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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
七章 死都メルディア

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131話 問いかける

 彼らの拠点の北側は特に頑丈な石壁が築かれていた。

 それだけ北側に徘徊する死霊が凶悪なのだろう。

 門の前には大仰な杖を手に持ったファーレンと礼服を身に着けた三人の信徒がいた。


「少ねえな。この人数で死霊共を蹴散らせってのか?」


 マシブは三人の教徒に視線を向ける。

 彼らは大盾と剣を持っており装備は十分だが、技量に関しては実際に戦っているところを見るまでは分からない。


 問題は進行を妨害する死霊の群れを如何にして突破するかということだった。

 二人だけであれば難なく突破できるが、ファーレンがいなければ解呪をすることが出来ない。

 御守をさせられるのは御免だと、マシブは面倒そうに頭を掻いた。


「なに、おぬしらの足手まといになるようなことはせん。邪魔だと思ったならば、何時でも切り捨てるといい」


 そう言いつつ、ファーレンは笑みを絶やさない。

 道案内と解呪という重要な役割を彼らが担っている以上、途中で切り捨てるという選択肢は存在しなかった。


 彼はそれを理解しているからこそ、これほど強気でいられるのだろう。

 あるいは生来の気質なのかもしれない。

 怪しげな宗教を作り上げて大きな権力を手にするほどの男が、たかだか呪いの一つや二つで改心することはない。


 彼の言うルメロ神教の教えすら、邪悪な我欲を肯定するための都合の良い言葉でしかないのかもしれない。


「それでは行くとしよう。今更焦るようなこともないが、呪いから解放されるのであれば早い方がいい」


 ファーレンが杖を掲げると、巨大な鋼鉄製の扉が音を立てて開いた。

 その直後、生を貪らんとする亡者たちが一斉に押し寄せてきた。


「この数を相手にしろってか!?」


 マシブは自棄になりながら剣を構える。

 波のように死霊共が押し寄せてくるのだから、彼の反応は至極当然のものだ。


 対して、アインは至って冷静だった。

 いつも通り殺せばいいだけのこと。

 怨嗟の声を聞いたところで哀れみを抱くほど甘くはない。


 アインは竜槍『魔穿』を突き出すように構え、詠唱する。


「――此の地に災厄を齎せラージェ・ヴルカーン


 穂先から紅蓮の炎が噴き出す。

 塵芥さえ残すことを許さぬ灼熱の波。

 押し寄せる死霊の群れは跡形も無く焼き尽くされた。


 しかし――。


「……数が多い」


 未だ炎が揺らめく中から、再び死霊の群れが押し寄せてきていた。

 一体どれだけの数が待ち構えていたのだろうか。

 これでは前進することは叶わないだろう。


 だが、このまま立ち止まっているわけにもいかない。

 門は開け放たれたままなのだ。


「進むしかねえッ!」


 マシブが威勢良く飛び出す。

 彼の剛腕が振るわれる度、周囲の死霊が吹き飛ばされていく。


 後に続くようにファーレンたちも前へ出ていく。

 彼らもただ守られているつもりはないらしい。

 信徒たちが周囲の死霊を抑え込んでいる内にファーレンが魔術を構築していく。


「――神の祝福あれシュルト・ルメロ


 眩い光が周囲を照らす。

 死霊を焼き尽くす浄化の光。

 それを浴びた死霊たちは瞬く間に地に沈んでいく。


――存外に出来る。


 まさかファーレンがあれほどの魔術師だとは思っていなかった。

 彼ほどの腕前があれば、外界では引く手数多だろう。

 さらに治癒魔法も行使できるのだから戦力としては一級品だ。


 アインが感心したように視線を向けると、彼は機嫌良さそうにからからと嗤う。


「さあ、門を閉じよ!」


 ファーレンが合図を送ると、内側で待機している信徒たちが門を閉じる。

 これで拠点が襲撃されることはないだろう。

 あとは押し寄せる死霊の群れを蹴散らして進むのみだ。


 マシブは一気に死霊の群れに飛び込んでいき、力任せに大剣を振り回す。

 その苛烈な剣戟によって次々と数を減らしていく。

 だが、それを上回る速さで死霊が押し寄せてきていた。


「チィッ、キリがねえ!」


 体力的にも余裕はあったが、これではいつまで経っても前に進むことが出来ない。

 焦れたマシブが『灼化』を使おうとするが、その前に強大な魔力の動きを察知して後方へと下がる。


 アインは右手を前へ突き出し――命ずる。


「――這い蹲って」


 押し寄せる死霊が、まるで貴族の馬車が道を通る時のように首を垂れて跪く。

 否、強制されているのだ。

 アインの行使する重力魔法によって、彼らは碌に身動きを取ることが出来ない。


 跪くだけでは耐え切れず、遂に全ての死霊が這い蹲る。

 その光景は死霊を統べる王のようで、さすがのファーレンも息を呑む。


 その冷徹な瞳。

 武骨な義手。

 そして、圧倒的な存在感を放つ槍。


 まさに王と仰ぐに相応しい、それどころか神と称えても良いのではないか。

 目の前の少女には、彼を平伏させるほどの風格が備わっていた。


 アインが魔力を増大させていくと、耐え切れなくなった死霊たちが次々と押し潰されていく。

 大地が軋むほどの重力を受けて、視界に映る限りの死霊は全て等しく死を迎える。


「ファーレン」

「……なんだね?」

「あなたのところの宗教では、死後はどうなるの?」


 唐突な問いに、ファーレンは意外そうな表情で返答する。


「万物の肯定。その者が死した時、かの神は優しく抱擁して耳元でこう囁く――"良い人生だった"とな」

「……そう」


 あまりにも都合の良い話だ。

 だが、それ故に数多くの信徒を獲得できたのだろう。

 馬鹿らしいと一笑に伏せるような話ではない。


「私が奪った魂には天国も無ければ来世も無い。ただ私の糧として消化されるだけ」


 救いの無い話だった。

 だが、それを理解していてもアインは止まることが出来ない。

 自身の死を回避するには多くの命を喰らう必要があるからだ。


 強大な魂を得るだけでは強くなれない。

 赤竜の王のように、未だに消化しきれない魂もあるのだ。

 この全てを糧とするには、今のアインには力が足りていない。


「この末路について、あなたはどう思う?」

「さてな。だが、我が主は変わらず肯定をすることだろう」


 ファーレンは自身の答えを呑み込んで、そう返答する。

 正直な感情を表に出すわけにはいかなかった。

 聖者の行使する魔法に秀でている彼だからこそ、今のアインがどれだけ悍ましい存在であるか理解できているからだ。


 マシブも常人からすれば危険な人物かもしれない。

 彼は目的のためならば他者を殺めることも厭わない残忍な性格の持ち主だ。

 だが、ファーレンはそれとは異なった、もっと心の奥底に響いてくるような恐怖をアインに対して抱いていた。


 周囲の死霊を片付け終わったことで前に進む余裕が出来た。

 しばらくすれば再び死霊が押し寄せてくるだろうが、その頃にはもっと奥深くにまで進んでいることだろう。

 周囲を警戒しつつ、メルディアの奥地へと進んでいく。

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