Ⅵ
俺は黒犬が辿った軌跡を遡る。未来を視るのは難しいが、過去を視るのはさほど難しくない。幾つも分岐する不確かな鎖を辿るよりも、過去は一つしかないから。
辿って行くと、おかしなところを見つける。そこの部分だけ、意図して切り取られたようなところがある。俺はその部分を視る。
『分かりました』
黒犬は誰かと話している。
『そうですかあ。今回は少し疲れてしまったので、2,3日は滞在するつもりですう。気が乗った時でも、お父さんと一緒に来て下さいねえ』
黒犬の視線には灰色の髪を持った眼鏡をした男性。この男が黒犬の記憶を奪ったのだろうか?その男の言葉だけ切り取る。
『そうですかあ。あっちの方では黒の集落は滅んだと聞いていたのですが、生き残りがいるとは嬉しい話ですねえ。私もそっちの方の出身なんですよお。母が黒の一族で、父が白の一族なんですう。会ってみたいものですねえ』
黒の一族?白の一族?何の話だろうか?
『そう言えば、髪も目も黒とは珍しいですねえ。貴方は東方からの移民ですかあ?』
そう言えば、黒髪黒眼の一族が東方の国にあり、剣術に秀でた集落だったと、聖焔から聞いたことがある。もしかしたら、黒犬のお父さんはその男の言う黒の一族出なのかもしれない。
『それは助かりますねえ。綺麗な青い髪に青い目をした娘ですう。歳は貴方より少し下くらいですかねえ。見つけたら、教えてくれると助かりますねえ』
『大丈夫ですよお。彼女は猫みたいに気まぐれですから、忘れた頃に帰って来ますからあ。それに、村を一回りしてみますしい』
『あれえ?さっきまで、一緒に来たはずなんですがあ。何処に行ってしまったのでしょうかねえ?』
どうやら、その男はもう一人連れがいるらしい。それに、青髪青眼?別に珍しくはないが、引っ掛かる。
『怖い顔をしないで下さいよお。私は東陣共和国から王都に向かう途中なんですよお。一っ飛びと言うのは面白みが欠けますからねえ。相棒と一緒に徒歩旅行をしている最中なんですよお』
東陣共和国?一度だけ聞いたことがある。彼女はあそこで実験動物のような扱いを受けていた、と。偶然であって欲しい。
『観光気分はありますが、観光と言うわけじゃないんですよお。私は考古学者でしてねえ。主に、古代文明や魔力生命体について調べているんですよお』
『おや?珍しい生き物を持っていますねえ』
そこでまた不自然な切れ目が出来ている。俺はもう一度戻り、その後を追えないか試みるが、そっちの方は綺麗に足跡を消している。それなら、その男の過去を辿るか。何かヒントがあるかもしれない。
俺は鎖に絡んでいるも一本の鎖を辿る。こっちからは辿れそうだ。
『と言うわけですから、少し待機していて下さいねえ。貴女の姿で、あちらさんにばれるのは不本意ですからあ。では、様子見に行ってきますねえ』
その男は誰かと話しているようである。どうやら、その人物が彼の連れだと言うことは分かる。だが、フードを深く被っているので、どんな容姿をしているかまではわからない。
『彼女の娘など興味が湧かないのですがねえ。もうサンプルは取ってありますし。彼がアレに拘るから仕方ないのですがあ。私としては黒犬とその精霊、後は黒犬の父親ですかあ?あれらは興味をそそられますねえ。特に、人間と自然が絶妙なバランスで産まれた黒犬こそが真の神様が天から寄こした贈り物と言えるでしょう。是非とも、彼の身体を調べたいものですう』
『あの女は隣国に逃げただけでなく、教会の執行者のトップに取り入るとはとんでもないことをしてくれますねえ。私としてはああいった化け物集団とはあまり関わりたくないのですがねえ。娘の方も無能男爵がちゃんと仕事をしてくれたら、こんな面倒なことにならずに済んだものお』
彼の言葉に、俺は凍り付くことしかできなかった。やはり、この男はあの一件に関わりがあった。そして、彼女を苦しめただけでは飽き足らず、あの子まで苦しめるつもりか。そして、あの子にとって大事な少年にも牙を向けている。あの子達だけは守らなければならない。そうしないと、この国、いや、世界に破滅が訪れる。
あともう少し遡ろうとするが、俺の意識は朦朧とする。ここまでか。俺の意識は暗転する。
***
あの後、俺は昼食を食べ、ベッドの上で横になる。スノウは俺の横で夢の世界に旅立っている。
ふと、青い鳥の両親はどんな人なんだろうと思った。青い鳥の特異体質を見て、普通の人ではないと思う。だが、青い鳥の性格を見ると、両親のどちらに似たか知らないが、不思議な魅力を持った素敵な人ではないかと思ってしまう。
どうして、青い鳥を施設に預けたのだろうか?青い鳥は覚えていないと言っていたが、預けなくてはいけない理由があったのではないか?
