110話 その一端を知る
ゴルトという男の言葉から察するに、教団の中でもそれなりの位置にいるのだろう。
彼はアインと同様に黒鎖魔紋を二段階目まで解放出来るのだ。
場合によっては苦戦するかもしれないと警戒を強めつつ、しかし、苛烈な猛攻を仕掛けていく。
だが、ゴルトは流れるような動きでそれを受け流していく。
武の心得があるのだろう。
その動きから、受けを得手とした戦い方であると察することが出来た。
力を込めて突きを放つが、ゴルトはそれを受け流してアインの姿勢を崩す。
そして、隙を見せたアインの腹部に拳を叩き込む。
しかし――。
「――黒牙閃」
喰らった魂から魔力を引き出し、強烈な一撃を叩き込んだ。
しかし、その攻撃はゴルトの身を覆う鎧によって受け止められてしまう。
鈍い手応えに、アインは舌打ちをしつつ後ろへと飛ぶ。
腹部に攻撃を受けても怯む様子を見せなかったアインを見て、ゴルトは警戒した様子で身構えた。
それが黒鎖魔紋によるものか、あるいは強靭な精神によるものなのかを測りかねているようだった。
だが、それはアインも同様だった。
彼の能力――黒鋼の悪魔像。
それによって生み出された悪魔のような鎧は、己の突きさえも受け止めるほどの強度を持っているのだ。
今のアインには片腕しかない。
槍を満足に振るえない状態では、受けに特化した技術と鎧による頑丈な守りを突破することは厳しいだろう。
如何にして仕留めるか、アインは考えを巡らせていく。
しかし、ここは敵地。
敵はゴルドだけではないのだ。
彼から距離を取れば、他の邪教徒たちが魔術の詠唱を開始する。
飛来する無数の魔法に、アインは魔法障壁を展開する。
その威力自体は大した脅威にはならないだろう。
これまで戦ってきた相手を考えれば、この程度の魔法など児戯に等しい。
だが、ゴルドと打ち合っている最中に狙われてしまうと厄介だった。
油断できるほど生易しい相手ではない。
早々に殲滅するべきだろうと、アインは詠唱する。
「――降り注げ、怒りの雨よ」
明け方だというのに、空を闇が覆い尽くす。
否、それは全て槍だった。
赤黒く脈動する悍ましい槍の雨が、一斉に降り注ぐ。
周囲で無数の断末魔が上がっていた。
槍の雨に打たれた邪教徒たちが、赤い花を咲かせて崩れ落ちていく。
凄惨な光景を前にしてゴルドは嗤っていた。
槍の雨に打たれ、味方が次々と死んでいく中で、彼は嗤っていたのだ。
「おお、見事……実に、実に見事だ! これぞ我が主の成せる奇跡!」
歓喜に打ち震える姿は正に邪教徒。
崇め奉る邪神の御業に、ゴルドは恍惚と眺めていた。
彼自身も雨に打たれているというのに、身に纏った頑丈な鎧が全てを弾いていた。
アインの顔にも少しばかり焦燥が浮かんでいた。
ゴルドの攻撃は自分にとって致命打とはならないが、自分の攻撃もまた同様。
黒鎖魔紋を解放している以上、いつまでも戦い続けているわけにはいかないだろう。
せめて右腕があればと視線を向けるが、今は無いものねだりをしていても仕方がない。
如何にして鎧を突破するかを考え――かつての戦いの中から答えを手繰り寄せた。
アインは再び槍を構える。
次は確実に仕留めるのだと、気迫に満ちた表情でゴルドを見据える。
そして――。
瞬時に間合いを詰め、強烈な一撃を叩き込む。
穂先は禍々しい鎧によって阻まれるが、アインはそこで退かず、より力を込めて強引に突き破ろうとする。
だが、ゴルドがそれを黙って見ているはずもない。
右手で槍を掴み、左手で隙だらけのアインを殴り付ける。
だというのに、アインは決して退かず、鎧を破ることだけに専念していた。
体中に広がった魔紋が激しく明滅する。
己の内に秘めた黒鎖魔紋の力が暴走しているかのようだった。
もはやアイン自身でも制御しきれないほどの魔力が収束していく。
力が膨れ上がっていく中で、ゾクリと背筋が凍るような気配がした。
原初の神の一柱――ファナキエル。
その存在が、自身と一体化したかのように。
「ど、どうなっているというのだッ!?」
鎧に罅が入り始めると、さすがのゴルドにも焦りの色が出始める。
アインの魔力は凄まじい勢いで高まっていき、今もなお上昇し続けている。
このままではまずいと逃げ出そうとする彼だったが、その直後に異変に気付く。
アインの影から伸びた無数の黒い鎖がゴルドの体を繋ぎ止めていた。
どれだけ足掻こうと、決して外れることのない邪神の鎖。
彼はただ、身動きも取れぬままに死を待つことしかできないのだ。
「ひィッ。……主よ」
彼が最後に見たのは、狂気に歪む少女の顔。
禍々しい魔力を迸らせ、我が身を顧みずにアインは全力の一撃を叩き込む。
「――はあああああああああッ!」
槍が鎧を貫き――内部で膨大な魔力が爆ぜた。
如何に頑丈な鎧であろうと、内側で爆発を起こされては成す術もない。
爆散して血肉が飛び散り、アインの顔を赤く染め上げる。
アインは自身の左腕を見つめる。
激しく明滅を続ける黒鎖魔紋。
これまでとは異なった感覚だった。
だが、その力が徐々に抜けていく。
気付いた時には先ほどの力を使った感覚さえ消え去っていた。
今の自分では扱いきれないのだと、何となく感じていた。
それは、黒鎖魔紋の三段階目。
ヴァルターがアインに説明をしなかった未知の力。
その一端に触れ、あまりにも強大すぎる力に歓喜し、そして同時に惧れを抱いていた。
アインは周囲を見渡す。
恐らく今、ミレシアはカーナと呼ばれる幹部と戦っているのだろう。
探しに行こうとした時――爆ぜるような音と共にミレシアが吹き飛ばされてきた。




