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93.スプリング家は今日もにぎやか

 シェリルとアメリアの間に腰を下ろしたカルロは、目の前の騎士二人に社交的な笑みを向けた。


「二人とも遠路はるばるよく来たね。というかよくここが分かったね。ジェイミー君は元気そうで何よりだ。君は誰だか知らないけどまぁ、元気そうでよかったよ。顔が少し痛そうだけど。うちの子と喧嘩でもしたのかな」


 カルロはニックの頬を指し、そしてシェリルたちの方に視線を移す。アメリアとダミアンはびくりと肩を揺らし、しどろもどろに視線を泳がせた。


「その、勘違いをして……」

「ちゃんと謝りました。本当です」


 双子が潔く白状するのを聞いて、カルロは嘆かわしいというように顔半分を手のひらで覆った。


「なんてことだ! アメリア、ダミアン、スプリング家のモットーを忘れてしまったのか? スプリング家の目的のためか、もしくは国王の指示以外で?」


「……人を傷付けてはいけない」


 綺麗に二つの声が重なった。カルロは満足げに頷く。


「人の道に反することを生業としているのだから、普段の生活では品のある行動を心掛けたいものだ。えーっと、君は名前なんて言ったかな」

「ニックです」

「ニック君。本当に申し訳なかった。お詫びといってはなんだが、ここにある野菜を好きなだけ持っていっていいよ」

「いりません」


 ニックはカルロのことを胡散臭そうにしげしげ眺めている。カルロは気にしていないのか気付いていないのか、そうかそうかと明るい笑い声を上げた。


「ところで君たち、ここに何しに来たの?」


 突然カルロの声が低くなった。とたんに部屋の空気がぴんと張り詰める。ジェイミーとニックは無意識にか、息を呑んでいる。


 シェリルは焦った。カルロが二人を捕らえようなどと考えないように注意を引かなければ。


「そういえばカルロさん。講習会は面白かったですか?」


 シェリルの狙い通り、カルロはジェイミーたちから視線をそらした。ため息でもつきたいという顔で。


「なんだシェリル。また彼を庇おうとしてるのか? 言っただろう。夜道で強引に押し倒そうとしてくるような男は信用するな」

「だからそれはジェイミーじゃなくてスティーブなんですってば」

「同じようなものだろう」

「全然違います」


 シェリルとカルロのやり取りを聞きながら、ジェイミーは表情を強ばらせている。無理もない。自分を殺そうとした男が今目の前にいるのだから。


 カルロは興がさめてしまったようで、頬杖をつきながらやる気のない声を出した。


「大体なぁ、お前が庇ってやる必要はないだろう。彼らはプロだぞ。何の準備もなくここに来たわけがない。どこかそこら辺に仲間が潜んでいるはずだ」


 なるほど確かに、とシェリルは肩の力を抜いた。いくらなんでもたった二人だけでここに乗り込んできたわけではあるまい。

 ジェイミーとニックは何かをごまかすみたいに部屋のすみを見たりしている。その不自然な様子に、これはまさか、とシェリルはもう一度緊張感を高めた。彼らはもしかして何の準備もなくここに来たのだろうか。


