Ⅴ
俺の夢が現実になる日が来た。俺の家にたくさんの人が襲撃してきた。だけど、不幸にも彼の不在時だった。彼女は俺に寝ているあの子を渡す。
『 を連れて、逃げなさい』
『そしたら、 が』
彼女はそれなりに戦えるとは言え、戦闘訓練を受けたわけでもないし、そもそも、たくさんの人と戦って、生き残れるはずがない。
『彼らは私が目的よ。それなら、私は逃げるわけにはいけないわ』
私と彼の唯一の絆である貴方達を失くしたくないの、と彼女は言う。
『私の分まで、貴方達は生きなさい。それが貴方達の母親の最後の言葉』
行きなさい、と彼女は俺の背中を押す。俺はあの子を抱え、走った。早く彼に伝えないと、彼女が死んでしまう。
だけど、俺達の存在に気づかれ、たくさんの人に囲まれてしまう。
『………この餓鬼は何だ?検体104号の子供か』
『変異を持つモノの血をひいているのなら、青い髪と青い目を持って生まれる。その餓鬼は関係ないだろう。だが、その餓鬼が抱いている赤ん坊は子供だろう』
『銀髪の餓鬼は連れて行くのか?』
『検体104号を含めた血縁者は死なせずに連れて来いと言う命令はでているが、それ以外は何も言われていない。始末しても問題はない』
俺は何もできず、その子をギュッと抱え込むことしかできなかった。すると、我が家から大きな音が聴こえ、そこから、何かが出てきた。青い髪青い目、見覚えのある彼女の姿だった。だけど、彼女の背中には奇妙なモノが生えていた。
『私達の子供達に手を出すことは許さない』
いつもの彼女と思えないほどの気迫で、背中に生えているもので、襲撃者達を撃退して行く。
『………ば、化け物』
『怯むな。攻撃し続ければ、死ぬ』
襲撃者の一人が叫ぶと、我を失っていた襲撃者達は手に持っていた銃や魔法で攻撃していく。だけど、彼女はそんなものを気にせずに、突っ込んでいく。
『 、早く逃げなさい』
彼女は唖然としている俺に向かって叫ぶ。俺はあの子を抱えて走る。
『餓鬼共を逃がすな!!』
襲撃者達の怒声が聴こえてくる。それでも、逃げる。彼女の想いを無駄にしてはいけない。だけど、襲撃者達が撃った弾が俺の足に当たり、転んでしまう。
『………う』
痛みの所為で、走れない。早く逃げなくてはいけないのに。
襲撃者の一人は俺達に向けて、魔法を放つ。俺はあの子を庇うように覆いかぶさる。だけど、痛みはいつになっても来なかった。
『……… 、大丈夫?』
彼女の声が聴こえてきた。俺は恐る恐る見ると、彼女が背中に生えた翼のようなものを広げ、守っていた。
『………お、お母さん』
『泣きそうな顔をしないの。 は男の子なんだから、泣いちゃ駄目よ』
彼女は悪戯ぽく笑う。すると、あの子は起きて、彼女を見た。
『おかーさん?』
あの子はボロボロになった彼女を不思議そうに見る。
『あら。貴女にはこんな姿を見せたくなかったのにね。もう、私は無理みたい。 、この子を連れて逃げなさい』
『おかーさん、も、にげないの?』
あの子はどんな状況か分かっていないようで、そんなことを言ってくる。
『お母さんは一緒にいられないの。ごめんね。だけど、貴女にはお兄ちゃんがいるわ』
『おかーさん、いっしょ。はなれるのいや』
あの子は泣きじゃくる。
『相変わらず我が儘な子ね。だけど、私の子だから仕方がないか。私は一緒に入れないけど、貴女のことをいつも見守っている。だから、泣かないの。貴女に過酷な運命を背負わせたくなかった。貴方を最後まで守れなくてごめんなさい。だけど、私は信じているわ。貴女にも白馬の王子様のような運命の人に会えるって。その人と共に、運命に打ち勝つって。だから、何があっても生きなさい』
彼女が笑いかけると、その瞬間、彼女の背中に炎の矢が刺さる。すると、彼女は地面に倒れかかる。
『おかーさん、おかーさん』
あの子は何回も呼ぶが、彼女は応えない。その間にも、魔法が俺達を襲う。この子だけでも守らなくてはいけない。俺はこの子を庇うように身体を覆う。すると、魔法は俺の背中に命中するう。
『………っくう』
その痛みに耐えられず、顔が歪む。すると、あの子は心配そうな表情で俺を見る。
『おにーちゃん、だいじょうぶ?』
『……俺は大丈夫だよ』
そう言うけど、視界はぼやける。このままでは死んでしまう。この子を置いて、死んでしまったら、この子が連中に連れて行かれる。それだけは避けなくてはいけない。
『俺がどうなろうと、 だけは守るから』
俺はあの子に笑いかける。コレだけは使うな、と彼に言われていた。この魔法は世界の摂理を曲げてしまう“禁術”だと。だけど、それを使わなければ、あの子を守れない。それなら、俺の身がどうなろうと、構わない。彼女が身体を張って俺達を守ったように、俺はあの子を守そう。その為なら、俺の命など安いものだ。
俺の身体に黒い模様が浮かぶ。
どうか、神様、俺にもう少し力を貸して下さい。
俺はどうなってもいいから、この子だけは助けて下さい。
***
「………ここは」
あの後、記憶にない。俺はスノウと散歩していて、森へ向かおうとしていた。その途中で、何かあったような気がする。だが、何だったか思い出せない。
「………スノウは?」
横を見ると、スノウが寝息を立てて、寝ていた。周りを見ると、俺の部屋である。俺はどうやって、ここに飛んだ?
