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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
六章 エルフ族の里

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116話 意地(1)

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者を相手に、常人では太刀打ち出来ない。

 それはこれまでの経験から分かっているはずだった。

 あれだけ悲惨な結果を齎す災禍の日でさえ、彼ら彼女らは嗤って過ごせるような強者なのだから。


 それ故に、悔しくもあった。

 ここで引き下がってしまったならば、自分の存在意義を見失ってしまう。

 マシブは双剣『剛蛇毒牙』を構え、目の前にいる魔女を見据える。


 そう、魔女なのだ。

 エルフ族の里全体を覆い尽くすほどの茨を生み出し、混沌を振りまく茨の魔女。

 彼女を前にして、跪きたくなる衝動を必死に押し堪える。

 肌に強烈な殺気を感じながら、マシブは至って冷静な風を装って問いかける。


「てめえが教団の幹部とやらで間違いねえな?」

「ええ、その通り。わたくしこそ『茨の魔女』カーナ・オルトメシア。無粋な貴方の名前は……聞く価値もないでしょうね」


 その言葉に、マシブは苛立ちを露わにする。

 彼我の差は到底埋めようの無いものだ。

 理解はしていても、その言葉を見逃すというわけにもいかない。


「何を狙ってるのか知らねえが、てめえは俺が殺してやる。そうすれば、万事解決ってな」


 マシブはここで退く気も無ければ、負ける気も無い。

 己の力で以て彼女を殺してやろうと考えていた。


 無論、勝算が無いわけではない。

 格上を相手に戦うことは幾度となくあったが、その度に死力を尽くして乗り越えてきた。

 ただ無謀に喰らい付くだけが取り柄ではない。


「力の差を推し量れないなんて……愚かな男。貴方には品性が不足していますわ」

「興味ねえな。必要なのはこれ・・だけだ」


 マシブは剣を構える。

 死の気配を色濃く感じながらも、決して怯えを見せない。

 それが彼の意地でもあった。


 カーナは愉しそうに顔を歪める。

 彼女の本命はアインだったが、この男を相手にするのも悪くないと考えていた。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持たない者の中では、マシブは確かに強者なのだ。


――それ故に、絶望で染め上げることが堪らない。


「打ち払え――茨の鞭ドルン・パイチェ


 巨大な茨が地面から次々と現れる。

 凄まじい速度で振るわれた茨は、まともに受け止めようとすれば致命傷を負うことになるだろう。


 その場から飛び退くが、茨の攻撃は一度だけではない。

 何度も繰り返し、無数の茨の鞭が振るわれるのだ。

 ミレシアが防戦一方になってしまったのも頷けるだろう。


 しかし、マシブとミレシアには決定的な違いがあった。

 それは得物の差である。


「おらぁッ!」


 剣を一閃。

 魔力も何も込められてはいないが、彼の強靭な肉体から放たれる剣戟はそれだけで脅威となる。

 事実、振り下ろされた茨の鞭を断ち切って見せたのだから。


 そして、マシブは双剣使いだ。

 左右の腕で凄まじい剣戟が繰り出されるのだから、生半可な手合いでは彼を相手に物量で押し切ることは厳しいだろう。

 襲い来る無数の茨が、彼が剣によって薙ぎ払われていく。


 これぞ『凶刃』の異名を持つに相応しい戦い。

 凶悪な魔物を相手にしてきた彼だからこそ、無数の茨に対処することが出来ていた。

 こと戦闘という面においては、彼ほど経験を積んでいる者は早々いないだろう。


 マシブは犬歯を剥き出しに嗤う。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者を相手に戦えているのだ。

 邪神の寵愛など無くとも自分は戦えるのだと、力強く吼える。


 カーナもまた、愉しげに笑みを浮かべる。

 マシブが有象無象ではなかったことに悦びを感じていた。

 彼女の内に秘めた嗜虐心は、強者を嬲ることにこそ愉悦を感じるのだ。

 そういう点において、マシブは彼女にとって極上の獲物と言えるだろう。


「存外に出来る。これほどの手合いと戦えるなんて……わたくし、ゾクゾクしますわ」


 その瞳が熱を帯びる。

 彼女が艶やかな黒い手袋を外すと、手の甲に刻まれた黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカが赤黒く脈動していた。


「それ故に、どうしようもないほどに――壊したくなってしまいます」


 カーナの体から凄まじい魔力が吹き荒れる。

 ここからが本当の戦いなのだろう。

 感じる気配はアインと同等か、あるいは――。


「万象を打ち払う爛れた叡智よ。此の地に今一度、亡びの息吹を――黒蝕の茨グリプス・シュトース・ケッテ


 闇で象られた鞭がカーナの手に握られていた。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの二段階目。

 その中でも、彼女は己という存在をはっきりと認識し、力を自在に操ることが出来る。


 だが、マシブは易々と殺される気はない。

 その内では、むしろ己の手で葬ってやろうとさえ考えていた。


 どれだけ茨を生み出されても、その全てを断ち切ってしまえばいい。

 それを可能にするほどの力を自分は持っている。

 アインの横に並ぶ資格があるのだと、証明するために。


「――灼化」


 己の魔力を変質させ、身体能力を極限まで高める奥義。

 これを発動したならば、彼と力比べで勝てる者はそういないだろう。


 再び無数の茨がマシブに襲い掛かる。

 叩き切ろうと剣を振るうが、今度は切断するには至らない。

 どうにか弾き返し、続く茨は後方に跳躍することで避ける。


 如何にして、カーナの操る無数の茨を潜り抜けるか。

 持久戦になった時、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つカーナの方が魔力量において優位に立てるだろう。

 防戦一方では勝機は無い。


 大地を踏みしめ、一気に間合いを詰めようとして時――違和感に気付く。


「――ッ!?」


 両足を茨が捕らえていた。

 抜け出そうにも、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによって強化された茨はマシブの力を以てしても抜け出せない。


 マシブの眼前で、無数の茨が編み上げられていく。

 まるで目の前に大樹が聳え立っているかのような圧巻の光景。

 その狙いが己に定められているのだから、本人は堪ったものではない。


「チィッ――剛撃ッ!」


 全力を以て、振り下ろされた茨を迎え撃つ。

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