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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
六章 エルフ族の里

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109話 予兆

 微かに空に光が差し始めた頃。

 アインとミレシアが森の中を駆けていた。


 目的地は里の南西にある小さな湖。

 そこに邪教徒たちの拠点が作られている。

 これ以上被害が出る前に、彼らを一掃しておく必要があった。


 湖の近くまで来ると、二人は周囲を警戒しながら進んでいく。

 草陰に身を隠しながら様子を窺うと、そこに大規模な野営地があった。


「……随分と規模が大きいのね」


 ミレシアが呟く。

 彼女が想定していたよりも、教団の戦力は多く投入されているようだった。

 そうまでしてエルフ族の里を狙う理由は何なのか、彼女には想像が付かない。


 交代制で見張りをしているのだろう。

 まだ夜明けだというのに、野営地を巡回する邪教徒たちの姿が確認できた。

 敵の規模を考えると、全てを相手にするのは得策ではない。

 物陰に姿を隠しながら幹部だけを狙うべきだろう。


 だが、アインはそれを良しとしない。

 ミレシアに視線を送られても、首を振って拒んだ。


 目の前の野営地には大勢の邪教徒がいる。

 彼らは皆、罪無きエルフの命を奪った悪人だ。

 皆殺しにする大義名分がこちらにはある。

 であれば、全て喰らわねば勿体ないというものだ。


「やめておきなさい、アイン。あたしたちがするべきは、指揮を執っている幹部を殺すことだけよ」

「それはそっちの事情。私は殺さないといけない」


 それが、己の糧となるからだ。

 これだけの人数を殺せる機会など滅多に無いだろう。

 無辜の民を殺戮するほど堕ちてはいないが、悪人であれば皆殺しにするくらいは構わない。


――死を恐れるならば、死を齎せ。生き永らえたいならば、生を奪え。急がねば、汝の道は途絶えるであろう。


 オルティアナの言葉だ。

 彼女曰く、今のアインでは不足しているのだと。

 力を求めるのであれば、こういった機会を逃すというのはありえないだろう。


「私が囮になる。ミレシアは幹部を狙って」

「……分かったわ。けど、無理はしすぎないように」


 ミレシアは渋々了承する。

 アインがそうまでして殺戮を求める理由が彼女には分からなかった。

 しかし、邪教徒を殲滅することに関しては特に止める理由もない。

 残党に暴れられるよりは、ここで仕留められる限り仕留めておくのも悪くないのだと納得する。


 アインは魔力を練り上げる。

 求めるのは、邪教徒に絶望を与える強大な魔法。


「――此の地に災厄を齎せラージェ・ヴルカーン


 業火の波が野営地を呑み込んでいく。

 まるで、噴火によって滅びゆく村々のように。

 突如として現れた災厄に、邪教徒たちが次々と呑み込まれていく。


 地獄のような光景を齎した当人は、その様子を平然と眺めていた。

 そして、次は自らの手で直接死を下すのだと、腰に帯びた短剣を引き抜いた。


「敵襲ッ! 敵襲――がぁッ」


 声を上げる男に背後から近付いて、その背に短剣を突き立てる。

 抉るように捩じって深くまで突き入れると、男の体がびくりと大きく痙攣した。

 短剣を引き抜けば、ガクガクと体を震わせながら男の体が崩れ落ちた。


 突然現れた襲撃者に、邪教徒たちが警戒した様子でアインを取り囲む。

 だが、その内の一人が「ヒィッ!」と小さく悲鳴を上げた。


 目が合ってしまったのだ。

 狂気を帯びたアインの瞳を見て、言い様の無い恐怖を抱く。

 地に転がる死体を見て、無限の苦痛を想像してしまっていた。


「全く、何を怯んでいる。敵は片腕の小娘が一人だけだろう」


 邪教徒たちを掻き分けて、一際体格の良い男が前に出てきた。

 髪に幾らか白髪の混じった壮年の戦士。

 その力は他の邪教徒たちとは比べ物にならないだろう。


 アインは瞬時に悟る。

 その悍ましい気配、膨大な魔力。

 彼もまた、己と同じ黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持つ者なのだと。


「我こそは教団の司祭が一人、ゴルド・バーディアなり。襲撃者よ、貴様は何者だ」


 彼の問いに、アインは沈黙で答える。

 わざわざ名乗る義理は無い。


 それを見て、ゴルドは機嫌を悪くする。


「名乗りを上げぬとは無粋な。まあ構わん。この私と出会った以上、貴様の命はここで果てるものだと理解せよ」


 随分と自信があるのだろう。

 ゴルドは自らの右手に刻まれた黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを翳し上げ、他の邪教徒に見せ付ける。

 それを見た彼らは、男を尊敬のまなざしで見つめていた。


「破滅を喜べ、運命さだめを呪え。我こそは万象全てを打ち砕く断罪の鉄槌――黒鋼の悪魔像トイフェル・スクルプトゥーア


 ゴルドの体を赤黒い魔力が覆っていく。

 まるで鎧を纏うように。

 彼が生み出したのは、悪魔を模したかのような禍々しい鎧だった。


「……へえ」


 武器だけではなく鎧を生み出す者もいるのかと、アインは興味を示す。

 それに、相手は黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを第二段階まで解放できるのだ。

 久々に愉しい殺し合いが出来そうだと、アインは笑みを浮かべる。


 その時――。


「――ッ!?」


 アインの胸元の黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカがドクリと脈動した。

 まるで災禍の日を知らせるかのように。

 だが、直前まで全く予兆は無く、夜明けである以上は魔物も現れないはずだ。


 であれば何故、魔紋がこんなにも疼くのか。

 体中が火照ったように熱くなって、こんなにも心地良いのか。


 だが、今は原因を考えている暇は無い。

 目の前には大勢の敵がいるのだ。

 これを全て喰らった後で、じっくりと考えればいい。


「我は渇望する。永劫の悦楽よ、此処にあれと――血餓の狂槍フェルカー・モルト


 アインもまた、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの二段階目を解放する。

 闇で象ったかのような昏い色をした槍。

 それを見る者は、皆が等しく絶望を抱くことだろう。


「……邪神の寵愛を受けし者か。であれば、問おう。教団にその力を捧げる気はないか」


 その問いに、アインは槍の穂先をゴルドに向けることで答える。

 すると、彼は愉快そうに声を上げて嗤った。


「それは良かった。しばらく力を振るっていなかったのでな。久しく愉しめそうだ」


 最初から引き入れるつもりは無かったのだろう。

 教団の掟として形式的に尋ねたに過ぎない。

 彼の抱く狂気は、アインと殺し合うことを望んでいたのだ。


 そして、それはアインも同様だった。

 狂気に身を委ね、殺し合う事こそが至高の悦楽。

 目の前の馳走を諦めるなど出来るはずがないのだ。


 アインは笑みを浮かべると、左手に槍を持って襲い掛かる。

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