113話 命を弄ぶ
防衛の準備は数日に渡って行われていた。
魔術によって築き上げられた外壁と見張り台は、急ごしらえの物にしては上等なものだろう。
エルフ族の戦士たちが交代で警戒し、常に襲撃に備えていた。
常に張り詰めた空気が漂い、普段戦わない者たちは不安を抱いていた。
物々しく聳え立つ外壁を見れば、それも仕方がないだろう。
明確な危機が間近に迫っているのだと、大きく変化した里の風景が皆に実感させている。
だが、彼らはエルフだ。
人間とは違い、皆が魔術を扱うことが出来る。
幼子を除いた全ての者が邪教徒との戦いに参加することになるだろう。
たとえ恐怖で動けなくなったとしても、魔術を紡ぐ口だけは止めてはならない。
襲撃の時はいつ訪れるのか。
明日か、明後日か、一週間後か。
あるいは――今か。
「て、敵襲ッ!」
見張り台から声が上がり、直後に鐘の音がけたたましく鳴り響く。
そして、木々の影から迫っていた邪教徒が一斉に飛び出してきた。
その先頭に立つ魔女――カーナ・オルトメシア。
教団の幹部にして、今回の襲撃の首謀者。
彼女の手には、巨大な黒鎖魔晶を讃えた杖が握られていた。
「まあ。こんな汚らしい外壁を築いたら、せっかくの里の風景が台無しですわよ――茨の鞭」
外壁よりもずっと大きな茨の鞭が、次々と地面から姿を現す。
それを振り下ろすだけで、築き上げられた外壁は容易く打ち砕かれていく。
「さあ、蹂躙なさい」
彼女の命令に従い、邪教徒が次々と里に侵入する。
間もなくして、至る所から戦闘の音が聞こえてきた。
カーナは茨の鞭で手当たり次第に建物を破壊していく。
そこに隠れていた幼子の断末魔が響き、近くで戦闘していた親らしきエルフが悲鳴を上げる。
それを見て、カーナは恍惚の表情を浮かべた。
「せっかく鳥籠の中に隠れているんですもの。美しい声色で鳴いて、わたくしを楽しませてくださいまし」
茨の鞭の一本がエルフの女を捕らえ、カーナの元へと引きずり出す。
女性は酷く怯えた様子で、しかし気丈にも魔術を詠唱しようとしていた。
だが、女性の口元を茨が覆い尽くす。
声を発することが出来なければ魔術の行使は叶わない。
両手両足も縛り上げられ、大の字に拘束されて身動きが取れなくなってしまう。
カーナはエルフの女に歩み寄ると、その腹部にそっと手を這わせる。
優しく撫で摩ると、不快そうに身をくねらせた。
「エルフ族の美貌は本当に羨ましい限り。わたくしもエルフだったら、あのお方も少しは興味を抱いてくださるかしら?」
時に優しく、時に情熱的に。
カーナに弄ばれて、拘束されている女の頬が上気していく。
彼女から熱を帯びた吐息を感じて、カーナは笑みを浮かべる。
そして、へそを擽る様に手を添えると――魔力を込めて腹部を貫く。
「んぐぅ……ッ!」
悲鳴を上げようにも、口元を覆う茨がそれを許さない。
腹部から流れる血を見て、エルフの女はガクガクと体を震わせた。
「ああ、温かいですわね。とっても、心地が良い……」
手を腹の中で動かして内臓の感触を堪能する。
あまりの不快感に、エルフの女が身をビクビクと痙攣させて吐瀉物を撒き散らした。
その脚を黄金の液体が伝う。
カーナは笑みを浮かべて眺めていた。
それこそが彼女の本質。
黒鎖魔紋を与えられるに相応しい、酷く残虐な嗜好。
やがてエルフの女が動かなくなると、カーナは改めて女の姿を眺める。
吐瀉物と小便に塗れた亡骸の哀れな姿。
それを見て、背筋がゾクゾクと震えるほどに、堪らなく快感を感じていた。
「このまま飾っておけば、少しは里も華やかに……」
命を弄び、死後もなお冒涜を続ける。
彼女は一体なぜ、これほどまでに狂ってしまったのだろうか。
だが、亡骸を吊るしていた茨が突然切断されてしまう。
カーナは不服そうな表情で、それを成した人物へと視線を向ける。
「まあ、無粋なことを。粗暴な男には、芸術というものが分からないようですわね」
「生憎だが、俺は芸術ってもんには興味がねえんだ」
カーナの前に姿を現したのはマシブだった。




