表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
七章 死都メルディア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

123/170

123話 強奪

 射手の少女は焦っていた。

 まさか奇襲がここまで呆気なく退けられてしまうとは思っていなかった。

 だが、現実として彼女の仲間は返り討ちに遭い無残な死を遂げた。


 この呪われた地で生き延びてきただけあって、彼女たちは外界の基準ではかなりの実力を誇っていた。

 見た目は年端もいかぬ子供のそれだが不相応なほどに場数を踏んできている。

 だが、弱者のみを狙ってきたせいで敗北の味を知らなかった。


 少女は周囲を警戒してから地下へと続く通路の蓋を開ける。

 それは彼女たちがこの街で身を潜めるための穴倉であり、得た戦利品をしまう倉庫でもある。

 たとえ命を落としたとしても、この場所だけは決して知られないように。

 彼女たちを統率する者から厳命されていた。


 しかし、今回は相手が悪かった。

 人目を忍んで旅を続ける二人組の冒険者。

 幾多の死線を潜り抜け、数多の命を奪ってきた戦士だ。


 奪ってきた命は魔物だけではない。

 行く手を阻むならば、相手が戦う力を持たなくとも容赦なく殺めてきた。

 そんな二人からすれば獲物がわざわざ巣を教えに来ただけでしかない。


 少女は梯子を下りると通路を進んでいき、奥にある扉を開いた。

 後を付けられていたとは露知らず、少女は穴倉に屯する仲間たちに声をかける。


「助けて! エドとユーリが殺されちゃったの!」


 その言葉を聞いて、一人の男が少女に歩み寄る。

 禿げ上がった頭をした褐色の青年で、その肉体は鋼の如く鍛え上げられている。

 彼は猛禽類のような眼を動かして尋ねる。


「それは本当か? あの二人がやられるとは……信じられんな」

「本当なんです! ただの冒険者かと思ったら、まさかあんなに強かったなんて」


 男は驚いた様子だったが、冷静に今すべきことを考える。

 返り討ちに遭ったとして少女だけが生きているのは不自然だ。


「ルシュカ。俺は二つの可能性を考えている。なんだか分かるか?」

「えっと、なんでしょう……」

「一つは君が裏切った可能性だ。あるいは、元からだったと考えてもいい。君が我々と行動するようになったのはつい最近のことだろう」

「そんな!?」


 まさか自分が疑われるとは思わず、少女――ルシュカは慌てて否定する。

 だが、男は慎重に思考を進めていく。


「近辺ではルメロ神教が幅を利かせている。我々のような野良は放っておくわけにもいかないだろう。それに、君一人が生き残っているというのも不自然だ」

「確かに、そうだけど……」


 自らの潔白を証明できるほどルシュカは聡明ではなかった。

 だが、その様子から男は裏切ったわけではないことを察していた。


「もう一つの可能性だが――」


 言い切る前に入口の扉が派手に蹴破られる。

 視線を向ければ、黒い外套を纏った二人組が侵入してきていた。


 一人は平凡な少女だ。

 その背丈は並のもので、佇まいにも熟練した武の心得は感じられない。

 だが、外套のフードから覗いた眼を見た時、凍えるような悍ましさを感じた。


 もう一人は巨躯の男だ。

 一本でも扱いに困りそうな大剣を二振りも背負っている。

 鍛え上げられた屈強な肉体と殺気に満ちた目を見れば、彼が多くの命を奪ってきたことは容易に窺えた。


「不味い奴らを連れてきやがって……」


 予想していたよりもずっと厄介な来客に、男はどうしたものかと頭を悩ませる。

 少なくとも、無事でこの場から逃げられることはないだろう。


(……アレは愉しんで人を殺す部類だ。物資を提供したところで逃がしてもらえるとは思えん)


