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狂槍のアイン  作者: 黒肯倫理教団
六章 エルフ族の里

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105/170

105話 襲撃

 アインが到着する頃には、既にエルフ族の戦士たちが邪教徒たちと交戦中だった。

 襲撃者の数は少なかったが手練れが揃っているらしく、数で勝っているエルフたちがやや押されているように見えた。


 しかし、さすが魔術に長けているエルフと言うべきか。

 飛び交う魔法が邪教徒たちの侵攻を辛うじて押し留めていた。

 アインは戦況を見極めると大きく跳躍してエルフたちを飛び越えていく。


「あれは、里に来た人間の……」

「人間風情が我々に加勢しようというのか」


 エルフたちは驚いた様子でアインを見つめていた。

 言葉とは裏腹に助けを断ろうとしないのは、このまま戦っていてもいずれ突破されると理解しているからだろう。


 アインは邪教徒との距離を瞬時に詰めると、近くにいた男の喉に短剣を突き立てた。

 苦悶の表情を浮かべながらも必死に抜け出そうとする男を、服を掴んで強引に引き寄せ――さらに深く捻じ込む。


「ごぁッ、がはッ……」


 口から大量の血を吐き出して、男は体をガクガクと痙攣させる。

 アインはそれを愉しげに眺めると、少しして短剣を引き抜いた。

 地に転がった男の亡骸を邪教徒たちの方へ蹴り飛ばし、恍惚とした表情で周囲を見回す。


 突如として目の前に立ちはだかった一人の少女の姿に、邪教徒たちは酷く慌てていた。

 アインの爛々と狂気に煌く瞳に恐れをなしたからだ。

 その視線に射抜かれてしまえば、常人では正気を保っていられないだろう。


 里を守るエルフのような矜持も無い。

 里を襲う邪教徒のような目的も無い。

 ただ、殺戮にのみ快楽を見出す倒錯した少女の姿に、この場にいる皆が得体の知れない恐怖を感じていた。


「ひ、怯むなッ!」


 指揮官らしき男が叫ぶように声を上げると、邪教徒たちは我に返って魔術を構築し始める。

 その淀んだ魔力の流れに、アインは興味深そうに視線を向けた。


「黒鎖魔晶……」


 よく見れば、邪教徒たちの手には赤黒く輝く魔石が見えた。

 邪教徒たち全員が、黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカの力を結晶化させた黒鎖魔晶を身に着けているのだろう。

 以前エミリアが見せたような現象を、邪教徒たち全員が出来るのかもしれない。


「――放てッ!」


 構築された魔術が一斉に放たれる。

 赤黒く輝く無数の刃。

 それを見て、アインは期待外れだと言わんばかりにため息を吐く。


 黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを発動する際に何かしら参考になればいいと思っていた。

 だが、目の前の相手はただ魔力で形成した刃を飛ばすだけしかできない。

 使用している黒鎖魔晶の質が低いのだろう。

 その程度では、今のアインには脅威足りえない。


 飛来する魔法を掻い潜り、アインは次の獲物へと喰らい付く。

 魔術を放たんと突き出された右手を切り落とし、足払いをかけて男を地に転がす。


「ぐああああッ、があああああああッ」


 右手を失った男が悲鳴を上げる。

 アインは彼の上に馬乗りになると、短剣を振り上げる。


「――いい声聴かせて」


 酷く冷たい視線で、しかしどこか熱を帯びた声色で呟く。

 恐怖に歪む男の顔を眺めながら、彼の胸に何度も短剣を突き立てていく。

 返り血で体が赤く染まることも気に留めずに。


 男が絶命すると、アインはゆっくりと立ち上がる。

 そして、せっかくならばもっと楽しんでしまおうと、服を引っ張って胸元の黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを露わにする。


黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカ、だと……」


 指揮官の男が呆然とアインを見つめる。

 彼らのような、ただ黒鎖魔晶を利用するだけの模造品ではない。

 邪神の寵愛を受けた本物が、ここに存在している。


「我は邪神の使徒。全ては主の望むがままに、殺戮する――狂化フェーゲ・フォイアー


 一段階目を解放する。

 解き放たれた邪悪な力が、アインの手に持つ短剣を赤黒く染め上げた。

 先ほどよりも濃くなった殺気に、その場にいる全員が息を呑んだ。


 アインが再び駆け出そうとしたところに、遅れてマシブとミレシアが現れる。

 そして、その場の惨状にミレシアが引き攣った笑みを浮かべた。


「これは……随分と、惨い殺し方をするのね。てっきり、純粋な戦士だとばかり思っていたのだけれど……」


 返り血に染まりながら、アインは心底愉しそうに嗤うのだ。

 断末魔を聞く度に熱っぽく息を吐き、命を奪う度に快楽に震える。

 笑い声を上げながら敵を惨殺していく姿は、邪教徒たちよりも悍ましい存在に思えた。


「あれがアインの本性だ。痺れるだろ?」

「……貴方たちの感性は理解できないわね」


 呆れたように肩を竦める。

 この場はじきに片付くことだろう。

 ミレシアは周囲を見回すと、怪我をしているエルフたちの治療を始めた。


「剣士なのに治癒魔法も使えるのか」


 マシブは意外そうに呟く。

 だが、ミレシアは首を振った。


「剣士だからこそ、よ。そうね……少しだけ、貴方に助言をあげるわ」

「助言?」

「身体強化に限界点が存在する理由は何かしら?」


 それだけ伝えると、ミレシアは去っていった。

 残されたマシブは助言の意味を考える。


 身体強化術とは、魔力を体に巡らせることによって使用者の筋力や俊敏性といった能力を向上させるものだ。

 そして、その限界点は使用者の肉体の頑丈さによって左右される。

 それ故に、戦士は皆が鍛錬を積むことで屈強な肉体へと鍛え上げているのだ。


 過度な身体強化は肉体への負担が大きくなってしまう。

 筋力の強化によってその上限は上がるが、それでも限界以上に強化をしようとすれば体が耐えきれずに自壊してしまうだろう。

 マシブ自身も、未熟な頃に身体強化をしすぎたことで痛い目を見たこともあった。


 それが、身体強化に限界点が存在する理由。

 だからこそマシブは肉体を鍛え上げてきたのだ。

 先ほどの手合わせでミレシアを相手に打ち負けたのも、彼の読みが常識に囚われていたせいだった。


 治癒魔法が身体強化に如何にして関係してくるのか。

 マシブは考えようとするが、そもそも彼自身は治癒魔法を扱うことが出来ない。

 であれば、限界点を越えることなど、どちらにしても不可能だろう。


「ちっ……」


 マシブは悔しそうに舌打ちをする。

 強くなったとはいえ、まだ今の彼は常人の範囲内だ。

 アインのように黒鎖魔紋ベーゼ・ファナティカを持っているわけでも、ミレシアのように優れた技術を持っているわけでもない。


 アインでさえ死を宣告されたのだ。

 その横で戦い続けるには、今の力では明らかに不足している。

 焦燥に駆られていた。


 少しして、アインが邪教徒の全てを殺し終える。

 唯一、指揮官を除いて。


 今にも失神してしまいそうなほどに指揮官の男は怯えていた。

 何度も許しを請うように謝罪の言葉を繰り返し、情けなく涙を流し続ける。

 だが、彼は後で尋問するために生かされているだけだ。

 助かる道など残されてはいなかった。

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