「………変な顔をしています」
青い鳥の顔がどアップで視界に入ってくる。
「お前はどうして、気配を消して、ここにやってくるんだよ!?将来、お前は暗殺者になるつもりか?」
「酷いです。貴方のことを心配してやってきました。それに、私は暗殺者より、忍者の方がなりたいです」
「それはいいが、にんじゃ?なんだ、それ?」
「東方に、隠密任務をする集落がいくつかあったそうです。そう言った人達を忍者と言います。女の忍者をくの一と言うそうです。くの一の衣装がとても可愛いです」
「なるほど。お前はその衣装が着たい為に、それになりたいと」
「その通りです。ですが、白虎さんと忍者談義で意見が合いません」
こいつは不服そうに言う。こいつのくの一になりたい願望はいい。そこに、白虎さんが出てくるのかがおかしい。白虎さんは親父の古い知り合いであり、喫茶店のマスターだ。忍者ではない。
「何で、白虎さんとそんな談義をする必要があるんだ?」
そして、意見が合わないと、何になる?
「そんなの決まっています。彼は忍者の里の出身です。確か、甲賀流だったと思います。一人の主の為に尽くす健気な流派です。その流派は好感が持てます。別名、白の一族と言われていたようです。ちなみに、ゲンおじさんは剣士の集落出身で、黒の一族と言われています」
その言葉を聞いた時、何処かで聞いたことがあるような気がした。親父から聞いたことがあったのだろうか?
「………お前は親父がその黒の一族の出だと知っていたから、剣術を施して欲しいと言ったのか?」
「勿論です。あの一族はそっちの国で襲撃を受け、滅ぼされました。純血の黒の一族は彼一人です。彼が三人も生んだのは自分の一族の血を残そうとしたのかもしれません」
あの親父はそんなこと考えているはずがない。三人の子供を設けたのは娘を産むためではないのだろうか?だが、三人産んで、三人男だった。四人目を産むのは体力的に辛いから諦めたと言うことだろう。
もし親父がその血脈を紡いでいこうとしているのなら、息子達に剣術を身につけるなり、教えを乞いたいと言って来た青い鳥に教え込むなりするはずだ。それをしていない時点で、親父は黒の一族の技術や誇りを次世代に繋げる気などない。そもそも、青い鳥はとにかく、息子達の中で、剣術がまともに扱えそうな奴はエン一人だけだ。俺は剣を折りまくり、レンは剣を握らせると、何をしでかすか分からない。果たして、そんな俺達を見て、何人が剣術に長けている一族だと思うか。
「話はそれました。白虎さんは優秀な忍者です。暗器の扱いもですが、諜報や薬の調合も中々のものです。東陣共和国で、諜報機関に属しており、私達の国の崩壊の一歩手前まで追い詰めたのは何を隠そう彼です」
青い鳥の口から爆弾発言が投下される。ちょっと待て。あの人、喫茶店のマスターじゃないのか?
「そんなはずがありません。ゲンおじさんがただの不良親父ではないように、彼もただの不良親父のはずがありません。ぶっちゃけて言いますと、私の情報は彼から買ったものが多いです」
今度、情報を買う時は一緒にお願いします、とこいつは言う。ちょっと待て。お前、あの時、初めて会ったのではなかったのか?
「顔を見るのは初めてです。私の知り合いの情報屋さんを仲介して、彼から買っていました。再生人形や帝王なんかは彼から買いました」
彼は優秀な分、金を取れるだけ取ります、とこいつは不満そうに言う。俺から言わせれば、白虎さんの裏の顔を知りたくなかった。自分の胸の中にそっと仕舞って欲しかった。
「………白虎さんがこの国を崩壊させようとしていたのが事実だったら、それを食い止めたのは誰だ?」
黒龍さんと教会が手を組み、王を暗殺した為、最悪のシナリオは免れた。黒龍さんが気付いたのかと思うが、あの人は姫さえ助かれば、他はどうでもいいと思っているような人だ。国が滅んで、哀れな姿で、先代が磔にされてもよかったのではないのか?あの人とエイル三世陛下がいれば、姫と一緒に何処かに消えることもできた。
なら、それに手を打ったのは誰だ?
