128話 実態を知る
ルメロ神教の拠点はメルディアの南部に位置している。
ここから北上することが目的だったが、ファーレン曰くこの先には強力な死霊が徘徊しているとのことだった。
「我々も幾度となく突破を試みたが、その度に数が減ってしまった。おかげで拠点もこのザマだ」
そう言って、ファーレンは窓から外を覗く。
以前は石壁の中にどれだけの人数がいたのか、二人には分からなかった。
長年この地に囚われ続けたルメロ神教。
彼らは年を取ることも出来ず、ただ死の恐怖に怯え続けていただけではない。
生きる糧を得るために周囲を探索し、時には解呪を目標にメルディアの地を調べ回ることもあった。
初めは死霊で溢れた街の中でも跳ね除けるほどの力を持っていたのだ。
周囲の小さな集団を次々と取り込んでいき、戦力に事欠かなかった。
だが、彼らは次第に衰えていった。
戦力には限りがある中で、死霊の数は無限とも思えるほど。
長きに渡る戦いで疲れ果てた者は、時に自害し、時に狂って何処かへと行ってしまった。
今では拠点の付近を探索することが精一杯になってしまった。
とても解呪にまで手が回る状況ではない。
そんな中でアインとマシブが訪れたことは、彼らにとって最後の機会なのかもしれない。
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
「用心棒を務めてもらいたい。そうすれば、これまで行けなかった深部にまで向かうことが出来る」
どれだけ情報を集めたところで拠点の付近を探索するだけでは意味がない。
二人の協力があれば、これまで探索を断念していたような危険な場所にも入れるようになるだろう。
「すぐにでも探索に向かいたいところだが今日は外が騒がしい。翌日になるまでは身を休めるといい」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
マシブが身を翻して歩き出そうとするが、アインがそれを引き留める。
そして、ファーレンに対して問う。
「これまで集めた資料はどこにあるの?」
「……二階に蔵書庫がある。必要があれば好きに使うといい」
ファーレンは渋い表情だった。
情報を安易に渡すことを好ましく思っていないのだろう。
だが、ここで断った方が不自然であるため頷かざるを得ない。
二人はファーレンの言う通り二階へと向かおうとして、立ち止まる。
耳を澄まさなければ聞き取れないような小さな叫び声。
それが、この拠点のどこかから聞こえてきた。
「気は進まねえが、見ておくか」
マシブはため息を吐く。
おおよそ見当は付いていたが、その実態を正確に把握しておくべきだろう。
でなければ彼らと協力するにあたって支障が出るかもしれない、
音を辿っていった先には地下へと続く階段があった。
叫び声はその奥から聞こえてきている。
二人はファーレンに許可を仰ぐまでもなく先へ進んでいく。
階段を下りていく最中、二人は嫌な臭いを感じて顔をしかめた。
その原因となっているものが予想よりも酷く、マシブは呆れたように肩を竦めた。
「こんな状況でよく考えられるもんだぜ。拷問かと思ったが、こいつはもっと質が悪い」
何人もの少女が全裸で磔にされて並べられていた。
その体には無数の傷痕があり、強引に連れて来られたのだと分かる。
奴隷よりもさらに酷い扱いだろう。
労働外では多少なりと人らしい活動を許されている彼らと違って、ここに並べられている少女たちは物同然の扱いをされている。
ルメロ神教は少なくとも高潔な教義を掲げた宗教でないことは確かだった。
並べられている少女の中に見覚えのある顔を見つける。
それは、メルディアの地を訪れた初日に襲撃してきた少女だった。
捕まったばかりなだけあって瞳に生気が残っていたが、それもじきに消え失せるのだろう。
「奴らの趣味に口を出す気はねえが……」
さすがのマシブも、この光景に吐き気を催していた。
呪いによって年を取ることが出来ないのだから、見方を変えればいつまでも愛玩奴隷として利用できるということだ。
楽にするべきかとも考えたが、ルメロ神教にわざわざ害を成す必要もない。
何十年もこの街に囚われ続けている彼らのことを考えれば、こういった方面で欲求を発散する必要もあるのだろう。
逆に言えば、ルメロ神教の信徒たちはこのおかげで正気を保っていられるのかもしれない。
あるいは既に狂っているのだろうか。
「身を守るだけの力が無かった。だから、彼女たちはこうなった」
黒鎖魔紋の有無に関わらず、この世界で生き抜くには力が必要だ。
それは命のやり取りを生業とする者に限った話ではない。
ただの村娘であっても盗賊や魔物の危険に晒されることがあるのだから。
アインは何となしに考える。
彼女たちが命を落とした時、自分のように黒鎖魔紋を発現させるだろうかと。
それとも自分だけが相応しい資格を持っていて、彼女たちには資格が無かっただけなのだろうか。
興味を失ったように視線を外し、アインは階段を上がり始めた。
マシブも気に病むだけ無駄だと思い後を追う。
蔵書庫には壁一面に本棚が並べられており、全てを読むには長い時間がかかりそうだった。
二人に必要な情報は限られているため、膨大な蔵書の中から当てはまるものを探していく。
幾つかの本を読み終えると、マシブは疲れたように伸びをした。
「あー、駄目だ。小難しい事ばっかり書いてやがる」
元より冒険者として活動していた彼にとって、こうした本を読むという機会はほとんどなかった。
最低限の読み書きは出来るのだが、こういった資料を読み漁れるほど学問が得意というわけではない。
ちょうど読み終えたらしいアインが本を置く。
そして次の本を探そうと思っていた時、一つの薄汚れた本を見つける。
「これは……」
表題に"リトラに捧ぐ"と書いてある、一つの手記。
そこに何か惹かれるものを感じて手に取った。
少し頁を捲っていき、アインは息を呑む。
「マシブ、これを見て」
「ん、なんだこりゃ。誰かの手記みてえだが……」
二人は手記を辿っていく。
そこに書かれている内容は、二人にとっても重要なものだった。




