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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
六章 エルフ族の里

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115話 憎悪の翼(2)

 凄まじい速度でアルフレッドが迫る。

 彼の両手に込められた魔力は、一人の人間を相手にするにはあまりに膨大だった。


 彼は機動力を活かして戦うのだろう。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによって強化された身体能力に加え、翼による変則的な動き。

 素早く動き回って軌道を読ませないようにされては、並の戦士では対処できない。


 アインは振り下ろされた拳を躱そうとするが、追尾するように拳の軌道が変化する。

 力を手繰って受け流せば、間髪入れずに次の攻撃が飛んできた。


 流れるような連打だった。

 どれだけアルフレッドの体勢を崩そうとしても、翼を羽ばたかせることによって立て直し、すぐさま攻撃へと移行する。

 常に纏わり付かれては、さすがに反撃する余裕はない。


 先ほどの言葉通り、彼は力を得たのだ。

 それは黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによる強化だけではない。

 彼自身もまた、一人の戦士として優れた体術を会得していた。


 防戦一方のアインを見て、アルフレッドは笑みを浮かべて魔力を練り上げる。

 自らの勝利を微塵も疑っていなかった。


「――紅天魔掌ッ!」


 素早く打ち出された掌底を、アインは義手で受け止める。


「呆れた……」


 アインは心底残念そうに呟く。

 確かに彼の技術は本物だ。

 身のこなしも一流の戦士と遜色は無く、魔力量も黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカによって高まっている。


 しかし――。


「この程度で、私を殺そうとしていたの?」


 義手に魔力を込め、アルフレッドの手を握り潰さんとする。

 徐々に力を込めようと思っていたが、彼の手は熟れた果実のように容易く潰れてしまった。


「うあああああああああッ!? 手が、僕の手がぁッ!」


 激痛に悶えるアルフレッドを冷たい目で見降ろす。

 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの、それも二段階目まで解放してこの程度だというのか。


 彼には致命的な欠点が存在していた。

 殺気が全く感じられないのだ。

 巧みに殺気を隠すような技術があるわけではない。

 単に、彼は戦いに不真面目なのだ。


「遊び相手を探しているなら他を当たって」

「く、くそ……ッ」


 未だに酷く痛む右手を庇いながら、アルフレッドは警戒した様子でアインを睨み付ける。

 己に絶対的な自信を持っていただけに容易くあしらわれたことが許せなかった。


「お姉さんだって遊んでいるんでしょ? 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持っているってカーナ様から聞いたよ。それなのに、解放しないなんて」

「その必要がないから。本気を出させたいなら、相応の力を見せて」


 この程度であれば黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを解放するまでもないと感じていた。

 義手もよく馴染んで使い慣れてきたため、解放せずとも腕力で劣るということはない。

 戦闘経験もアルフレッドより遥かに多く積んできたのだ。


 思い返すのは、かつてアイゼルネに容易くあしらわれた時のこと。

 その時の自分も今のように黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを二段階目まで解放していた。

 だが、特別な力も持たない彼女を相手に成す術なく敗北してしまった。


 数多の命を喰らい、ここまで成長したのだ。

 今のアインからすれば、アルフレッドがどれだけ足掻いたところで脅威足りえない。

 殺気の籠っていない拳など幼子と戯れるのと変わらない。


「やってやるさ、僕の本気を見せてやるッ!」


 アルフレッドは背中から生えた翼を大きく広げる。

 大地を抉るほどの力強い踏み込み。

 そして、瞬時にアインの視界から消失した。


 後方から気配を感じ、振り向きざまに右腕を振るう。

 すると、アルフレッドが慌てて飛び退く姿が見えた。

 即座に追撃をかけようとするが、アルフレッドは高く跳躍して逃れる。


 見上げると、上空でアルフレッドが魔術を構築していた。

 彼の翼は飾りではなく、飛行能力も備えていた。


 距離が開いていれば安全だと思っているのだろう。

 アインは徐に義手を空へ向ける。

 魔法を放つだけならば、自在に空を飛びまわれるアルフレッドには避けられるかもしれない。

 だが、これはただの魔法ではない。


「――落ちて」


 凄まじい重圧がアルフレッドを襲う。

 まるで巨大な鉄塊を背負ったかのような感覚。

 飛び続けることは叶わず、アルフレッドが地に引きずり降ろされる。


「な、何をしたんだよ。こんな魔法、見たことが……」

「――這い蹲って」

「ッ!?」


 さらに体に圧し掛かる力が増していく。

 堪らず地面に膝を突き、それでも耐え切れずに手を突き、そして這い蹲る。

 必死に抵抗しようとしても、見えざる力に抗うことは叶わない。


「な……なんだよ、これ……く、苦しッ、ぐぁ……」


 地面に磔にされ、アルフレッドが苦しそうに喘ぐ。

 体を酷く圧迫されて呼吸が上手く出来ずにいた。


 たとえ幼子であろうと、敵対者に容赦はしない。

 彼の過ちは、アインを狙ったこと。

 ただそれだけで、惨い最後を迎えることになってしまった。


「つ、潰れ……潰れちゃう、からぁッ……許して、許してッ……」


 肋骨がミシミシと悲鳴を上げていた。

 後少しでも力が加われば折れてしまいそうなほど。

 アルフレッドは無様に泣き叫びながら許しを請う。


 アインが行使したのは重力魔法だった。

 鋼の腕シュタラルムに使用された竜核と黒鎖魔晶。

 それがアインの喰らった赤竜の王の魂と結び付くことによって、発動を可能とさせた。


 歩み寄ると、アルフレッドが必死の形相でアインの足に縋り付く。

 何度も許しを請うように謝罪の言葉を繰り返していた。

 アインはそれを振り払うと、アルフレッドの背を思いきり踏み付ける。


 骨の砕ける感触。

 内臓まで潰れてしまったのか、アルフレッドが大量の血を吐き出した。


「いやだ……死にたく、ない……」


 必死に懇願するが、慈悲は無い。

 アインは冷酷に己の為すべきことだけをする。


「父さん、母さん……僕も……」

「残念だけれど、あの世には行けないから」


 再び踏み潰すと、遂にアルフレッドは静かになった。

 あの世で家族と会うことは許されない。

 アインに殺された以上、その魂は糧として消化されて無に帰すのだ。


 最後に残したのは両親に助けを求める言葉だった。

 以前の自分も同じだっただろうか。

 彼のように無様に助けを求めていただろうか。


 アインは里の方を振り返る。

 未だに南側では多くの邪教徒が暴れていた。

 この全てを喰らえば、きっとこの不快感も消え失せることだろう。

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