124話 情報収集
魔法で暖炉に火を灯し、保存されていた干し肉を串に刺して炙る。
表面に焼き色が付いて脂がじゅわりと染み出してくると、アインは串から外してパンの上に乗せた。
続いてチーズを炙っていく。
とろりと零れ落ちそうなほどに柔らかくなったら、それをナイフでこそぎ取る様にしてパンにかけた。
炙った肉とチーズの香ばしい匂いが鼻腔を擽る。
アインは一つ目が完成すると、地下拠点に残されていた書類に目を通していたマシブに渡す。
「何か分かった?」
「ああ、色々とな。どうやらこの地の呪いってやつは人為的に起こされたみたいだぜ」
マシブは書類をテーブルに放ると、アインからパンを受け取って頬張る。
しばらくは干し肉を齧るだけの生活が続いていたため、パンとチーズが増えるだけでも随分と満足感が違った。
「地図を見た限りだと結構な範囲なんだが……この規模の呪いをかけられるってんなら、馬鹿げた才能の持ち主がいたんだろうよ」
「一人で出来るような業には思えないけれど」
「だろうな。俺は呪術の類には理解がねえけどよ、なんか儀式でもやって力を集めたりとかも出来るんじゃねえか?」
二人は呪術師ではないため、この地に如何にして災いを齎したのかは想像も付かなかった。
だが、一つ言えることは強烈な悪意を以て呪いがかけられたということだろう。
アインは自分の分のパンを用意しながら先ほどのことを話す。
「さっき片付けた襲撃者の死体が魔物化した。外にいる奴らも、元はここに住んでいた人たちかもしれない」
「随分と質の悪い呪いだな。よほどこの場所が憎かったんだろうが……また襲撃に遭った時は、動かねえように死体の処理もしねえとな」
マシブはパンを口の中に放り込み、酒を一気に飲み干す。
大陸史に詳しくはない二人でも異常な事態であることは理解できた。
「まあ、その辺りには興味はねえが。気にするべきはこっちだろうよ」
そう言って、マシブは地下拠点に置かれていた地図を広げる。
そこには幾つもの印がつけられていたが、特に目立つのは"ルメロ神教"という名の付いた地帯だった。
「この拠点から北上するには、どうやってもこの"ルメロ神教"ってやつらの縄張りを通らないといけねえ。どれだけの勢力なのかは知らねえが、少なくともここの拠点にいた奴らは避けていたみたいだぜ」
「ルメロ神教……?」
その名に覚えはないが、この呪われた地で未だに存続している宗教集団がいることに違和感を抱いた。
こうなってしまったからこそ神に縋っているのかもしれないが、地図を見た限りでは、その勢力図は異常に大きかった。
「この地に何があったのかは知らねえが……この地が黒く塗り潰されたのは何十年も前のことだ。こんな死霊共の巣に住み続けてるってのは、何か事情でもあるのかもな」
呪いによって外界へ出られなくなるというのはよくある話だった。
マシブが冒険者として活動していた時も、そういった類の呪いには細心の注意を払って行動していた。
まさかこれだけの人数を閉じ込められるような呪いは存在しないだろうと思っていたが、メルディアの様子を見ると否定できないのも事実だった。
「ルメロ神教に接触するのもいいかもしれない」
「マジかよ。構わねえけど、話が通じる連中か分からねえぜ?」
「手掛かり無く探すよりはずっといい。それに、協力が得られないなら彼らの拠点を奪うだけだから」
もし彼らが手を貸すというならば、目当ての少女をすぐに見つけ出せるかもしれない。
二人だけで探すにはあまりにも手掛かりが無いのだ。
この拠点にも色々な情報が残されていたが、直接繋がるようなものまでは残されていなかった。
「それと、こっちに関しては有益な情報があったぜ。例のアイツかもしれねえ」
マシブは一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。
そこに書かれていた内容は、アインにとって少女と並ぶほどに重要な情報だった。
『此の地は我が手によって堕ちた。次は世界が堕ちることになるだろう』
それが意味するところは深く考えずとも理解できた。
このメモ書きはメルディアに災いを齎した者によって書かれたものであり、そして次なる目的も記されている。
世界に災いを齎そうとしている者といえば、すぐに浮かぶ人物がいた。
「教団の連中が言ってた"あのお方"って奴だろうよ。どれだけ長い間生きてんのかは知らねえが、きっとくたばる寸前の爺なんじゃねえか?」
マシブはけらけらと嗤う。
この地に呪いが齎されたのは何十年と前のことだ。
これほどの呪術を扱える者が、それから何十年と生きているのであれば、その齢は三桁に届くかもしれない。
無論、その推察が正しいとも限らない。
しかし、いずれ教団を潰すのであれば有益な情報であるのは確かだった。
となれば、ルメロ神教に接触するのは悪い手ではないだろう。
この地に関する情報が得られれば、教団と相対する時に役立つはずだ。
少女の捜索と教団の情報を収集すること。
それを同時に行うのが今回の目的となるだろう。
アインは火竜の酒を呷り、ほうと息を吐く。
しばらくぶりの味に満足しつつ、先ほどマシブが倉庫から見つけ出してきた武具を手に取る。
投擲用のナイフや煙幕などは使い勝手も良いだろうと懐に仕舞い、他にも何か目ぼしいものが無いか探す。
「これは……」
目に付いたのは投擲用の槍だった。
ただの槍ではなく、槍の先端には刺さった時に刃が開いて抜けなくなるように変形する仕掛けがあった。
持ち手側には鎖が付いており、見たところ狩猟などに使われるもののようだった。
こういった物も使いどころがあるかもしれない。
持ち運ぶには不便だが黒鎖魔紋の力で再現することは容易だろう。
新たな可能性に気付き、アインは笑みを浮かべた。




