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89.行方不明の手紙

「シェリル! 元気だった?」


 勢いよくアメリアに抱きつかれて、シェリルは再び海に落っこちそうになった。


「元気よ。アメリアは?」

「見ての通り」


 明るく微笑むアメリアは、あどけないのか凄艶なのか、よくわからない摩訶不思議な魅力を惜しみ無く振り撒いている。愛想さえあればダミアンも彼女に負けず劣らず魅力的であるが、残念ながら彼はむやみやたらに人に媚びたりしないので取っつきにくい印象を拭えない。


「アメリア、お前も補給船に乗ってたのか」

「いいえ。泳いだの」

「え」

「冗談よ。あんたと同じ補給船に乗ってたの。それはそうとシェリル、あなたカルロさんの仕事の邪魔をしたんですって? いけない子ね! でも許しちゃう! 王宮での仕事は楽しかった?」


 好き勝手に話を進めるアメリアに、カルロとダミアンはご勝手に、というように小さく頭を振った。


「難しかったけど、楽しかったわ」

「それはなによりね。ひとつ聞きたいんだけど、どうしてジェイミー・ウィレットを庇ったりしたの? カルロさんに逆らうなんてあなたらしくないじゃないの」


 アメリアはシェリルの頭を、まるで犬を撫でるみたいにわしゃわしゃとかき混ぜながら尋ねた。シェリルの髪の毛が芸術的に絡まっていく間に、ダミアンの怒りがふつふつと再燃する。


「そうだった。シェリルお前、潜入した目的も忘れて男にうつつを抜かすとはいい度胸じゃないか」

「うつつなんて抜かしてない」

「じゃあどうしてカルロさんの邪魔をした。本当ならカルロさんがジェイミー・ウィレットを始末して、お前がそれを強盗の仕業に仕立て上げる計画だったのに。計画を伝える手紙を書くのにカルロさんがどれだけ苦労したと思ってる」

「だから、ジェイミーは元々ベイド子爵のことは覚えてなかったのよ。襲う必要なんてなかったの。それとカルロさんの手紙は読めたのが奇跡だと思えるくらい下手くそだった」


 シェリルはポケットの中で紙くずと化していたカルロの手紙を、ダミアンの目の前にかざす。再び文句を口にしようとしていたダミアンは風にはためくカルロの手紙を二度見し、それからあんぐりと口を開けた。


「これは酷い」


 ダミアンの感想に、カルロはふてくされたように手紙を取り上げビリビリと破いてしまった。


「誰もがお前らみたいに器用だと思うなよ。アメリアに代筆を頼んだのに、お前が自分で書けって言うからこうなったんだ」

「あんたはやる気がないだけでしょうよ。自分でやろうとしないからいつまでたっても暗号すら満足に扱えないんです」


 ダミアンの言葉にカルロは適当に「はいはい」と頷く。口うるさい姑が乗り移ったかのごとくダミアンは小言を続けた。


「大体、カルロさんはシェリルに甘いんですよ。どうしてこいつに説得されたくらいで計画を変更するんですか」

「元々乗り気じゃなかったって言っただろう」


 面倒くさそうに呟くカルロに、ダミアンは大きなため息を返す。まだ不満を言い足りない様子の片割れの背中を、アメリアはまぁまぁと叩いた。


「落ち着きなさいよダミアン。はじめて単独で潜入したんだもの。失敗のひとつやふたつ、許容範囲でしょ」

「だからシェリルにはまだ早いって何度も言ったのに」

「慎重過ぎるのも考えものよ。シェリルだって一生懸命頑張ったんだもんね?」


 アメリアに問いかけられて、シェリルは決まり悪く手元に視線を移す。


「確かに皆に迷惑はかけたけど、でも目的はちゃんと果たしたんだから、少しくらい認めてくれたっていいじゃない」


 シェリルの言葉にカルロたちは一瞬静かになった。アメリアは先ほどまで浮かべていた笑顔を引っ込め、ゆっくりと瞬きを繰り返す。


「目的は果たしたって……ローリーの弱点を見つけたの?」

「手紙にそう書いたけど。読んでないの?」


 首を傾げるシェリルを見て、カルロは怪訝な顔をした。


「手紙なんて届いてないぞ」

「え?」


 もうとっくに届いていておかしくないのだが、入れ違ったのだろうか。考え込むシェリルに対し、ダミアンは疑惑を含んだ視線を向けた。


「まさかとは思うが、手紙を出したことを誰かに話したりしてないよな」


 シェリルの頭に真っ先に浮かんだのはジェイミーの顔だった。手紙のことを知っているのはジェイミーだけだ。

 正直に打ち明けると、カルロ、ダミアン、アメリアの三人は同時に真っ白い息を吐き出した。


「またジェイミーかよ……」


 うんざりとした顔でダミアンが呟く。


「先回りされたのか?」

「いえ、そんなはずは」


 カルロの考えをすかさず否定するが、自信はない。

 ジェイミーに手紙のことを話したのは、手紙を送ってから五日ほど経った頃だった。いくらなんでも先回りは無理ではないだろうか。

 ダミアンはやけくそ気味にシェリルに尋ねる。


「それで、弱点は何だったんだ?」

「アンタレス国に潜んでる内通者よ」

「内通者って、シャウラ国の?」

「そう」


 シェリルが頷いて見せると、ダミアンはふーんと気のない相づちを打った。どうやらダミアンたちはすでに、アンタレス国にシャウラ国側の人間が潜んでいることを把握していたようだ。


