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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
六章 エルフ族の里

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117話 意地(2)

 マシブの渾身の一振りによって茨の軌道は僅かに逸れ――大地を揺るがすほどの衝撃を齎す。

 辛うじて命拾いをしたが、次も同様に防ぐ自身は無かった。


 そして、何よりも――。


(足が、動かねえ……)


 恐怖ではない。

 彼の精神は、どれだけ絶望的な状況に陥っても折れることのない強靭なものだ。


 致命打は避けられた。

 しかし、マシブの左脚は茨の一撃を受けてまともに動かせなくなっていた。

 あれほどの攻撃を受けて、骨折だけで済んだだけ運が良い方だろう。


 かといって、このままでは死を待つしかない状況だ。

 治癒魔法を使える人間でもいれば違ったかもしれないが、マシブは生粋の剣士である。

 今さら魔術の習得をする暇など無い。


 それ故に、虚勢を張るくらいしか出来なかった。


「おいおい、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカってのはこんなもんか?」

「足を庇いながら言われても、負け犬が吼えているようにしか聞こえませんわね」

「その負け犬を仕留め損なったんだ。てめえはその程度って事だろうよ」


 けらけらと笑うマシブに、カーナが初めて苛立ちを見せる。

 自分が優位に立っていようと、これだけ煽られては我慢ならないだろう。


「癪に障りますわね。やはり、早々に殺してしまいましょうか」

「やってみろってんだ。俺は精々、足掻かせてもらうぜ」


 威勢よく言うが、マシブの心臓は破裂せんばかりに脈打っていた。

 目の前にいる圧倒的強者を前にして、これ以上、自分が成せることはない。

 手札はほとんど切ってしまったのだから。


 再び茨が襲い掛かる。

 片足を負傷した状況では、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによって強化された茨を防ぐことは叶わない。

 転がるようにして避けるが、すぐに次の茨が振り下ろされる。


「くッ――」


 回避も間に合わず、咄嗟に剣を交差させて受け止める。

 だが、マシブの腕力を以てしても、茨を押し返すことは出来ない。


 カーナは楽しむように徐々に力を込めていく。

 その度に、マシブが歯を軋らせて呻く。

 いつまで耐えられるのか、それを試しているかのようだった。


「――がああああああああああッ!」


 魔力を振り絞って茨を押し返す。

 だが、同時に体中の筋肉が悲鳴を上げた。

 強引な身体強化によって、返ってマシブ自身が怪我を負うことになってしまう。


 荒く息を吐き出す。

 腕の感覚もほとんど無くなってきていた。

 強靭な精神のみが辛うじて彼の意識を繋ぎ止めている。


(足りねえ……何もかもが、俺には足りねえ……)


 筋力も、魔力も、知恵も、努力も。

 強者と相対するには全てが不足していた。


 ふらつく体を剣で支えながら、マシブは立ち上がって見せる。

 体中を激痛に苛まれつつも、決して諦めようとはしない。

 これが、彼の意地なのだ。


 まだ体は動く。

 それだけで、戦うには十分すぎる。


「……どうした、俺はまだ戦えるぜ?」


 マシブは笑みを絶やさない。

 土に塗れた頬を拭い、再び剣を構える。


 カーナは不愉快そうに眉を顰める。

 これだけ打ちのめされて、未だに心を折ることが出来ないのだ。

 こういった手合いは、死ぬまで勝利を諦めることは無いだろう。


 今度は決して逃がさない。

 カーナは無数の茨でマシブの体を捕らえると、詠唱する。


「――喰命砲オープスト・カノーネ


 身動きの取れないマシブに漆黒の魔弾が直撃する。

 それが齎すのは、体力と魔力の吸収。

 突如訪れた虚脱感に、マシブの体が揺らぐ。


 そして、無防備なマシブの体に茨の強烈な一撃が叩き込まれた。


「がはッ――」


 立ち上がる余力もなく大地に倒れ伏す。

 もはや打つ手は無い。

 ただ死を待つことしか、今のマシブには出来ないのだ。


 だが、そう容易く死を与えるほどカーナは慈悲深くない。

 挑んだことを後悔させるほどの絶望を味合わせ、最後に死を与えるのだ。


 幾度となく鞭が振り下ろされる。

 その度にマシブは苦痛に呻くが、決して命乞いはしない。

 早く殺してくれと、懇願することもしない。


「いつまでも、癪に障る犬ですわね……」


 カーナが思い切り鞭を振り下ろそうと手を上げた時――その肩に黒い刃が突き刺さった。

 それを見て、マシブは笑みを浮かべる。


「ようやく一本、ってところか……」


 マシブは隠し持っていた指輪を放る。

 それは、邪教徒たちが身に着けていた黒鎖魔晶付きの魔道具だった。

 先日の襲撃の際に改宗しておいたものを、マシブは秘かに身に着けていたのだ。


 肩口から流れる血を見て、カーナが怒りに震える。


「これほどまでに、弱者に虚仮にされたのは初めてですわ」


 ですが、とカーナは続ける。


「もはや貴方には打つ手がない。どれだけ足掻いたところで、死の運命からは逃れられない」


 カーナが鞭を振り上げる。

 何度も何度も叩きつけ、肉が裂け、血飛沫が上がる。

 もはや抵抗する術を持たないマシブに、カーナは残酷なまでに鞭打ち続ける。


(くそ、体が……動かねえ……)


 もはや手足の感覚が無くなってきていた。

 指先に僅かな力さえ入らない。

 どれだけ意志を強く持とうと、それに体が応えないのだ。


(動けよ……なあ、おい……)


 無限とも思える苦痛の中で、何度も体を動かそうと試みる。

 だが、とうに彼の体は動ける状態ではなくなっていた。


 そして遂に、カーナが最後の一撃を下そうと魔力を練り上げる。


「こうまでされても折れない心は立派でしたけれど……結局、それだけのようですわね」


 この一撃を喰らってしまえば、今度こそ死は免れないだろう。

 明確な殺気が込められているのを、朧げな意識の中で感じ取っていた。


「それでは、終わりにしましょう――喰命砲オープスト・カノーネ


 魔弾の放たれる瞬間が、マシブにはゆっくりと見えていた。

 徐々に迫り来る死の瞬間。

 これが、己の最後なのだろう。


 だが、とマシブは思う。

 本当にここで終わってしまっていいのかと。

 己の意地は、この程度で叩き折られてしまう程度のものなのかと。


 それだけはあってはならない。

 こんなところで力尽きるなど到底許容できない。

 これ以上、無様に這い蹲っているわけにはいかないのだ。


(動けよ、おい……)


 微かに、体に力が籠る。

 まだ自分は死んでいないのだ。

 最後の瞬間まで抗ってこそ『凶刃』の異名に相応しい。


 体が動かないのであれば、傷を治してしまえばいい。

 今、この一瞬だけでも戦えればそれでいいのだ。

 シュミットの街を旅立った時に、既に覚悟は決めたのだから。


「動けってんだよおおおおおおおおおおおおおッ!」


 刹那、膨大な魔力が爆ぜた。

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