102話 鋼の腕
家に到着すると、ミレシアは二人の方を振り返る。
そして、マシブの方に視線を向け、疲れた様子でため息を吐いた。
「……あまり信用されてないようね」
マシブは彼女に対して警戒心を抱いている。
何か怪しい動きがあれば即座に殺す。
強烈な殺気を隠すこともせずに、ミレシアの挙動を窺っていた。
それも当然だろう。
アインが黒鎖魔紋を持っていることを見抜き、その上で里への滞在を許しているのだ。
この里に災いが齎される可能性があるというのに。
そうなれば、何らかの思惑が隠されていると疑うのが自然だろう。
「悪いが、そう簡単に信用するってのは無理だ。俺たちにも事情があるからよ」
「黒鎖魔紋を持っているんだもの、当然でしょうね。それで、どうすれば信用してくれるかしら?」
ミレシアを信用する、というのは今の時点では難しいことだ。
元より二人はラドニスに用があって里を訪れた。
彼女に関わっているほど暇は無い。
黙り込んでいるマシブを見て、ミレシアはアインに視線を移す。
マシブほど殺気を放っているわけではないが、それでも警戒しているようだった。
「仕方ないわね。先に彼に会ってくるといいわ。あたしの話は、その後で構わないから」
そう言って、ミレシアは扉を開ける。
家の中にはちょうど魔道具を弄っているラドニスがいた。
彼は二人の顔を見ると、驚いた様子で出迎えた。
「久しぶり、というべきか。まさか、この里で再会することになるとは思いもしなかったが」
「ああ、ちょっと頼み事があってよ」
「そうか。森を抜けるのは疲れただろう。中に入って座るといい」
ラドニスは二人を招き入れようとして、ふとアインの方を見つめる。
「……酷い有様だ。戦いの中で右腕を失ってしまったか。それに、魔槍『狼角』まで」
アインは頷く。
赤竜の王との戦いは、それほどまでに過酷なものだった。
むしろ、こうして命があるだけでも幸いとするべきだろう。
だが、過酷な戦いの余波で魔槍『狼角』が失われたのは痛かった。
これまでの旅の中でずっと使い続けてきた槍なのだ。
相応に愛着も湧いていたため、喪失の悲しみが無いわけではない。
「ということは、わざわざ訪ねてきたのは武具を仕立ててほしいということか」
「この体も扱えるような得物を作ってほしい」
「ふむ、その体で扱えるものか。……少し待っていてくれ」
ラドニスは何かを思い出したように奥の部屋へと入っていく。
そこは彼の工房らしく、扉の間からでも様々な魔道具が見えた。
その中から彼が持ってきたのは、鎧の右腕部分だった。
「そいつはガントレットか? 今のアインには使えねえと思うんだが」
「このガントレットの内側を見るといい」
そう言って、ラドニスは表面の装甲を取り外す。
すると、その中には複雑な術式の組み込まれた部品が無数に組み合わさっていた。
「これは鋼の腕という義手の魔道具だ。これに魔力を通せば、自分の腕と同じような感覚で動かすことが出来るのだよ」
「ってことは、こいつをアインに付ければ、今までみたいに槍が振るえるってことか」
マシブはアインに視線を向ける。
再び槍が振るえるのであれば、今後の旅が随分と楽になることだろう。
だが、ラドニスは首を振る。
「鋼の腕はある程度の戦闘にも耐えられるが、今の君たちが求める水準にはとても満たないだろう。何か強大な魔力を有した核となる素材があればいいのだが」
それは並の冒険者にとっては十分すぎる代物だ。
鋼の腕の強度や出力は屈強な戦士を前にしても引けを取らない。
しかし、それだけではアインたちの戦いには不足していた。
マシブはそれを聞くと、笑みを浮かべて素材を取り出す。
赤竜の王の牙、爪、鱗。
そして、竜核と黒鎖魔晶。
「これは、随分と見事な……。どれほどの竜を倒せば、この素材が手に入るのか」
「赤竜の王を倒したんだ」
「かの偉大な巨竜をか。なるほど、確かにこれは……」
ラドニスは赤竜の王の素材を観察する。
そして、各部位の中から思念を読み取っていく。
「……ふむ」
そして一通りを見終えると、ラドニスは素材を机に置いた。
彼の中には既に魔道具の設計図が組み上がっているらしく、その場で紙に手早くイメージを纏めていく。
ある程度の所まで書き上げると、ラドニスは一度筆を置いた。
「これだけの素材があれば、それこそ神器とも呼べる武具が出来るだろう。特にこの竜核と魔石は、私でも見たことがないほどのものだよ」
「神器……」
様々な伝承に伝わる、人知を超えた伝説の武具。
その力は神々へ傷を与えられるほどの代物。
それを手にした歴史上の人物たちは、善悪問わず大きなことを成し遂げている。
赤竜の王の素材を基にすれば、神器に比肩するほどの武具が生み出せるかもしれないという。
鋼の腕と新たな槍。
これを手にすれば、これまでよりも遥かに強くなれることだろう。
思い出すのは、オルティアナと出会った夜のこと。
彼女は急がなければ道が途絶えると言った。
その元凶となるものについては触れられなかったが、いずれアインに死を齎すほどの危機が迫るのは定められた運命。
力を得なければ、この先に待っているのは死だ。
アインは赤竜の王の素材に視線を向ける。
それは、この世界に存在する魔物の中でも最上級の存在だ。
かの偉大な巨竜の力を引き出せるのであれば、死を跳ね除けるだけの力を得られることだろう。
ここから先に待っているのは人外の領域。
アインが知る限りでは、そこに辿り着いている人物は二人のみ。
神父ヴァルター・アトラスと、枢機卿アイゼルネ・ユングフラウ。
彼らとも対等に渡り合える日が来るかもしれない。
「武具については任されよう。魔導技師ラドニス・フォン・ヘンゼの名に懸けて、最高の代物を作ることを約束する」
ラドニスは真剣な表情で誓った。
彼の腕を以てすれば、素材の力を最大限に引き出すことが出来るだろう。
だが、と彼は続ける。
「問題は対価に関してなのだが……。今、この里で起きていることについてはどこまで聞いているかね?」
「里が邪教徒に襲撃されているとだけ」
「ふむ、そうか。であれば、私の姪……ミレシアの話を聞いてやってほしい。いずれにしても、此度の魔道具を作成するには時間がかかる。君たちにとっては直接関わりのないことかもしれないが、この里を邪教徒の手から守ってもらいたいのだよ」
武具の対価は里を守ること。
ラドニスはそれ以上の要求はしなかった。
それだけ、この里が彼にとって大切な場所なのだろう。
アインとしても、里を守ることで再び槍が振るえるのであれば断る理由が無かった。
ミレシアに関してはまだ信用できると判断したわけではないが、少なくとも武具が出来るまでの間くらいは協力しても良いだろう。
「分かった。それくらいでいいなら、私も協力させてもらう」
「アインが良いなら、俺も異論はねえ」
「助かる。それでは、さっそく魔道具の制作に取り掛かるとしよう」
そう言うと、ラドニスは赤竜の王の素材を工房に運び込んでいった。
彼が去った後、少ししてミレシアが家の中に入って来た。
満足げな表情を浮かべているあたり、三人の会話を聞いていたのだろう。
「さて、貴方達には色々と話すべきことがあるのだけれど……。先に、互いの実力を把握するために手合わせとでもいこうかしら?」
ミレシアはそう言って、自信に満ちた笑みを浮かべた。