12話 魔導技師
翌朝になると、アインはマシブに連れられて鍛冶屋に向かう。
ラースホーンウルフの角と毛皮を袋に詰めて、宿を出ようとすると、エレノラから声がかかった。
「あら、アインちゃん。お出かけ?」
「うん。昨日取れた素材を武具に加工してもらおうと思って」
「それはいいわね! せっかくだし、可愛い服を仕立ててもらわないとね」
「そ、そうだね。あはは……」
アインは武具としての性能しか考えていなかったため、見た目に関するこだわりは全く持っていなかった。
冒険者としての考え方が身についているのだろう。エレノラに言われるまで、全くそのことが考え付かなかった。
年頃の少女としてどうなのかと、アインは苦笑する。
しかし、マシブは首を振る。
「なに言ってんだ! 可愛い服なんかよりカッコいい服の方がいいに決まってるぜ! じゃねえと、いつまでたっても村娘にしか見えねえぞ?」
「悪人面には言われたくない」
「てめっ、言ったな! 結構気にしてんだよ!」
寝起きでも騒がしいマシブに、アインはため息を吐いた。
良い鍛冶師を紹介してもらえるのだからと、アインはそのくらいで抑える。
アインはラースホーンウルフの素材がどんな武具に変わるのか想像する。
漆黒の角は上手く加工して一本の槍に。
毛皮はふわふわして手触りが良いため、コートにしたら可愛いかもしれない。
そんなことを考えながら、アインは宿を出た。
改めて見てみると、やはりシュミットの街というだけあってそこら中に武具を扱っている店があった。
店は大抵ドワーフの鍛冶職人で、人間の鍛冶職人がいてもほんの僅かだった。
中には剣や槍のような金属製の武器だけでなく、杖や魔導書なども扱っている店があった。
そういった店にある剣や槍は、色々な模様が刻まれている。
「お、アイン。魔道具に興味があるのか?」
「あれ、魔道具っていうの?」
「そうだぜ。武器や防具に魔紋を刻むことによって特殊な力を付与してんだ」
「へえ……」
アインは店に並んでいる魔道具を眺める。
だが、いずれも値が張るものばかりで、今のアインが買うにはかなり厳しい額だった。
「いいよなあ、魔道具。俺もああいうのを手に入れて暴れまくってみたいもんだ」
「そういえばマシブって背中に大きい斧を背負ってるよね。それで戦うのって大変じゃない?」
「戦いやすいとか戦いづらいとか、そんなんじゃねえ。俺のコイツは、ロマンなんだよ」
渾身の決め顔をしながら、マシブが立ち止まって視線を送る。
しかしアインは見向きもせず、魔道具を眺めていた。
「かぁーっ、お前には男のロマンってもんがわかんねえのかよ」
「ロマンよりも現実だよね。やっぱり武具は、戦うことだけを考えないと」
アインは頭の中で描いていた可愛い武具像を捨てる。
必要なのは生き抜くための力。であれば、やはり実用性重視で考えるしかない。
さすがに奇抜な見た目の武具は使いたくないが、武骨な見た目の装備であれば問題ないと考えていた。
しばらく歩いて、二人は目的地にたどり着く。
「ここだぜ!」
マシブが指さす先には、怪しげな雰囲気の建物があった。
武具を扱っている店にはとても見えない、どちらかいうと杖や魔導書の類を扱っている店のように見えた。
恐る恐る中に入ってみると、やはりそこには杖や魔導書が並んでいた。
毛皮の方はともかく、槍を加工するような鍜治場があるようには見えなかった。
「ねえ、本当にここなの?」
「まあ見てろって」
不安そうなアインに、マシブがニヤリと笑って見せる。
二人の会話が聞こえたのか、店の奥から一人の男が姿を見せた。
「おや、マシブが女性を連れているなんて珍しい。近々、地竜の群れでも攻めてくるんじゃないだろうか?」
「うっせ、そんなんじゃねえっての!」
現れた男性の姿に、アインは思わず固まってしまう。
なぜなら、店主がエルフだったからだ。
理知的な瞳。白い肌。サラサラの金髪。そして、尖った耳。
