Ⅰ
『……… 、こちらへいらっしゃい』
青い髪と瞳をした女性が左手で手招く。右手には彼女と同じ髪と瞳を持つ赤ん坊がおり、きゃっきゃ、と笑っている。
彼女とこの赤ん坊は血が繋がっているけど、俺と彼女は血の繋がりはない。俺は普通の家に生まれたけど、俺の持っている能力の所為で、気味悪がって、捨てられた。その時、彼女に拾われた。血はつながっていないけど、俺のお母さん。彼女は俺のことを気味悪がらず、愛してくれる。
『今日はこの服にしたの、可愛いでしょう?』
彼女は俺にそう訊いてくるけど、どんな服を着てても、いつもと変わらないように見える。何と答えれば分からず、困った様子を浮かべていると、
『………お前はいつになったら、 を着せが得人形するのを飽きるんだ?』
赤い髪に、青い瞳をした男性が呆れた様子でやってくる。彼は彼女の大切な人。だから、俺のお父さん。彼も俺のことを可愛がってくれる。
『あら、貴方が私のことを構ってくれないから、この子に構って貰っているのよ』
ね、と彼女が言うと、その子は「うー」と言う。
『ほら、この子も貴方が悪いって言っているわ』
彼女は満足そうに言う。
『こっちは仕事があるんだ。そんなことを言われても困る』
彼は本当に困りはてた様子をしていた。だけど、彼はとても嬉しそうだった。この時間が長く続けばいい。そう思っていたのに、俺は彼女が死ぬ夢を毎晩見ていた。
彼女は異型の姿となり、殺される夢。何かの間違いだと信じたかった。
そう、そんなことが起きることはないと。
「………この子がお前の息子に逢いたがっている。少しの間、預かってもらえないか?」
あの後、彼は空間魔法を使ったが、彼の家ではなく、森の中に飛んだ。すると、カンカン帽に、サングラス、アロハシャツを着た大きな男の人が現れた。
「………あいつに、か?知り合いか何かか?」
その男の人は怪訝そうに俺を見る。
「こいつはとにかく、お前の息子は知らないだろう。本人の話によると、黒髪黒眼の少年の夢を見たらしい。どんな夢か知らないが、あまりいい夢ではないらしい」
「それがあいつかもしれない、と」
「そうだ。こいつには俺の精霊を付けておくが、万が一の為に、お前にこれを渡しておく」
彼は男の人に紙を渡す。
「………そう言う事情なら、仕方がない。お前の娘に小言言われるな」
その男の人の呟きには俺は苦笑する。
「………帰りは別の奴を寄こす。 、何かあったら、遠慮なく、こいつを使え」
彼はそう言って、姿を消す。
「………自分勝手な奴だ」
男の人はそう言って、彼が持ってきた荷物を持ってくれる。
「今、白髪の少女を預かっているから、騒がしいが、許してくれ」
「いいえ。俺が無理言って来たので、気にしていません」
俺が彼に付いていくと、栗毛色の髪をした女性が出迎えてくれた。どうやら、その人は彼の奥さんであり、黒犬のお母さんらしい。初対面の俺に対しても、気さくに接してくれた。
彼が黒犬の友達だと説明すると、すんなり中に通してくれた。すると、黒犬の弟らしい黒髪の男の子と栗毛色の男の子、そして、白い髪の女の子がいた。どうやら、その子が遊びに来ている子らしい。
「お父さん、この人誰?」
「だれ?」
男の子達が興味津津に俺を見る。
「黒犬のお友達らしい」
その男の人がそう説明すると、
「黒犬の友達は俺の下僕だって、黒龍が言っていた」
白い髪の少女がそんなことを言ってくる。黒龍は彼と同等の力を持つ魔法使いだって聞いたことがある。もしかして、この子は黒龍の血縁者なのかな?にしても、黒犬の扱いはとても酷いな。黒犬の友達を自称しているけど、その場合も、下僕にされてしまうのかな?
