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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
七章 死都メルディア

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135/170

135話 踏破

 自らの魂が完全に狂気に呑まれる。

 その恐怖がどれだけのものであるのか、常人には理解できないだろう。


――黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカ


 アインは胸元に手を当てる。

 災いの元凶であり、忌み嫌われる邪教徒の印であり、己の最大の武器でもある。

 最高の悦楽を齎すこの魔紋を憎いと思ったことは何度かあったが、恐怖を抱いたのはこれが初めてだった。


 もしあの時、正気に戻るのが少しでも遅れていたならば。

 槍を仲間の血で染めてしまうようなことがあれば。

 きっとアインは、一生後悔し続けることになるだろう。


 あるいは、先ほどのアインこそが本来の姿なのではないか。

 殺意を滾らせて、誰も彼もを見境無く蹂躙する。

 怪我を顧みず獣のように狂い躍りかかる事こそが、邪神の寵愛を受けた狂信者としての在り方なのかもしれない。


 以前、ヴァルターは言った。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカは理性という枷を外し本性を引き出すのだと。


 邪神の寵愛を受ける者は皆、何かしらの歪んだ狂気を抱えている。

 シュミット近辺で強奪を繰り返していた強欲な賊のペドロ。

 過剰なまでに力を追い求めた流浪の剣帝イザベル。

 復讐の果てに傲慢さを得たアルフレッド。

 世界の破滅を願い教団を立ち上げたバロン・クライ。


 殺戮を愛するアイン。

 彼女の持つ狂気は至極単純。

 それ故に、全てを喰らい尽くしかねないほどの危険さを孕んでいる。


 そしてそれは、ヴァルターの言う通り本性なのだ。

 理性という人間らしい部分を取っ払ってしまえば、後に残るのは情け容赦の無い殺戮者だ。


 それ故に、アインは気付いてしまった。

 狂気に呑まれた時、マシブに槍を向けたことに疑問を一切抱かなかったのだ。

 もしあのまま槍を突き立てていたならば、どれだけ心地よかっただろうか。


 横を歩くマシブに視線を向ける。

 彼は死霊の襲撃を警戒しながらアインを庇うように歩いている。

 傍らに狂気を孕んだ少女がいるというのに、全く警戒する素振りを見せない。


 そこまで考えて、我に返って戦慄く。

 自分は今、酷く恐ろしいことを考えてしまっていた。

 思考を逸らそうと、アインは周囲の警戒に集中する。


 それからしばらく歩いた時。

 最初に異変に気付いたのはマシブだった。


「……敵がいねえな」


 メルディアの中央部に近付くにつれて、徘徊する死霊の数が減ってきていた。

 どこかに隠れ潜んでいるというわけでもない。

 全く気配が感じ取れないのだ。


 そして、異様なのはそれだけではない。


「この気配……」


 アインもまた、違和感を抱いていた。

 まるで中央部に危険な何か・・がいるかのように、死霊たちが避けているのだ。


 丁寧に隠蔽されているのだろう。

 気配を感じ取ることは出来ても、全容を把握するまでには至らない。

 それだけバロン・クライの施した儀式魔法は複雑なのだろう。


 少しして、ファーレンが足を止める。

 目の前には巨大な門があった。


「メルディアは迷宮都市と呼ばれていた。その名残がこの地下へと続く迷宮だが……ふむ」


 複雑な魔紋の施された扉は開く気配もない。

 ファーレンは杖を翳すと、詠唱する。


 すると、扉に浮かんでいた魔紋が次々と消えていく。

 長年生きてきた彼だからこその技巧だろう。

 外界であればどれだけ活躍できただろうか。


 封印が解かれた時――奥から凄まじい勢いで迫ってくる気配に気付く。


「マシブ!」

「おうよッ!」


 二人は武器を構えて迎え撃とうとして、驚愕に目を見開く。

 飛び出してきた魔物は赤黒い色をした異形の怪物。

 幾度となく見てきた、災禍の日に現れる魔物だった。


 咄嗟に槍を突き出して受け止めると、マシブが魔物を叩き切る。

 飛び出してきた魔物は一体だけだったが、二人は先ほど以上に警戒を高める。


 事情を知らないファーレンは、得体の知れない魔物の死体を興味深そうに見つめる。


「……見たこともない魔物だ。おぬしらは知っているのだろう? そこらを徘徊する死霊共とは違うようだが」

「気にするほどのことじゃねえだろ。さっさと行くぞ」

「詮索は許さんか。まあ構わんさ」


 そして三人は迷宮へと足を踏み入れる。

 先ほどまでとは違い、迷宮の中には死霊の姿は一切見えない。

 代わりに、異形の怪物が至る所にいた。


「洒落にならねえぜ、こんなの」


 マシブは襲い掛かってきた魔物を両断し、ため息を吐く。

 質の低い死霊たちと違って、この化け物は油断が出来ない。


「呪いの元凶は迷宮の深部だ。その程度で弱音を吐かれては困るのだがな」

「後ろで見てるだけの癖に偉そうによ」

「仕方なかろう。解呪のために魔力を温存しなければならんのだ」


 ファーレンの行使する魔法であれば、異形の怪物たちが押し寄せてきても十分通用するだろう。

 しかし、魔物の数は外の比ではない。

 相手をするのに魔力を消耗してしまっては、解呪をしようにも出来なくなってしまう。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの暴走でアインも魔力を激しく消耗してしまっている。

 このまま進むのであれば、マシブが前衛として戦い抜くしかないだろう。


「かぁーっ、やるしかねえか」


 マシブは気合を入れ直し、二人の前に立つ。

 前から向かってくる魔物は全て叩き切って、一匹たりとて後ろには通さない。

 そんな覚悟を持って襲い来る魔物を撃退していく。


 手配書を出されてから長らく冒険者として活動していなかったため、二人が迷宮に潜るのは久々だった。

 マシブが前衛として敵を受け止め、間合いの広いアインが後方から突いて倒していく。

 不服なことにファーレンとの連携も上手く取れており、マシブは顔をしかめつつ敵を蹴散らしていく。


 迷宮を進み続けていき、やがて三人は深部へと至る。

 邪神の虜となったバロン・クライの作り上げた儀式の祭壇に。

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