 かといって、黙って殺される気もない。

 男は二人組の様子を窺いつつ、両手を頭の後ろに回して戦意が無いことを主張する。


「うちのガキ共が襲撃したことは詫びる。物資でも何でも必要なものを全て持って行っていい。だから、見逃してもらえないか?」

「別に怒っているわけじゃない。必要なものを貰っていいなら、それで手を打つのも構わない」

「ありがたい。倉庫には結構物が詰まってるから案内させてくれ。ああそうだ、俺はライカンって――」


 彼の言葉はそこで途絶えた。

 その額には深々と槍が突き立てられている。


「これも必要なものだから」


 アインは槍を引き抜くと周囲を見回す。

 相手が先に仕掛けてきたのだから遠慮をする必要はないだろう。

 それに"必要なものを全て持って行っていい"とまで言われたのだから、目の前の馳走を残す道理など無い。


 地下拠点の掃討は大して時間がかからなかった。

 アインからすれば、この程度の相手は倒し飽きているくらいだ。

 だが、有象無象でも多少は足しになるだろう。


「襲う相手を間違えたな。地獄で後悔することさえ出来ねえってのは、ちょっとばかし同情するが」


 文字通り、魂を喰らうことで糧とするのだ。

 その先には天国も地獄も無く、ただ消滅という末路のみが待っている。

 彼らの魂は無へと帰するのだ。


「マシブは倉庫から使えそうなものを纏めておいて。私は死体を片付けるから」

「あいよ」


 マシブが奥の倉庫へと入っていくと、アインも死体の片づけを始める。

 さすがに放置したまま拠点を使うのは彼女であっても気になってしまう。


 死体を部屋の隅に纏めて魔法を放とうとするが、ふと違和感に気付く。


「この気配は……」


 後方を振り返ると入口の扉が開いていた。

 まさか生き残りがいたのだろうか。

 二人でも気付けないほど身を隠すことに長けていたのか、あるいは取るに足らない小物なのか。


 一人くらいならば気に留める必要もないだろう。

 アインは視線を戻そうとして――咄嗟に飛び退く。


「――ッ!?」


 部屋の隅に集めていた死体がアインに飛び掛かってきていた。

 彼らは死霊となって蘇ったのだ。

 それ自体は大した脅威ではないため、そのまま魔法を放って焼却する。


 さすがに塵芥になってまで襲い掛かってくることはないだろう。

 アインは疲れたように息を吐き出し、ソファーに腰かけた。


 死体の数から、地下拠点には十人ほど住んでいた。

 これだけの人数がいたのだから、アインとマシブがしばらく滞在するには十分すぎるほどの食糧があるだろう。

 後で食糧庫の方も覗いてみようかと考えていると、マシブが倉庫から出てきた。


「どうだった?」

「へへ、この通りだぜ」


 マシブはテーブルに様々な武具を並べて見せる。

 中には希少な魔道具などもあり、使い方次第では役立ちそうなものも含まれていた。


「連中、どうやらここらを通りがかった冒険者を片っ端から襲っていたみてえだ。せっかくだし、使えるもんは活用させてもらおうぜ」


 最後に地図を広げる。

 どうやら地下拠点と周囲の目に付く場所に印をつけてあるようで、これから死都を探索するには役立ちそうだった。

 だが地図自体は浅部までしか記されておらず、奥に進むなら書き加えながら進む必要があるようだった。


「さすがに地図無しで死霊共の巣窟を突っ切るわけにもいかねえしな。時間は掛かるかもしれねえが、着実に行こうぜ」


 その提案にアインは頷く。

 いざとなれば黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカでどうにでもなるだろうが、ここしばらく災禍の日が来ていないため、あまり消耗したくないというのが本音だった。

 現状でも重力魔法があるため徘徊する死霊に後れを取ることはない。

 だが、死はいつ訪れるか分からないのだから最大限の警戒を以て進むべきだろう。


「けどよ、その変な力を持った少女ってのはどうやって探すんだ? さすがにここらを隈なく探すのは骨が折れそうだ」

「近くにいれば気配を感じ取れるはず。きっとマシブでもわかる」

「ならいいんだが……まあ、なるようになるか」


 実際に遭遇したアインだからこそ少女の異常な性質を感じ取れる。

 エルフ族の里を訪れる前に邂逅した『第一翼』オルティアナと同等か、あるいはそれ以上の存在だろうと推測していた。


「それじゃあメシにしようぜ。アインの好きそうなもんがあったからよ、きっと満足できるはずだ」


 マシブは干し肉やチーズを倉庫から持ってきてテーブルに並べる。

 そして最後に一本の瓶を置いた。


「結構奥の方に仕舞ってあったから、きっとここにいた奴らの秘蔵の酒だろうな。探索に支障が出ない程度なら飲んで構わないぜ」


 それは火竜の酒だった。

 久しく口にしていなかった愛しの酒を見て、アインは思わず頬を緩めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最近は変な情を相手にかける主人公が蔓延ってますが、自分の目的のためにしっかりヤルのは凄い好感が持てる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