なんて答えれば分からないでいると、白い髪の少女に一緒に遊ぼうとせがまれた。こうやって、一緒に遊ぶのも悪くない。
***
アルの話によると、教会の仕事として来たのではなく、どうやら、気になることがあって、来たらしい。その気になることははぐらかされて、聞くことはできなかったが。
彼の話を聞くほど、彼は化け物集団の中でも、異端な存在であることが浮き彫りになった。任務と言える任務には一度も出たことがなく、教会からも滅多に出たことないらしい。それを聞くと、教会に幽閉されている青い鳥の友達の再生人形を連想するわけだが、彼自身は彼女や他の執行者のような飛び抜けた戦闘力を持っているわけではないらしい。執行者に属しているわけなので、彼は何らかの特異能力を持っていると思うが。
彼は青い鳥の友達の一人であるトニーとは仲がいいらしい。トニーから俺や青い鳥の話を聞いているようだ。主に、青い鳥と俺の珍道話を。
青い鳥はその話には食いついて、いろいろなことを聞いていた。主に、自分がどう言う風にされているのか気になるらしい。俺にしては、裏の人間達にどんな評価されたところで、何か変わったことがあるわけでもない。
夕飯時が近くなったこともあり、青い鳥と彼には積もる話があると思い、気を利かせて、俺が部屋から退出すると、何故か、アルが付いてきたが、青い鳥が付いてこない。
「何で、あんたは付いてくるんだ?」
俺は気を利かせたつもりで、退出したんだが。すると、彼はニコニコ笑顔で、
「それは決まっているよ。料理作りを見学しようと思って」
料理を作るところって、見たことがないんだよね、と彼は言う。本当に、彼はどのような環境で生きてきたのか気になる。それは置いておこう。
「それで、何で、青い鳥は俺の部屋から出てこないんだ?」
これには嫌な予感がする。あの不幸を呼ぶ鳥を一人にして置くと、何をしでかすか分からないからだ。これにも、彼はニコニコ笑顔で答える。
「あの子は君の宝物を漁るって言ってたよ」
その言葉を聞いた途端、俺は急いで自分の部屋に戻り、俺の部屋を漁っている鳥を発見し、問答無用で首根っこを引っ張って、俺の戦場まで連行したのは言うまでもない。
勿論、刑は料理手伝いの刑だ。
「………あと、もう少しで、貴方のお宝を拝見できました」
青い鳥はそんなことを言いながら、皮をむいていく。
「人サマの部屋でそんなことすんな!!」
俺はこいつの尻を蹴とばす衝動に駆られたが、今はフライパンを持っているので、そんなことできない。今はぐっと堪える。
「まあいい。で、彼のことは知らなかったようだが、アルケーのことは知らないのか?」
彼は敵ではないようだが、味方でもなさそうだ。何しに来たのか、分からない状態ではできるだけ多くの情報が欲しい。
「アルケーのこと、ですか。実はそのことも良く分かっていないのです。確か、長い間空席だったはずです」
その席に座るにはとある能力が必要らしいです、とこいつは言う。
「その能力って何なんだよ」
「それは流石の私でも分かっていません。執行者なら知っているのかもしれませんが」
執行者の知り合いは断罪天使か、帝王、鏡の中の支配者くらいだ。前者二人はとにかく、後者は聞いたところで、答えてはくれないだろう。そもそも、いつ会えるかわからない相手だ。運良くあえたら、聞けばいいだろう。
「それは保留として、お前は良かったのか?積もる話はないのか?」
俺はその時間をわざわざ作ってやったのに、こいつは無駄にしやがった。10年ぶりの感動の再会なんだろ?帝王との再会の時は借りていた部屋の柱にくくりつけて、夜遅くまで話し続けていたはずだ。
「そうなのですが、私としては話すことがないのです」
遊んだとは言いましたが、ただベンチに座っていただけですから、とこいつは言う。
「確かに、会えてうれしい気持ちはあります。帝王の時のような気持ちが出てこないのです。彼も話すこともせず、ニコニコと笑顔を浮かべてくるだけで、何も話しかけてきません」
こいつにしては困った表情を浮かべる。もしかしたら、彼はこいつの苦手なタイプなのかもしれない。こいつが苦手意識を持つのは珍しいことだ。嫌いなタイプはあるようだが、苦手なタイプは見たことがない。
そう言う意味では、彼は凄いプレミアが付きそうだ。
「本当に、彼は私にではなく、貴方に用があるみたいです」
その言葉には何も言うことができない。俺は彼と面識はない。どうして、彼が俺に逢いたがっていたのか、理由が分からない。それなら、まだ面識がある青い鳥に会いにきたと言った方が納得できる。お袋なら、青い鳥の友人と言っても、招き入れるだろう。だが、彼は敢えて俺の友人を名乗った。
一体、何をしに、ここまでやってきたのだろうか?
