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ザクロフィリア‼︎  作者: 琴璃
第1章 柘榴は紅い
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第6話 医者と双子

 美咲希の肩にのしかかるようにして、パタリと動かなくなった尚希の背中を軽く二度叩く。


「大丈夫?尚希?」

背中が少し湿っている。汗をかいてるようだ。しかし、室温はそこまで高くない。すると、尚希がぼそりと呟いた。


「腹……痛い……」


尚希を起こして、額に手を置く。同じく汗をかいてるようでしっとりとしていた。美咲希は対処法を考えていると、電話の着信音が鳴り響く。尚希のスマートフォンだ。画面には『先生』とだけ表示されていた。


「どうする?」


美咲希の問いかけに尚希は絞り出した声で答えた。


「……出て……代わりに」


美咲希は尚希を寝かせ、スマートフォンをコードから抜き取る。そして、緑の表示にタップした。


「もしもし」


相手が見知らぬ女子だったせいか、相手は素っ頓狂な声を上げると話し始めた。


『あれぇ?もしかして、ボク、間違えちゃいましたぁ?確か……柘榴くんの番号だったよねぇ?あっちゃー……朝早くにすんません』


声で判断するに四十代の男性と言ったところか。


「いえ、間違ってませんよ」

『あれれぇ?じゃあ、いつから“柘榴くん”は“柘榴ちゃん”になったんだい?』

「申し遅れました。すみません。私、“柘榴くん”でも“柘榴ちゃん”でもなくて、彼の代理のものです」


相手は妙に納得したようだ。


『あーはいはい、なるほどねぇ。じゃあ、柘榴くんに伝言頼んでもいいかなぁ?』

「はい、わかりました」

『点滴打つって言ってから一ヶ月以上経っちゃってるんで早く来いって。お願いしますねぇ』


その言葉に美咲希はピクリと反応する。


「もしかして……お医者さんですか?」

『え?あ、まぁ…そんなとこですかねぇ。どうかしましたかぁ?』

「実は今、なおっ…」


尚希という本名を滑らせそうになり、美咲希は慌てて言い直す。


「柘榴さんが体調を腹痛を訴えてて…どうすればいいんでしょうか?」

『腹痛の他に何か気になることはありますぅ?』

「熱っぽい感じはあります」


電話越しに深いため息が聞こえる。


『あー、わかりましたぁ。とにかく、そちらにボクが向かいますんでぇ、住所と電話番号教えていただいていいですかぁ?』

「はい、えっと住所は--



 伝言を伝えると、“先生”が到着する前までに全ての支度を終えるため美咲希は急いで自分の朝食の支度をし始めた。と言っても、料理は苦手分野である。そのため、結局食卓にはお茶漬けと市販のソーセージをレンジで温めたものにプチトマトというアンバランスなメニューが並んでいた。それらを急いで、胃に押し込む。空になった食器類は片付けずにキッチンの流しに置いて、シャワーを浴びシャンプー、コンディショナー、ボディソープでしっかりと洗った後、制服へと着替える。そして、また駆け足でリビングに戻り、食器類の片付けをする。次に歯を磨き、顔を洗う。この全てを終えた頃には既に五時半になっていた。そこでインターフォンが鳴る。あまりのタイミングの良さに美咲希はひとりでこっそり親指を立てた程だった。



 黒のリストバンドを付けてから呼吸を整え、扉を開ける。すると、ひとりの中年男性が立っていた。ボサボサで不揃いな髪は後ろにまとめられ、無造作に生え散らかした無精髭に草臥れた白衣、踵の踏まれた革靴といった格好だ。顔色もあまりよくなく、寝不足気味なのか深い隈がこびりついている。そして、ズレ落ちそうな大きな眼鏡をクイっと上げた。そんな彼は少し目を見開いていた。


「朝早くにすんませんって…あれあれぇ?もしかして、あの電話って学生さんだったのぉ?いやぁ、参ったなぁ。しっかりしてる人だったから、少なくとも成人してる人だと思ってましたよ」

「ありがとうございます」

「あ、はじめましてぇ。医者の籔井 診助ですぅ」


そう言って、差し伸べられた右手を美咲希は握った。


「はじめまして。卯城 美咲希です。なっ…柘榴さんは奥にいます」


また言い間違えそうになる自分を恥じながら、“先生”を案内した。



 ドアをノックする。

「先生、来たよ」

「ありが……とう」


美咲希がドアノブに手をかけ、開けてやると診助はずかずかと入っていく。美咲希も後に続いた。


「せん……せぇ……」

ベッドには芋虫のようになりながらまるくなっている尚希を見て、診助は笑った。


「どうせ、また生のまま食べたんだろぉ?いつも言ってるじゃあないか、『生肉は食うな』って」

「だって……前は大丈夫だったから、今月も大丈夫かなって……」


尚希は弱々しく答えつつ、シーツを強く握り締めている。相当痛いらしい。診助はそんな彼に言葉を次々と飛ばした。


「それにまた点滴打ちに来てないしさぁ……。わかってはいるだろうけど、柘榴くんはあくまで“人間ヒト”なんだからぁ。あんまり肉ばかり食べてたら、身体壊すに決まってるでしょ。それにね、毎日ビタミン剤ちゃんと飲んでる?柘榴くんの場合、点滴だけじゃビタミン不足だから、毎日飲めって言ったよね?錠剤が嫌だなんて言い訳はもう聞かないから。あ、そうそう、点滴用の針も柘榴くんのためだけにさらに細い最新の針を用意したんだから、針が痛いだなんてまた言ったら承知しないからね」