「それがどうして弱点になるの?」


 アメリアの疑問に、シェリルは肩を小さくすくめて見せる。


「ローリーはまだ、シャウラ国と通じている人間が近くにいることに気付いてないの。この情報が同盟の交渉材料になると思ったんだけど、でももう意味ないわね。同盟の話はなくなったんだから」


 ローリーの弱点を知りたがっていたバリックはもうこの世にいないのだ。自分は何のためにアンタレス国に潜入したのだろう、と思わないでもないシェリルである。


 投げやりになっているシェリルとは対照的に、カルロはいかにも深刻そうな雰囲気を(かも)し出していた。


「で、内通者について書いた手紙は行方不明と……。アンタレス国の手に渡ったのなら、厄介だな」

「心配いりませんカルロさん。手紙は多分、行き違っているだけです」

「しかしなぁ、ジェイミー・ウィレットは手紙の存在を知っているんだろう?」

「確かに手紙のことを知っているのは彼だけですが、だからって私を出し抜くようなことを、あの人がするとは思えません。ジェイミーはすごく気が優しい人なんです」


 シェリルの言葉にカルロたちは眉をひそめた。それから、示し合わせるみたいにそれぞれが視線を交わす。もの言いたげな仲間たちの様子をシェリルが不思議に思っていると、アメリアが疑り深い顔を向けてきた。


「あなたまさか、彼と寝たの?」

「へ?」


 シェリルは思わず間の抜けた声を上げた。アメリアの質問の意味を完全に飲み込んだあと、慌てて首を横に振る。


「まさか! 寝てない!」

「誘われたことは?」

「ない!」

「キスされたりとか、してないの?」


 シェリルが一瞬返答をためらったために、仲間たちは早々に判断を下してしまった。やっぱりな、という視線がシェリルに突き刺さる。ダミアンはガックリと片手で頭を押さえた。


「お前それは、騙されたんだよ。ジェイミーって奴は多分、お前から情報を引き出せと命じられてたんだ」

「どんな組織にもそういうことを専門にしてる人間はいるって教えたじゃないの。まさかあなたが引っ掛かるなんて思ってもみなかったわ」


 双子は同じタイミングで信じられない、と呟いた。


 話がとんでもない方向に向かっている。釈明の必要に迫られたシェリルは急いで二人の言葉を否定した。


「そんなんじゃない。あれは何て言うか挨拶みたいなもので、色仕掛けとかそういう類いのものじゃ……」


 シェリルの弁解を聞いて、ダミアンはフンと鼻をならす。


「どっちにしろキスひとつで懐柔されたことに変わりないだろ。まんまと命を救ってやるほど入れ込んでしまったわけだ。まさか手紙の内容まで話してないよな」

「話すわけないじゃないの!」


 あまりの信用のなさにシェリルは憤慨する。しかしキスひとつで入れ込んでしまったというのは図星なので、少々後ろめたくもあった。

 おまけに、手紙の内容を話すわけないと答えつつ、頭のすみにふと不安がよぎる。何か重要なことをジェイミー相手にぺらぺらと喋ってしまったことがあったような気がする。よく思い出せないが。

 

 シェリルが今さらながらに自分の行いを(かえり)みていると、カルロが神妙な顔で肩を叩いてきた。


「シェリル。確かに彼は大衆に好かれるような外見をしていたとは思う。しかしな、男は見た目じゃない。これからはこのカルロさんのような、中身までもが美しい男に注目していきなさい。そうすればもうあんな優男に弄ばれることもないだろう」

「だから、私は別に弄ばれてないです。それに中身だけ比べてもカルロさんよりジェイミーの方がいいです」


 はっきり告げるとカルロはショックを受けていたが、フォローするのは面倒なので無視した。


 ローリーの弱点を記した手紙が今どこにあるのかについて、シェリルは今一度、真剣に考えてみることにした。

 ジェイミーが手紙を手に入れたとはやはり思えない。手紙の話には全然食いついてこなかったし、内容を探ろうともしてこなかった。

 万が一手に入れていたとして中身は絶対に理解できないはずだ。なんのヒントもなく解けるような暗号ではない。暗号の解き方について探りを入れられた記憶も――。


「あ」


 シェリルはある人物の顔が頭に浮かび、青ざめた。


 そうだ。しつこく探りを入れてきた人間が一人、いたじゃないか。

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