106話 尋問
頑丈な石壁で作られた地下牢の中に、鎖に繋がれて跪いている男がいた。
里を襲撃した邪教徒たちの指揮官らしき男。
彼は酷く怯えた様子で体を震わせていた。
彼を見下ろす者が三人。
凶悪な面をした巨躯の男。
この里の族長である麗しいエルフ。
そして、酷く冷たい目をした少女。
「里を襲撃した理由を答えて」
アインの言葉に、男は顔を真っ青にしながらも首を振る。
先ほどの戦闘で残虐な一面を見たせいで、男はアインのことを恐れていた。
それでも命乞いをしないのは、彼の信仰によるものか。
しかし、黙っていることは許されない。
これは尋問なのだ。
答えないのであれば、それまで痛めつければいいだけのこと。
アインは男のもとに歩み寄ると、その顔を覗き込む。
男は必死に目を逸らそうとするが、その髪を掴んで強引に顔を固定する。
「もう一度聞く。里を襲撃した理由はなに?」
「こ、答えられるものか……ひぃッ!」
拒もうとした途端、強烈な殺気が男を襲った。
背筋が凍てつく様な悍ましさ。
まるで、この世のものではないかのような気配。
男は知っているのだ。
目の前にいる少女が黒鎖魔紋を持っていることを。
彼の脳裏に浮かぶのは、先ほど繰り広げられた凄惨な光景だった。
「……素直に吐けば、苦しまずに死ねたのに」
溜め息交じりに呟かれたその言葉には、苛立ちの色が窺える。
ただ尋ねるだけでは、この男は決して答えないだろう。
多少手荒な真似をしてでも情報を引き出そうと考えていた。
いずれにしても、男が襲撃者である以上は生かしておく意味はない。
情報を吐かないのであれば殺し、情報を吐いても殺す。
それまでの過程が苦痛に満ちたものか、あるいは一瞬で楽に死ねるのか。
ただ、それだけの違いだ。
アインの表情からそれを悟ったのだろう。
男は体をガクガクと震わせつつ、必死に平常を保とうとしていた。
「素直に答える気になったら教えて。それまで、ずっと苦しめてあげるから」
アインはマシブに視線を向ける。
尋問をしたことは無かったが、どうすれば相手の心を折ることが出来るのか、その手段だけは知っている。
以前、自分も似たような経験をしたことがあるからだ。
絶対的な恐怖を与える。
それが、正しく相手を支配する方法だ。
マシブが男の顔を掴んでがっちりと固定する。
どれだけ身を捻って抜け出そうとしても、その拘束から逃れることは出来ないだろう。
アインは男の方に手を伸ばす。
「ま、まさか。ひっ、やめ――がああああああああああああッ!」
男の目に左手を突き入れる。
眼球をしっかりと掴むと、一気に引き抜いた。
ぶちりと神経の千切れる音が聞こえ、男の絶叫が響き渡る。
だが、彼の叫びは仲間には届かない。
地下にある石造りの牢獄では、どれだけ叫んだところで外には声が漏れない。
アインは眼球を放り投げる。
痛みに悶絶する男を眺めながら、次はどうやって苦しめようかと思案していた。
どこかを切り落とそうかと思いながら短剣に手を伸ばそうとすると、限界が来た男が泣き叫びながら声を上げた。
「は、話す……話すから、もう許してくれぇッ!」
存外に早く音を上げた男に、アインは残念そうにため息を吐いた。
邪教徒というからには早々仲間を売るようなことはしないかと思えたが、彼の信仰心は恐怖の前に打ち砕かれてしまったようだった。
「そう。それで、襲撃の目的はなに」
「俺みたいな末端には、そこまでの情報は知らされていない」
「指揮を執っていたのに?」
「い、一時的に任命されていただけだ。里の襲撃について知りたいなら、もっと上の……そうだ、カーナ様だ、あの人に聞けばいい」
男の言葉からして、今回の襲撃を計画した人物なのだろう。
少なくとも彼よりは多くの情報を握っているかもしれない。
「そのカーナっていう人物は何者なの?」
「教団の幹部の一人だ。あんたと同じで、黒鎖魔紋を持っている」
「へえ……」
アインは興味深そうに頷く。
カーナという人物が自分と同じく黒鎖魔紋を持っているのであれば、中々に楽しめるかもしれない。
「その人について、もっと教えて」
「……詳しいことは分からない。だが、幹部であるからには、俺よりはずっとあのお方に近い」
邪教徒の中でも情報量に差があるのだろう。
特に、彼のような末端には大した情報は持たされていないようだった。
こうして尋問される可能性を考慮しているのかもしれない。
「あのお方、というのは?」
「分からない」
「答えて」
アインは短剣に手をかける。
だが、男は必死の形相で首を振って否定する。
「ほ、本当に知らないんだ。顔も名前も知らない。ただ、その崇高なお考えだけは知っている」
「崇高な考え?」
「ああ……。あのお方は世界に変革を齎す。その先には、誰も彼もが平等で、等しく死を迎える世界が待っている」
あのお方という存在は、世界の支配を狙っているのだろうか。
男の言葉だけでは情報が不足している。
教団についてより多くの情報を得るのであれば、先ほど男が言っていたカーナという幹部に聞くのが手っ取り早いだろう。
「森のどこに拠点を置いてるの?」
「……里の南西にある小さな池の近くだ」
それを聞いて、アインはミレシアに視線を向ける。
彼女もその場所について心当たりがあるらしく、地図を取り出してアインに見せた。
男の言う通り、里の南西には小さな池があった。
どれだけの戦力を集めているかは分からないが、少なくとも相手は黒鎖魔紋を持っている。
こちらから攻勢に出るとしても、慎重にいかなければならないだろう。
「それともう一つ。これはどうやって手に入れたの?」
アインは男を拘束した際に取り上げておいた指輪を見せる。
黒鎖魔晶が妖しく煌くそれは、黒鎖魔紋の力を扱えるようになるという代物だ。
末端ということもあって質は悪いようだったが、それでも常人からすれば十分な力が得られることだろう。
現に、一般人とそう変わらない邪教徒たちが、魔術に長けたエルフたちを相手に善戦していたのだ。
これを教団の全員が持っていると考えると非常に危険だった。
「この指輪は、教団の崇高な考えを受け入れなかった者の成れの果てだ。黒鎖魔紋の所有者を探し出して、賛同者は仲間として引き入れ、反対する者は殺して再利用している」
「そう」
こうして末端にまで行き渡っていることを考えると、それなりの数を殺してきたのだろう。
幹部が黒鎖魔紋を持っているのだから不可能な話ではない。
場合によっては、教皇庁だけでなく、教団の方も警戒する必要があるだろう。
聞きたいことは全て聞き出せた。
アインが男から離れると、マシブが大剣を背から引き抜いた。
「ひぃッ、た、助けてくれ、命だけは――」
「つまらねえ遺言だな」
大剣を振り下ろすと、男の体が真っ二つになった。
血飛沫を撒き散らしながら崩れ落ちた男から視線を外すと、三人は地下牢から出た。