そんなことを思っていると、バタンとドアが開く。その方向を見ると、青い鳥がいた。
「目を覚ましたんですか?」
青い鳥は心配そうな様子を浮かべる。
「………ああ。俺は何でここにいるんだ?」
「道端に倒れているところを、ゲンおじさんが見つけて、運んだそうです。アルから聞いたのですが、あの魔法を半日ほど使っていたとか。そんな状態で、散歩に出るから、こんなことになるんです」
青い鳥は珍しく怒っている。俺のことを思っているから、と言う事は分かる。
「………悪い」
俺は謝るが、本当にそれで倒れたのか、と疑問が残る。散歩の中で、何かあったような気がする。おじいちゃんやおばあちゃんからスノウの餌をもらった。それはいつものことだ。それではない。いつもと変わったことがあったような気がする。
「………大丈夫か?」
親父が顔を出してくる。
「………ああ。親父、俺達以外に近くに誰かいなかったか?」
俺は倒れる前に、誰かと一緒にいたような気がするが、思い出せない。気のせいなのだろうか?
「誰もいなかったが、何かあったのか?」
親父は怪訝そうに俺を見る。
―………うーん―
スノウがぼんやりとした様子で起きる。眠いのか、夢うつつ状態である。
「スノウ、大丈夫か?」
―………大丈夫?何が?―
「………散歩中寝ただろう?あの魔法で疲れたのか?」
―散歩中寝た?ボク、途中で眠くなったんだよね。何で眠くなったんだろう。散歩の時はそこまで眠くなかったはずなのに………―
スノウは言い終わらないうちに、また倒れてしまった。
スノウはどうしたのだろうか?俺も体が重い。布団が恋しい。何か、身体がおかしい。
「眠いのですか?一度寝たら、どうですか?」
「………ああ。その方がいいかもしれない」
半日、あの魔法を持続させたのがそこまで身体に負担がかかったのだろうか?
「………黒犬」
突然、親父は俺の前に座り、俺の額に手を当てると、身体が後方に吹き飛び、頭が壁に激突する。
「………うお。何しやがる!!」
俺は頭を抱え、そう叫ぶと、親父は俺の言葉を無視し、スノウにも俺にしたことと同様のことをする。
―何するのさ!?いい夢を見ていたのに―
確かに、寝ている時にそんなことされて、いいと思う奴はいない。
「………気を脳に直接流し込んだ。あっちの国でのショック療法らしい。眠気はどうだ?」
親父はそんなことを言ってくる。東陣共和国は“気”を使った技があると聞いたことがある。親父は数年ほど滞在していたので、それを知っていてもおかしくない。だが、親父がそう言ったものまで身に付けているとは知らなかった。
さっきまで、身体が重たくて仕方がなかったのに、今、それはひいている。
「あんたの所為で、引っ込んだよ」
「で、何か思い出したか?」
何か?俺は散歩中のことを思い出す。おじいちゃんたちに会った後、誰かに会った。そこまでは思いだしたが、誰だったかは思いだせない。
「………誰かに会ったのは思い出したんだが、その誰かが思い出せない」
俺はスノウを見るが、スノウも横を振る。
「………ゲンおじさん、彼らは何か特殊な魔法を掛けられたのですか?」
青い鳥がそんなことを言ってくる。誰が何の為に?
「その可能性があるな。あれでも戻せないとなると、かなり高度なものだろう。彼や黒犬がかかってしまうのだからな」
俺は魔法使いなので、魔法耐性は普通の人間よりは高いし、スノウは言わずとも分かるだろう。もしかしたら、俺の魔力が少なかったこととスノウの疲労があった所為もあるのかもしれないが、それにしても、俺達二人を知らない間に、魔法をかけるとはその人物は只者ではない。
『青い鳥の生死を問わないから、青い鳥を引き渡して欲しいと言う依頼があったそうだ』
『そいつらが何者か知らないが、またそいつらは接触してくるかもしれない』
エイル三世の言葉が蘇る。もしかして、青い鳥を狙う輩が近くにいるのか。もしその人物の目的がそうだとしても、何故俺達を狙った?
