101話 エルフの族長
「――なんと、ラドニス様のご知り合いの方だったのですね」
エルフ族の男性が驚いたように声を上げる。
レスターと名乗った彼は、エルフ族の狩人の一人らしい。
見回りをしていたところに偶然アイン達の姿を見つけたため、慌ててホーンウルフを差し向けたとのことだった。
「ラドニス……様?」
マシブが首を傾げる。
確かにラドニスは魔導技師としての腕も高く尊敬できる男だったが、様をつけるほどだろうかと疑問に思っていた。
「ええ、そうです。あの方はヘンゼの血を引く、エルフ族の中でも高貴な方なのですよ」
「あいつがか? シュミットにいた頃は、そんな話は一度も聞かなかったんだがな」
どうやら、マシブの知るラドニスとエルフ族の里でのラドニスには認識に差があるらしい。
迂闊に失礼な発言をすれば、ラドニス本人はともかく、周囲のエルフ族が黙っていないだろう。
マシブは気を付けておくべきかと思いつつ、レスターに視線を戻す。
「邪教徒から襲撃を受けているって言ってたけどよ。その目的とか、敵の規模とかは分かってんのか?」
「いえ、それが全く分からないんです。つい最近、唐突に現れた彼らが里を襲撃し始めて……」
邪教徒については、エルフ族の里でも把握しかねているらしい。
短期間に何度も襲撃が続いており、里の戦力も徐々に疲弊してきている。
このままではまずい、といった時にアイン達が到着したのだった。
「着きました。ここが我々の里です」
足を踏み入れると、途端に霧が晴れた。
視界に入って来たのは、自然に囲まれた幻想的な里の光景だった。
アインも思わず感嘆の溜息を漏らす。
彼女の故郷も自然に囲まれた美しい場所だったが、エルフ族の里は神秘的な美しさを讃えていた。
行き交う人々も皆がエルフ族で、その作り物めいた容姿も相まって余計に神秘的に見えた。
「おい、レスター。この人間は何者だ?」
三人に気付いた里のエルフたちが警戒した様子で集まってきた。
中には武器を構えている者もいたが、それも仕方の無いことだろう。
それほどまでに、邪教徒の襲撃で里全体が殺気立っているのだ。
「この方たちはラドニス様のご知り合いの方です。用があって、エルフの里を訪れたと」
「信じられんな。まさか、邪教徒を里に招き入れようとはしていないだろうな?」
「僕はそんなことしませんって! ねえ?」
レスターが振り返るが、この場でアインとマシブが何を言っても無意味だろう。
敵対したいわけではないのだと言って通用する相手とは思えない。
物分かりが良いレスターがむしろ変わり者なのだろう。
じりじりとにじり寄ってくるエルフたちを見て、さすがに不味いかもしれないと思い、マシブがアインに視線を向ける。
だが、アインの視線はエルフたちのさらに奥へと向けられていた。
「何をやっているのかしら?」
艶やかな金髪を風に靡かせて、一人の少女が歩いてきた。
その腰には美しい装飾の施された剣を帯びている。
他のエルフたちよりも明らかに別格の存在感を放つ彼女を見て、アインは愉しそうに笑みを浮かべた。
「これはミレシア様。レスターが怪しげな人間を連れてきたものですから、邪教徒ではないかと疑って……」
「なら、安心しなさい。少なくともあの二人は邪教徒の仲間ではないわ」
邪教徒の仲間ではないと断言するミレシアに、里のエルフたちが訝しげにアイン達を見る。
なぜ一目見ただけでわかるのか、と聞きたそうな表情だった。
それに答えるように、ミレシアが言葉を続ける。
「貴方達が今生きていることが何よりの証明じゃないかしら?」
「何を言っているのですか。相手は片腕が無い少女と、もう一人の男は屈強そうに見えますが……しかし、この数でかかれば」
「はあ……本当に、邪教徒でなくて良かったわね。力量を見誤っている時点で勝機は無いもの」
ミレシアは呆れたように肩を竦める。
どこまで正確かは分からないが、アイン達の力量を把握しているのだろう。
その佇まいから、ミレシア自身もかなりの手練れであることは察することが出来た。
「貴方達は持ち場に戻りなさい。本当に邪教徒が襲撃してきた時に、今回みたいにならないように気を付けなさい」
ミレシアの命令に、エルフたちは落ち込んだ様子で去っていった。
彼女の物言いは随分と厳しいものだったが、彼らは素直に受け止めているようだった。
「レスター、貴方はこの二人の宿を用意しなさい」
「わ、分かりましたっ」
レスターもミレシアの指示に従って駆けていく。
そして、この場にはアインとマシブ、ミレシアの三人だけが残った。
「さて、一応自己紹介をしておくわね。あたしはミレシア・フラウ・ヘンゼ。この里を治めるヘンゼの血筋の末裔よ」
それを聞いて、マシブは驚いたようにミレシアの顔を見つめる。
見た目はアインと大差ないくらいの少女が、エルフ族の里を治めているというのだ。
「……言っておくけれど、あたしは貴方よりもずっと長く生きているのよ?」
「ま、マジかよ」
心を見透かされたようで、マシブは気まずそうに頬を掻いた。
やりづらい相手だと思いつつ、自分たちも自己紹介をする。
「俺はマシブ。で、こっちがアインだ」
「アイン、ね……」
ミレシアはどこか熱っぽい視線をアインに向ける。
どこかで見たことがあるような表情だったが、アインはすぐにそれを思い出すことは出来なかった。
自己紹介を終えると、マシブは思い出したようにミレシアに尋ねる。
「そういや、俺たちはラドニスに会いに来たんだ。あいつの家まで案内してくれねえか?」
「構わないわよ。まあ、どちらにしても行き先は変わらないのだけれど」
ミレシアは歩き出そうとして、ふとアインに振り返った。
「貴女、魔紋は疼くかしら?」
「――ッ!?」
その言葉に、アインとマシブは警戒を強める。
黒鎖魔紋の事は話していないというのに、アインが邪神の寵愛を受けていることに勘付いているのだ。
場合によっては、口封じのために殺さなくてはならない。
二人から強烈な殺気に当てられているというのに、彼女は特に気圧されるような様子も無かった。
そして、ミレシアは手をひらひらと振って否定する。
「別に黒鎖魔紋を持っていたからといってどうこうするわけじゃないわ。ただ、里に滞在している時に災禍の日が来たら面倒だもの」
「……なんで気付けたの?」
「私の血筋は特殊なのよ。話すと長くなるから、そのことについては家についてから話すわね」
そう言って、ミレシアは歩き出した。
まだ彼女を信じるには早いかもしれないが、アインはミレシアに興味を抱いていた。
それは、特殊な血筋の方ではない。
先ほどミレシアが見せた表情。
それはかつて、ガルディアでの戦役の際に見た『剣帝』イザベルと同じ、戦いに生きる者の眼差しだった。