催したわけでもない。

 ファーレン自身に嫌悪感を抱いたわけでもない。

 であれば、理由は一つ。


「まだ、食べ足りないから」

「馬鹿な……ッ!」


 メルディアに刻まれた魔紋はクローディアを核として構成されていた。

 であれば、彼女を喰らったアインが呪いに干渉することは、さして難しい事ではない。


 書き換える内容は即ち――死。


「この地に囚われていた人々の魂全てが、私の糧になる」


 最後に残るのは、自分とマシブの二人だけだ。

 徘徊する死霊共も、怯えて暮らす人々も全て等しく糧となって消化されていくのだ。


「こんな、ところで……ッ!」


 そして、ファーレンの姿が消滅する。

 彼の魂は天へと召されることも、地獄へ落されることもない。

 ただ糧として消化されて後には何も残らない。


 アインは体の調子を確かめる。

 メルディアに住まう全てを喰らい尽くしたのだ。

 これで、アイゼルネやヴァルターに追いつけるかもしれない。


 しかし、未だにクローディアの魂を喰らいきれていないようだった。

 まだ喰らい足りないのかもしれない。

 アインは物足りなさそうに顔をしかめ、ふと気付く。


「魔紋が……」


 胸元に刻まれた黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカ

 しばらく不安定な状態だったが、今では随分と大人しくなっている。

 大量の魂を喰らったことで制御出来るようになったのだろうか。


 これならば、突然暴走するようなことは無いだろう。

 アインは安堵すると、祭壇に背を向ける。


「もういいのか?」

「ここにあの少女――調律者はいない」


 既にメルディアを離れたのだろうか。

 あるいは、別の目的を持って留まっているのだろか。


 探すにしてもメルディアの地は広大だ。

 見つけ出すには随分と骨が折れることだろう。


 二人は祭壇を後にし、地上へと戻る。

 解呪された地に残ったのは、無数の屍が転がる廃墟のみ。

 この地がかつてのように繁栄するには多くの時間を必要とするだろう。


「さっさと調律者とやらを探そうぜ。そう遠くにはいな――」


 続けようとして、手で口をふさがれる。

 アインの指す先を見てマシブは即座に黙る。


 廃墟の影から覗く先には、一人の少女の姿。


 闇よりも昏い黒髪。

 陶磁のように透き通った肌。

 およそこの世の者とは思えない美貌を讃えた幼い少女。


 彼女こそ、二人が探し求めた調律者。

 この世界の破滅を目論む教団を滅する世界の意思。


 教団と敵対する存在であるならば、協力関係を築けるかもしれない。

 そうでなくとも、何かしらの情報を得られるはずだ。

 しかし、二人は身を潜めて姿を見せようとしない。


 視線の先には、調律者以外の集団がいた。

 十字の刻まれた盾を持った騎士。

 その姿にアインは見覚えがあった。


「教皇庁……」


 大陸で最も強い力を持つ組織。

 彼らの掲げる神のは、各地で深く信仰されている。


 それだけではない。

 あの日、アインから両親を奪った最凶の女騎士。

 枢機卿アイゼルネ・ユングフラウの姿がそこにあった。


 今、アイゼルネを殺す。

 殺せるだろうか。

 殺される。

 両親のように。

 無残に死に曝すのか。


 槍を握る手が震えていた。

 以前のアインでは、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放しても歯が立たなかった。


 果たして、今はどうか。

 足りているのか。

 震えているのか。

 武者震いか。


 恐怖だ。


「……どうするんだ?」


 マシブが声を潜めて尋ねる。

 教皇庁側は戦意を露わにして調律者と対峙している。

 このままでは、彼女の命が危ない。


 しかし、返答は無い。

 拷問された恐怖と両親を殺された絶望がフラッシュバックしていた。


 殺してやりたい。

 そんな強烈な殺意さえ、圧倒的な恐怖に押し潰されてしまう。

 心の奥底に抉るように刻み付けられた感情が、戦うことを拒んでしまうのだ。


 調律者の戦いぶりは見事なものだった。

 不完全とはいえ、世界の意思。

 教皇庁の騎士たちではまるで歯が立たない。


 だが、それはあくまで常人の話。

 完全な力を得ていない状態ではアイゼルネに対抗することが出来ない。

 彼女が抜刀した刹那、調律者は瞬く間に制圧されてしまった。


 捕縛された調律者は、抵抗することもままならない。

 アイゼルネは騎士を引き連れて撤収していく。

 だというのに、その背を狙って襲い掛かることすら出来なかった。


 やがてその姿が見えなくなると、アインはその場にへたり込む。


「……殺せなかった」


 それどころか、刃を向けることさえ出来なかった。

 調律者が連れて行かれるところを、ただ眺めていることしか出来なかったのだ。


 自己嫌悪に浸っているアインに、マシブが声を掛ける。


「メルディアの近くには教皇庁管轄の神殿があったはずだ。直接戦わなくてもどうにかなるかもしれねえ」


 マシブは知らない。

 アインがどれだけ大きな恐怖を抱えているのかを。


 だが、一つだけわかることはある。

 あの女騎士アイゼルネはアインでさえ恐れるほどの何かを持っているのだ。

 もし次があったならば、自分が盾になる覚悟で臨むべきなのだと。


 メルディアから南西に位置するラクィア神殿。

 そこで、調律者を巡る戦いが始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