夕飯を作り終え、リビングに料理を運ぶと、アルはまたハクと弟達の遊び相手をしていた。どうやら、弟達はアルを気に入ったようである。まあ、弟達は遊んでくれる人だったら、誰でもいいという節はあるが。
「今日、王都で美味しい喫茶店を見つけました」
青い鳥は料理を摘まみながら、そんなことを言ってくる。
「ハク、そこに行ってみたい。それで、食べてみたい」
そう言うのはハクである。ハクは“喫茶店”と言う場所を知らないようで、そんなことを言ってくる。どうやら、“喫茶店”を食べ物だと誤解しているらしい。
「………恐らく、喫茶店は飲み物を飲んだり、食べたりする場所だ」
親父がそう訂正するが、
「お菓子の家なの?ハクも行きたい」
ハクは目を輝かせる。
「それは美味しそうな場所です。私も行ってみたいです」
青い鳥はそんなことを言ってくる。青い鳥さん、青い鳥さん、貴女はハクが勘違いしていることを知っていてそんなことを言っていませんか?
「ぼくもいってみたい」
青い鳥とハクの言葉を真に受けた俺の下の弟のレンがそんなことを言ってくる。
「お菓子の家と言うのは一度行ってみたいものね」
小さい頃、お菓子の家を食べるのが夢だったわ、とお袋は言う。
「王都にはお菓子の家があるんだね。凄いね」
アルはニコニコと笑顔を浮かべながら、そんなことを言ってくる。この人は真面目に言っているのか、青い鳥同様、冗談で言っているのか、見分けがつかない。
「あおいとりのおねえちゃん、さっきのケーキはおかしのいえからきりとってきたの?」
おかしのいえからきりとったら、おかしのいえがくずれちゃう、とレンは言う。
「お菓子の家が崩れたら、ハク達、行けなくなっちゃう」
ハクは悲しそうな表情を浮かべる。ハク、お前の心配事はそこか。
「大丈夫です。その時は彼がどうにかしてくれます」
彼の魔法なら、一発で修復可能です、と青い鳥はそんなことを言う。
「おにいちゃん、すごい」
「黒犬、すごい」
ハクとレンから尊敬のまなざしを受ける。いやいや、魔法でもそんなことはできません。その前に、お菓子の家が実在したら、一日で湿気てしまう。
そう突っ込みたくてたまらないが、天然達にそれを言っても、意味がないことは分かっているので、何も言わない。
「へえ。魔法って、そこまで凄いんだね」
アルは感心しながら、そんなことを言う。おいおい、あんたは教会側の人間だろ?帝王のような武闘派には見えないので、魔法使いと思ったが違うのか?
「アル、あんたは魔法の勉強は」
「したことはないよ。僕は体が弱くてね。ほとんど寝たきりなんだ」
彼はニコニコと笑顔を浮かべる。それを聞いて、俺は怪訝そうな表情を浮かべる。彼は執行者ではないのか?非戦闘員なのか?俺は青い鳥を見ると、青い鳥は横を振る。青い鳥も分からないらしい。
「アルおにいちゃん、ベッドからでたことないの?」
「アル、かわいそう」
レンとハクはそう言ってくるが、ベッドの上に出たことがないのなら、ここにいるのは誰だ?
「………兄ちゃん」
エンは我慢できないと言う表情を浮かべる。こういった天然さんに突っ込むと、話がねじれる。こう言う時はひたすら我慢するしかない。
「エン、これは試練だ」
この試練を乗り越えれば、お前は器の大きい人間になれる。
「ハク、迎えに来たぞ」
いつもの如く、黒龍さんが空間魔法で姿を現す。
「ん?」
黒龍さんはアルに気づくと、不思議そうな表情を浮かべる。
「こいつは誰だ?」
黒龍さんがそんなことを言ってくる。その言葉に疑問を覚えるしかない。黒龍さんは裏で教会の繋がりがあるそうだ。黒龍さんは執行者の顔を知っていると思ったが。
「彼のお友達のアルです。彼と遊ぶために来たそうです」
「アルです。初めまして」
彼はニコニコと笑顔を浮かべる。
「ああ。黒犬、お前の周りは面白いお友達ばかりだな」
黒龍さんはそんなことを言ってくる。そう言われても、俺は彼のことを全くと言っていいほど知らない。
俺は彼を見る。本当に、彼は何者なのだろうか?