122話 呪われた地
かつて、その地には強大な力を持った国があった。
通りには多くの人々が行き交い、旅人が寄り付き、商人が声を上げていた。
絢爛豪華な王城では、誰もが国の繁栄を疑わずにいた。
だが、そんな輝きは遥か昔のこと。
その地は呪われていた。
空は常闇に閉ざされ、光は何十年と失われている。
通りの喧騒さえ消え去って、街は徘徊する死霊によって埋め尽くされた。
誰も彼もが死に絶えて、生者の気配をほとんど感じさせない。
僅かに生き残った者たちも呪いによって外界へ逃れることは出来ず、ただ彷徨い続けるのみ。
そして遂に、時の流れさえも彼らを見放した。
その地は旅人たちからこう呼ばれていた。
――死都メルディア。
常人であれば近付くことを躊躇うであろう場所。
そこに、深々と外套のフードを被った二人組が訪れた。
その足音に、息遣いに。
生者の気配を敏感に感じ取った死霊や獣共が、物陰から襲撃の気を窺っていた。
「こいつは酷えな。出来るなら早々に退散したいところだが……」
げんなりした様子でマシブが呟く。
日が当たっていないせいかじめじめとして黴臭く、さらに至る所から腐臭が漂ってきていた。
とてもだが長く留まっていたいとは思えなかった。
しかし、アインは微かな力の残滓を感じ取る。
「……ここで間違いないと思う」
「マジかよ」
あの夜、ガルディアの地で見た異様な少女。
その力と同質なものが、確かにこの地で振るわれた形跡があった。
この呪われた地を少女は訪れているのだ。
幸いなことにメルディアには手配書の影響も無い。
人目を忍んで移動する必要がないというのは、アインにとっては外界よりも気が楽だった。
「かぁーっ、しばらくは旨いメシが食えそうにねえな」
マシブは肩を落とすが、この場所に目当ての少女がいるのであれば仕方がない。
周囲を警戒しつつ、一先ずは拠点に出来そうな場所を探す。
元の街並みは美しいものだったのだろう。
通りには石造りの家が並んでいたが、今では廃墟同然の状態である。
時折見かける無事な家は獣の寝床となっているばかりだった。
一体どれだけの命が失われたのだろうか。
骸骨の騎士や徘徊する屍、その数は洞窟などに潜った時よりも遥かに多い。
メルディアの住人が死霊となったのであれば、さすがに全てを相手にすることは難しい。
休息を取るためにも拠点となる場所を探さなければならない。
だが、至る所に死霊が徘徊しており、身を潜めるのに適した場所はなかなか見つからずにいた。
「……マシブ」
「ああ」
一言だけ交わし、敵襲に備える。
この地で二人を狙う者は死者だけではない。
微かな風音。
アインはそれを聞き逃さず、義手で後頭部を庇う。
直後、甲高い音と共に矢が弾かれた。
それを見た襲撃者が思わず声を漏らす。
まさか奇襲を防がれるとは思っていなかったのだろう。
素早く次の矢を番えようとするが、動揺からか手元がもたついてしまう。
その隙を見逃すはずもなく、アインが声の聞こえてきた方向へと駆け出す。
遅れて襲撃者が矢を撃ち出すも、焦りのせいか狙いが逸れてアインの脇を抜けていった。
「ちぃッ!」
そのまま物陰に潜む射手を仕留めようとするが、それを阻むように何者かが飛び出してきた。
勇ましく剣を構えていたが背丈はアインよりも随分低い。
それだけ見ると子どものように見えたが、身のこなしは確かに熟練の戦士のものだった。
素早く振るわれた剣を這うように躱すと、背後に回って義手で掴み上げた。
「くそ、放せッ!」
体を軽々と持ち上げられ、剣士が必死にもがく。
その声も少年のものだったため、アインは気配との差に疑問を抱いた。
しかし、襲撃者が少年であろうとやることは変わらない。
彼らは殺意を持って襲い掛かってきたのだ。
当然、逆に殺されたとしても恨まれる筋合いはないだろう。
射手が慌てて物陰から飛び出してくるが、怯えているのか酷く震えていた。
アインとあまり変わらない年の少女のようだった。
なぜ死霊の巣窟となったこの場所にいるのかが理解できなかった。
いずれにしても、あれだけ震えていては何も出来ないだろう。
アインは興味を失ったように視線を外すと、剣士の少年を力任せに地面に叩き付ける。
情けない音を出して剣士の少年の体がひしゃげ、少しして動かなくなった。
あまりに惨い死に様だった。
脳髄の飛び出た亡骸を見て、射手の少女は悲鳴を上げて逃げ出す。
アインはその背を追うことなく見送る。
「仕留めねえのか?」
少女を見逃したことが意外だったようで、マシブが首を傾げる。
アインの性格からしても、魂を喰らうにしても、逃がすという選択肢は考えられなかったからだ。
しかし、アインは首を振る。
「この辺りに暮らしているなら拠点があるはず」
「そいつを奪っちまうってことか。食糧にも困らねえだろうし、悪くねえな」
マシブはなるほどと納得する。
仕掛けてきたのは相手が先なのだから良心も痛まないだろう。
二人は気配を消しつつ少女の逃げて行った方へと向かう。