「白虎さんはかなりのキレ者です。ですが、幸運にも、私達の国にも、キレ者がいました。白虎さんのシナリオに気づき、彼は重い腰をあげて、行動しました。白虎さんと互角に謀略ごっこできるのは世界広しとは言え、彼一人です」
「………その人が聖焔か」
教会がどうして、この国を救ったのかは気になるが、彼は執行者のトップだ。彼の命令ならば、断罪天使や鏡の中の支配者が動いていたのも理解できる。再生人形を投入すると言う情報は白虎さんにそっちの国に攻撃すると思わせる為のカモフラージュだろう。
魔法の腕だけでなく、戦略にも長けているのか。本当に、雲の上の人だな。
「そうです。聖焔は何を考えているか分かりません。分かりたくもありませんが、最近、彼は重い腰をあげて、行動し始めていると言う噂を聞きます。ゲンおじさんをシメれば、何か出てくるかもしれませんが、あの超人おじさん相手にそんなことできるはずがありません」
私の周りのおじさんは何でこうも化け物ばかりなんでしょうか、とこいつは呆れた様子を見せる。
白虎さん、黒龍さん、親父、聖焔。俺達の知っているおじさん達は恐ろしい。ほとんどのおじさんは実力未知数なので、それが余計に恐ろしい。
「確かにそうだが、何で、親父をしめれば、聖焔の行動が分かるんだ?」
親父と聖焔の関係性なんてないはずだ。
「逆に問いますが、殺戮王とお知り合いであるゲンおじさんが執行者と無関係と言えますか?」
殺戮王とはこいつや帝王、そして、エイル三世陛下の剣の師匠であり、トップクラスの剣士だったようだ。只今、剣の精霊さんに転職をしたそうだが。ここが一番重要なことだが、当時、8歳だった青い鳥を夜這いしたり、親父のことを夢に出てしまうほど愛していたりするかなりの危険人物だ。
確か、親父は青い鳥と同名の少女の護衛している最中に、殺戮王と出会ったそうだ。それを考えても、親父、特に、青い鳥と呼ばれた少女と執行者に何か関係があると考えてもおかしくない。その過程で、親父が聖焔と知り合ってもおかしくないかもしれない。
「アル一人でここまで来ることなんて不可能です。断罪天使達に聞いたことなのですが、昨日、鏡の中の支配者はお仕事でコンビクトにいなかったそうです」
それを訊いて、こいつの言いたいことは分かる。アルは魔法を習っていないので、空間魔法は使えないし、あの身体で使えるはずがないので、一緒に空間魔法を使える人がいるはずだ。アルの存在は教会の中でもトップシークレットに分類されているので、ここまで連れてくることができる人は限られる。断罪天使、そして、帝王は空間魔法を使えないので、除外するにして、空間魔法を使える鏡の中の支配者は任務中。しかも、お袋の話によると、親父が連れてきたそうだ。まだ姿も存在も不明なNO2が連れてきたという線もある。だが、青い鳥は断定している。青い鳥は詳しくは言わないが、親父と聖焔は青い鳥と同名の少女の件で知り合い、何かがあった。
「何を隠そう、スノウの寝どこに封印を施したのは聖焔です」
「そうなのか?」
俺は思わずスノウを見る。寝ているはずなので、訊いても、答えが返ってくるはずがない。だが、スノウの寝帰りが不自然だ。こいつ、寝たふりしてやがる。違うのなら、起きて、否定すればいいものを、こいつは寝たふりをしている。つまり、それは肯定と捉えていいだろう。
まさか、スノウまで聖焔とお知り合いとは思わなかった。もしかしたら、スノウや親父が言っていた精霊は聖焔のところの人工精霊さんのことを言っていたのかもしれない。
スノウはとにかく、親父は聖焔のことを知っている。とは言え、あの親父のことだから、訊いても、答えてくれない。
「アルは聖焔の命令、そうでなくとも、聖焔の許可あって、ここにいます。そして、わざわざ聖焔が送り迎えをしてあげているところもおかしいです。この国で何か起ころうとしているのです。貴方に魔法をかけたのも、私達に対する先制布告です。今こそ、私達の出番です」