噂に違わぬエルフの姿。店主はエルフの中でも多少年を取っているらしく、人間で言うと四十歳ほどに見えた。
それでも深みのある美貌を讃えているあたり、エルフと人間は違うのだとアインは実感した。
「こいつが武具を仕立ててほしいっていうから、ここを紹介したんだ」
「このお嬢さんが? 見たところ、ただの村娘のようだが」
「一応冒険者なんだよ、こいつ。新米だけどよ」
マシブに紹介され、アインがぺこりとお辞儀する。
「私はアイン。なったばっかりだけど、冒険者です」
「ふむ、アイン君か。私はラドニス・フォン・ヘンゼ。魔導技師をしている」
「魔導技師?」
聞きなれない単語にアインが首を傾げる。
その様子に、ラドニスが笑って答える。
「魔導技師というものは、例えば魔石を加工して杖を作ったり、魔紋を書に記して魔導書を作ったりするのだよ」
「ということは、このお店にあるもの全部ラドニスさんが?」
「もちろんだとも」
誇らしげにラドニスが笑みを見せる。
自分の作り上げたものに誇りを持っているようで、店の商品を興味津々といった様子で眺めているアインを気に入ったようだった。
「それで、お嬢さんが仕立ててほしいっていうのはどれだね?」
「この素材です」
アインは抱えていた袋を差し出す。
ラドニスはそれを受け取ると、袋の中を覗き込んで驚いたように目を見開く。
「……アイン君。この素材はどこで?」
「南にある森で遭遇して、なんとか討伐しました」
「ふむ……」
ラドニスはラースホーンウルフの角と毛皮を手に取る。
獣の血の臭いが微かに残っていた。
じっと眺め、やがて静かに息を吐いた。
「どうやら相違無いらしい。まさかまだ若い女の子が、このような魔物を倒してしまうとは」
「見ただけでわかるんですか?」
「ああ、私は素材と対話が出来るからね」
「素材と対話……ですか?」
アインは再び首を傾げる。
魔導技師というものは何か特殊な能力を持っているのだろうか。
そんなことを考えていたが、ラドニスは首を振る。
「はっはっは、そう大したことじゃないさ。我々エルフは森の民とも呼ばれているだろう? 同じく森に住まう獣と、特殊な方法を用いて意思疎通することが出来るのだよ」
もっとも、素材に関してはわずかな残滓から読み取るくらいしかできないが、とラドニスは笑う。
「それにしても、ラースホーンウルフの残滓は……ふむ」
「どうかしたんですか?」
「いや、君の戦い方が見た目にそぐわない過激なものだったから、驚いてしまっただけだ」
そう言われてもアインはピンと来ていないらしく、首を傾げるのみだった。
ラドニスも、目の前の平凡な村娘が、あの凶暴な戦い方をする少女と同一人物だとはとても思えなかった。
「この素材を仕立てるとするならば、一週間は欲しいところだ。予算は如何程かね?」
「今の手持ちはこれくらいです」
アインは銀貨五十五枚を見せる。
並の装備を一式揃えられる程度の額だったが、ラドニスは首を振る。
「ふむ……これだと、さすがに私の技術を買うには足りないな」
「そう、ですか……」
アインはがっくりと肩を落とす。
店に並んでいる魔道具を作った彼ならば、良いものを作ってくれるだろうと期待していたのだ。
落ち込むアインだったが、ラドニスは「ただ……」と付け加える。
「少しばかり試してみたい魔紋があるのだよ。しかし、それを試すには上等な素材が必要でね。試作段階の魔紋を組み込んでいいのならば、銀貨五十枚で引き受けよう」
「いいんですか!」
「もちろんだとも」
優しく頷くラドニスを見て、アインは両手を上げて喜ぶ。
すると、マシブがうらやましそうにラドニスに視線を向ける。
「な、なあ。俺にも魔道具を……」
「上等な素材を持ってこれたら、考えてやろう」
「そんなあ……」
ラドニスが満足できるほどの素材を手に入れる自信がなかったため、マシブはがっくりと肩を落とす。
「では、一週間後に取りに来てくれたまえ。最高の武具を仕立てて見せよう」
自身に満ち溢れたラドニスの表情に、アインの期待が高まった。