 アメリアが口を開く。


「カルロさん。これは仲間が隠れていることを言い当てられたという慌て方ではありませんよ」

「なんてことだ。ジェイミー君、ニック君。君たち何も考えずにここまで来てしまったのか? 不用心にも程があるだろう。とりあえずカボチャでもかじって落ち着きなさい」


 机の上に積まれている野菜から小さなカボチャを二つ選び取り差し出すカルロ。貰いすぎた野菜を何とかして消費したいようだ。


 いまいち締まらない空気のなか、間延びした声が聞こえてきた。


「カルロさーん。お客さんですよ」


 仲間の報告にカルロは片眉を上げる。


「仕立て屋の? 店は閉めてあるんだろ」

「店の客ではないみたいです。ここに呼んでもいいですか?」


 カルロは少し考え込んだあと、ジェイミーとニックを順番に見やった。間をおいて、報告に来た仲間の方に視線を戻す。


「だめだ。大人は外出していると言って追い払いなさい」

「でもカルロさん。私どうしてだかあのお客さんに逆らえなくて、もう中に入れちゃいました」

「このおバカさん!」


 カルロは嘆息したあと両手で顔を覆った。

 おバカさんと呼ばれた仲間はさして反省する風でもなく、どうぞー、とのんびりとした声をだした。


 次の瞬間、屈強そうな男たちが続々と部屋に押し入ってきた。カルロ以外は全員、驚いて反射的に立ち上がる。

 慌ただしい靴音を響かせる男たちは皆帯剣していた。客というより、刺客と呼ぶほうがしっくりくる風貌だ。男たちは壁に沿ってあっという間に部屋を取り囲んだ。

 シェリルは彼らに見覚えがあった。ジェイミーとニックも、男たちのことを知っている様子だ。


「どうしてここに……」


 ジェイミーが呆然と呟く。


 アンタレス国軍の軍服を身に付け、左胸には蠍を模したデザインのバッジが。選ばれし精鋭しか身に付けることを許されない紫色の徽章(きしょう)。それは、アンタレス国に平和をもたらした英雄を守護する者たちの証である。


「ああ、最悪だ」


 カルロは一人、椅子に腰かけたまま何かを嘆いている。


 おおよそ予想はついていたが、一番最後に現れた人物を見てシェリルは大きく目を見開いた。

 王宮で働いていたというのに、シェリルは彼の姿を間近で目にしたことが一度もない。肖像画はあちらこちらに出回っているが、そのどれもが実物には及ばないと今ならはっきり断言することができる。


 この世に存在する全ての美しさを全身にとどめているかのようなその人は、存外気さくな態度で、ぼんやり立ち尽くしているジェイミーとニックに声をかけた。


「二人ともよくやった。おまえたちなら必ずこの場所を見つけ出すと思っていたよ」


 なんらかの不思議な力を秘めていそうな、澄んだ声が部屋に響く。

 声をかけられ我に返ったジェイミーは、未だに呆然としているニックの腕を無理矢理引っ張って、床にひざまずいた。


「お、お褒めの言葉、栄光の極みでございます、陛下」

「えー、身に余る光栄が、そのー……」


 ジェイミーに続いてひざまずいたニックは驚きすぎてうまく言葉が出てこないようだ。

 ローリーは小さく笑みを浮かべ、ニックの言葉を遮るように片手を上げた。


「堅苦しい振る舞いは必要ない。二人とも私の後ろに控えなさい」


 素早くローリーの背後に回るジェイミーとニック。

 シェリル、アメリア、ダミアンの三人はあっけにとられたまま固まっている。カルロはやっぱり一人だけ腰を下ろしたまま、部屋を占領した男たちを冷めた目でゆっくりと見回した。


「他人の家にずかずか上がり込んで、礼儀を国に忘れてきたのか? それとも敬意を払うという概念すら無いのか」

「失礼。突然でないと逃げられてしまうと思ってね。それに、私たちはもう他人とは言えない間柄ではないかな」


 ローリーはどこから取り出したのか、左手に首飾りをぶら下げて、その場にいる全員の目に映るよう掲げて見せた。美しくカットされた赤い石を認識したカルロはさすがに顔色を変える。


「どこでそれを……」

「新しい国王への挨拶が遅れたことは、確かに礼儀知らずだったと反省しているよ。彼はとても親切な御仁だった。私の探し物をあっという間に見つけ出してくれてね」

「まさか、国王と直接話したのか?」

「不意打ちで押し掛けたからずいぶんと驚いていた。私は彼に嫌われてしまったかな」


 懸念している様子など微塵もなく、ローリーは言った。

 スプリング家一同は「うわぁ……」と苦い表情を浮かべる。あれだけ必死にローリーのことを避けようとしていたエリック国王に対し、同情を禁じ得ない。今ごろ泣いているんじゃないだろうか。


 ローリーは背後に控えるジェイミーに、ダイヤモンドの首飾りを手渡した。ジェイミーはそれを受け取りながら呆然と呟く。


「新しい国王?」


 ローリーは凛然とした瞳で、まっすぐにカルロのことを見据えた。


「格式張った挨拶をするべきだろうか。あなたはつまらない常識にこだわる主義か? もしそうならば敬意を払って、時間を無駄にしてもかまわないが」

「俺の答えを誘導しようとするな。挨拶が面倒くさいなら勝手に省けばいいだろう」


 思いきり口元を歪めながらカルロは自分の正面を指す。

 ローリーはそつのない動きで、示された場所に腰を下ろした。それから目が眩むような笑顔を浮かべ、口を開く。


「では、話をしようか、カルロ・スプリング。私はあなたにとても興味がある」

「だろうな。俺は誰もが認める人気者なんだ」


 言いながら、カルロは腹の底から込み上げるような深いため息を吐き出した。

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