そこへ行くわけか。こいつは周りに敏感の癖に、自分に対しては鈍感過ぎる。この国が何か起きようとしているのはあっているにしても、その中心人物に自分がいるかもしれないとは思っていない。自分のことが鈍感なので、他があっていても、迷推理に聴こえてしまう。
「はいはい。で、俺達の出番だとして、何をするんだ?」
「そんなの決まっています。貴方に魔法を掛けた悪い人を捕まえて、何をしようとしているか、吐かせます」
こいつは当然のように言ってくる。俺はとにかく、スノウまであっさり魔法を掛けてしまうほどの人物だぞ。俺達だけで、どうにかなる相手ではないだろう。
「分かっています。今回は断罪天使とカニスもいます」
断罪天使はとにかく、カニスまでも参戦させるつもりか。カニスは帝王との鬼ごっこで、エネルギー切れとなっており、爆睡中だ。だが、彼は青い鳥にゾッコンラヴだ。青い鳥のお願いなら、何でもやりそうだ。
断罪天使はお人好しなところがあるので、頼めば、付き合ってくれそうな気がする。カニスがすると言えば、付いて行くしかないが。
「俺は魔力が少ないし、体調もそんなに良くないぞ」
「貴方は私がボロボロな状態の貴方を酷使する悪女だと思っているのですか?」
その通りだろう。こいつは俺がボロボロになるまで連れ回している。それを言ったら、間違いなく、青い鳥さんの剣の餌食になるのでやめよう。
「今日もアルに魔法を掛けるだろうと思いますから、午前中に体調を万全にしておいて下さい」
青い鳥はそれだけ言って、嵐の如くにいなくなる。恐らく、孤高の狼王に応援を頼むのだろう。孤高の狼王は強いが、俺が魔法を掛けた人物は得体が知れない。そんな相手で、勝てるのか?
「悪者退治か。面白そうだね」
青い鳥と入れ替わるように、アルが入ってくる。
「面白いも糞もあるか。得体の知れない相手を探しに行くんだぞ?と言うか、何の情報も分かっていないのに、あいつはどうやって捜しに行くつもりだ?」
虱潰しで探すつもりか?
「俺も悪者退治を手伝いたいけど、できそうにないからね。そうだ。その人物の特徴だけでも調べようか?」
彼がそんなことを言ってくる。
「そんなことできるのか?」
その人物を退治するか別にして、その人物のことは知りたい。その人物さえ特定できれば、情報屋らしい白虎さんに頼んで、その人物が何者か調べられるかもしれない。その人物が最近の事件に係わりがあるのか。青い鳥を殺そうとしている連中なのか。
「できるよ。でも、これは内緒にしてくれれば嬉しいな」
これを使ったことが聖焔にばれると、怒られるから、と俺に言う。
「シロちゃんも、今回だけは見逃してね」
アルがそう言うと、シロちゃんは姿を現し、困った表情を浮かべる。それはそうだろう。おそらく、シロちゃんはアルの監視役の為にいるらしいから。
「じゃあ、ちょっと失礼」
彼は俺の額に触ると、目を瞑る。彼が何をしているのか分からないが、もしかしたら、それが彼の特異能力なのかもしれない。
しばらくじっとしていると、アルに異変が起きた。
「………う」
急に苦しみ出し、彼はバタンと倒れる。
「アル!!」
彼はこのままにして置くと、二度と目を覚まさないと言っていた。このまま放置すると、間違いなく、天に召される。
「スノウ、力を貸せ!!」
俺がそう叫ぶと、スノウは俺に憑依する。素早くあの魔法を展開する。彼がいつでも起きれるように書き換える。すると、彼はすうすうと寝息を立てる。
「………ふう」
本当に、彼は爆弾息子だ。彼を見ていると、冷や冷やする。
―本当だね。だけど、嫌いじゃないでしょ、そう言う人?―
嫌いではない。俺のところにも彼に似た爆弾娘がいる。あいつと彼は全然容姿が似ていないが、兄妹ではないかと思う時がある。あいつの話によると、一度しか会ったことがないはずなのに。
俺は彼の寝顔を見る。
もしかしたら、あいつは一度会っただけでも、かなりの影響力があるのかもしれない。