「貴方の顔色が悪いです。もう少し寝た方がいいです」
「………ああ。でも、昼食」
「それは心配しないで下さい。私とサーシャおばさんが作りますから、貴方は安静にして下さい」
青い鳥はそう言って、部屋を出る。
「………何か心当たりがあるのか?」
青い鳥がいなくなった後、親父は静かにそう言ってくる。
「ああ。だが」
心当たりと言うよりも、気になることだ。もしかしたら、この件とは別件かもしれない。だが、嫌な予感がする。
「………あの子のことか?」
親父の言葉に、俺は驚かずにはいられない。どうして、親父が知っている?
「こっちも心当たりがあるからな。西で、青い鳥が狙われた、と」
その言葉を聞いて、スノウを見る。すると、スノウは俯く。やはり、発信源はお前か。
「彼を責めるな。俺が彼に、お前らに付いて行って欲しい、と頼んだのだから」
親父はそんなことを言う。もしかしたら、西に行く時、珍しく、スノウが付いていったのはその為だったのかもしれない。だが、何故、親父がスノウにそんなことを頼む?
その言葉を聞いて、スノウを見る。すると、スノウは俯く。やはり、発信源はお前か。
「彼を責めるな。俺が彼に、お前らに付いて行って欲しい、と頼んだのだから」
親父はそんなことを言う。もしかしたら、西に行く時、珍しく、スノウが付いていったのはその為だったのかもしれない。だが、何故、親父がスノウにそんなことを頼む?
「とある筋で、あの子を狙っている輩がいると言う話を聞いたものだから、念のために頼んだ」
なら、何故、それをいち早く俺に言わなかったんだ、と言いたかったが、親父も半信半疑だったのかもしれない。だからこそ、万が一のことを考えて、スノウに頼んだ。
「どうして、青い鳥が狙われなくちゃいけないんだ?」
青い鳥のボランティア活動で恨んでいる奴がいるにしても、普通、ここまで手を込んだことをするか?
もし紅蓮さんの件や森の件の黒幕がその人物だとしたら………。これはいつも、俺達が突っ込んでいるトラブルとは次元が違う。
「………理由は分かる。だが、俺は言うことはできない」
親父はそうはっきり言う。青い鳥の同名の少女のことを聞いた時と同じように、言えない。自分の口で言うことではない、と。
「だが、近い将来知ることになるだろうな。恐らく、あの青年はそれがらみと言ってもいいかもしれない」
親父は扉の方を見ると、アルが立っていた。
「………昼食が出来たから、呼んでくるように言われたんだけど、お邪魔かな?」
アルはいつも通り、ニコニコ笑顔を浮かべる。
「あんたは一体何者なんだ?」
俺達に魔法を掛けた人物とアルがかかわりあるとは思えないが、時期を考えると、アルは無関係とは思えない。
「ほら、昨日も行ったはずだよ。俺は執行者の一員だって」
断罪天使だって、認めていることだよ、と彼は言う。それは嘘だと思っていない。彼は俺の友人として現れたが、任務で来ていないとは一言も言っていない。恐らく、任務として来ているのは間違いない。
「質問を変える。あんたは青い鳥の何だ?俺に何を求めている?」
もしアルの登場と最近の事件で暗躍しているだろう黒幕に関係性があるとしたら、そこで繋がるとしたら、青い鳥の存在。
8年前、コンビクトからやってきた。幼少時代、コンビクトで、帝王達と遊び、再生人形と出会った。それ以外、あいつのことは謎に包まれている。
あいつの眼は魔力以外写らず、特殊な波動を放っている手を持っている。だが、何故、あいつはそんな力を持っている?黒龍さんが言っていた“変異”を持つモノ。それは一体、何を意味している?
あいつの両親は何処にいる?あいつの両親は何者なんだ?
青い鳥は何者なんだ?
恐らく、本人は知らない。だが、青い鳥を知っている人物はいる。その鍵は目の前にいる時の預言者。
もしかしたら、彼は俺に何かを伝えようとしているのではないだろうか?
「俺は青い鳥のお友達だって言ったはずだけど?」
「本当にそれだけか?」
彼の身体は教会の外では生きられない体だろう。そんな身体で、一度だけ会っただけの少女に逢いに来る?一度も見たことのない男の友人を語ってやってくる?
「………そこまで、気付かれているとは驚いたよ」
彼は降参と言った行動を取る。
「俺がここに来たのはあることを確認する為。一つだけ弁明させて貰うと、青い鳥が狙われているのは知らなかった。でも、おそらく、俺がここに来たこととそれは無関係ではないだろうね」
「あることを確認って、何のことだ?」
青い鳥が狙われたことを知らなかったのは事実だろう。
「それはまだ言えない。だけど、いつか、俺の口で言わなければならない。だから、それまで待っていて欲しい」
彼の真剣な眼差しに圧倒されて、俺は何も言うことができなかった。