言いたいことを全て言い終え、スッキリしたのか診助の血色が良くなったようにも見える。そして、満足そうに微笑むと唸る尚希をひょいと持ち上げた。


「じゃ、ボクはこいつを病院に運んで治療するのでぇ。卯城さんは学校に行ってもいいですからねぇ。ではではぁ〜」


そう言って、ひらひらと手を振ると去ろうとする診助を美咲希は止める。


「あ、待ってください」

「なんですか?」

「まだ時間はあるんで、私も同行してもいいですか?」

「学校は何時から?」

「八時です」

「あれ、学校はどこ?」

「私立の桜木学園中学です」

「あれれれれ、そこ結構優秀なところじゃないですか?スゴいですねぇ、卯城さん。ボクの病院からだったら…そうだなぁ…15分っていったところですかねぇ。じゃあ、そろそろ出発しますか」

「はい」



 診助の病院は大凡病院とは言えるようなものではなく、言うなればマンションの一室を病院と呼んでいる。といった雰囲気だ。診助は先に中へ入り、尚希を奥に運び、何やら準備をしているようだ。続けて、美咲希が中に入り、扉を閉めると目の前にはふたりの子どもが立っていた。


「いらっしゃいませー(笑)」

「いらっしゃいませー(泣)」


ひとりはツインテールに満面の笑みが特徴的な女の子。もうひとりは綺麗に揃えられたマッシュルームヘアに今にも泣きそうな表情が特徴的な男の子である。


「柘榴お兄様の許嫁かしら?(笑)」

「ううん、きっと柘榴兄ちゃんの非常食さ(泣)」


女の子はクスクスと笑い、男の子は静かに涙を流した。


「えっと……」

美咲希が反応に困っていると、診助が戻ってきた。そして、待合室らしき場所に設置されたソファへ白衣を投げ、ふたりを簡単に紹介した。


「双子なんです。女の子の方が手塚 朱。男の子の方が足利 葵」

「よろしくお願いしまーす(笑)」

「よろしくお願いしまーす(泣)」


そこで美咲希は素朴な疑問を覚える。


「あれ?でも、苗字が…」


その質問に診助は苦そうに笑う。


「あー、それはねぇ…」


すると、朱から口を開いた。


「パパとママはバラバラになったの(笑)」


続いて、葵が話し出す。


「僕たちも離れ離れになっちゃった(泣)」

「だから、ママは殺したわ!(笑)」

「だから、パパを殺しちゃった(泣)」

「私、ママのお手手とお友達になったの!(笑)」

「僕、パパの足を切り落とした(泣)」

「「だから、もう寂しくない(笑泣)」」


それだけ言い残すと、そのままドアの向こう側へと駆けて行った。ランドセルを背負っているところから察するに今から登校するのだろう。


「行ってきまーす(笑)」

「行ってきまーす(泣)」


深いため息を吐きながら、診助は力なく手を振り、送り出した。


「行ってらっしゃい」


双子の姿が見えなくなると、美咲希は診助に訊いた。


「つまり、朱ちゃんと葵くんはご両親が離婚をして朱ちゃんはお母様に、葵くんはお父様に引き取られたが、その後それぞれがご両親を殺害してしまった。ということですか?」


ソファの背にもたれながら、診助は眼鏡を白衣の裾で拭き始める。


「そうそう、だから苗字が違うままなんだよねぇ」

「では、なぜふたりはここに?」

「あー、それは毎朝ボクのところに来て、悪戯してから登校するのが日課だからですよぉ。迷惑な話なんだけどねぇ」


そう言って、診助は眼鏡をかけ直すと腕時計を見た。


「今日は柘榴くんを安静にさせておきたいから、帰りにでも寄ってくださいよ。って言っても場所、わからないんだよねぇ。やっぱり、いいや。ボクが迎えに行くんでぇ、何時くらいに終わりそうですか?」

「三時半ぐらいには」

「了解でぇす。じゃ、行きましょっか」


もう一度白衣を着ると診助は机の上を漁る。しかし、目的のものがないらしい。その場でウロウロしつつ、白衣のポケットに手を突っ込む。するとそこから車の鍵が出てきた。


「『今日の悪戯』ってとこですかねぇ」


と言って、ズレ落ちた眼鏡を上げながらにんまりと笑った。

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