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7.騎士隊の実力

 トマスが脱獄したあと、王宮は右へ左への大騒ぎとなった。国軍はすぐさま捜索を開始。逃走するなら馬を使うはずだと馬小屋へ行くも、馬は一頭も減っていない。武器庫へ行くも武器は減っていない。音楽堂、書庫、謁見室、どこにもいない。

 脱獄など滅多にないことだから、トマスを捕らえていた間、必要最低限の食事しか与えていなかったことを誰も気に留めなかった。脱獄したトマスが真っ先に向かった場所が食料庫で、食料庫には食材を取りに来ていたアニーがいたことも、アニーの悲鳴が上がるまで誰も気が付かなかった。

 アニーの悲鳴を聞き付けた数人の騎士が食料庫の扉を開けたとき、トマスはパンを頬張りながら食材を切り分けるためのナイフを握っていた。


「いたぞ!」


 扉を開けた騎士が大声で叫ぶ。すぐに歩兵がかけつけ、矢を構えた。トマスは舌打ちしたあと、恐怖で身動きできないでいるアニーをひっつかみ盾にした挙げ句、首にナイフを突きつけた。アニーは声も出ないようで、青い顔で震えている。


「狙えるか?」

「この距離では難しいですね」


 現状狙えるのはトマスの頭部であるが、手元が狂えば人質が犠牲になることは明白だ。


「どうしますか?」


 歩兵は近くにいる騎士に尋ねる。騎士たちは困惑した顔でお互いの顔を見た。


「こういう場合って、どうするんだっけ?」

「さぁ、人質とられたことなんてないし……」


 軍のなかではエリートと呼ばれる立場である騎士隊。彼らに欠けているものと言えばたったひとつ、経験である。


「え、どうする? どうすればいい?」

「俺に聞かれてもわかんねぇよ。近くに隊長いないのか? それかマークとかスティーブとか」

「確かジェイミーが中庭の捜索してたな」

「連れてこい!」


 しばらくして、中庭で捜索をしていた隊員たちと共にジェイミーが現れた。走って食料庫の前まで来たジェイミーは、トマスがアニーにナイフを突きつけている様子を見て目を疑った。


「俺の目がおかしいわけじゃないよな」

「ジェイミー、お前の目は正常だ。人質をとられた」

「どうすればいいと思う?」


 期待の眼差しを一身に受けたジェイミーは、真剣な顔で考え込む。


「……人質って、どうやって助ければいいんだ?」

「おまえもか!」


 その場にいた全員が頭を抱えた。ジェイミーならあるいは、と考えていた一同はパニックに陥る。


「どうするんだ! 俺たち何のために毎日訓練してんだよ、全然役に立たないじゃないか!」

「諦めるな。ニックだ、ニックを呼ぼう。あいつの庶民の知恵で何とか」

「ニックはウィルの護衛だぞ」

「まじかよ! じゃあウィルを連れてこよう。あいつを人質と交換して」

「おまえさっきから言ってること滅茶苦茶だぞ。大丈夫か?」


 ああでもないこうでもないと騒ぐ男たちを前に、トマスとアニーはなんともいえない表情になる。


 そのとき、廊下の向こうから騎士隊長が現れた。


「落ち着けお前らぁぁ!」


「隊長ー!!!」


 全速力でこちらに向かってくる我らが騎士隊長の姿を見て、ジェイミーたちは涙目になった。


「隊長、俺これから隊長の言うこと真面目に聞きます」

「今まで『昔は大変だった』って言われるたび面倒臭いとか思っててすみません」

「お前そんなこと思ってたのか。いやもういい、とっとと状況説明しろ」

「人質をとられました」

「それは知ってるし見ればわかる。取りあえずお前ら全員落ち着け!」


 ここまできて、隊長と隊員たちは一旦静かになった。ぜぇぜぇと息を切らしつつ、皆いくらか落ち着きを取り戻す。


「要求は?」

「要求?」


 隊長の言葉に、一同はキョトンとした顔をした。部下たちの反応に隊長はうんざりと頭を押さえる。


「人質をとられたらまず要求を聞く。はい聞く!」

「要求は!?」


 隊長に促され、隊員の一人が弾かれるようにトマスに向かって叫んだ。トマスはようやくまともに話が出来ると、呆れ返っていた表情を引き締める。


「武器を捨てろ。剣をよこせ」


 トマスの簡潔な要求を聞いた一同は、隊長に視線を移す。


「どうしますか隊長」

「武器と人質を交換する瞬間、トマスを捕らえるぞ」


 隊長の指示に従い、ジェイミーたちは剣や弓矢を地面に置いた。隊長は自身の剣を持って、かかげて見せる。


「これをおまえの足元に置くから、人質をこちらへ」


 隊長がそう言って踏み出した瞬間、トマスは突然笑い出し、アニーの首にナイフを食い込ませた。首から一筋血が流れて、アニーはひゅっと息を吸い表情をひきつらせた。空気が一瞬で凍りつく。


「何か、気に障ったか」


 隊長は努めて冷静に、足を止め尋ねた。トマスはナイフに力を込めたまま答える。


「気に障ったかだって? ああ、最高に不愉快だ。お前、俺のことをみくびってるだろう。勘違いするなよ。俺は慈悲深いからおまえらにチャンスをやってるだけで、追い詰められたから武器を要求してるわけじゃない」


「気難しいやつだな」

「酔っぱらった隊長より面倒臭い」


 こそこそと囁く隊員たちを咳払いで黙らせた隊長は、落ち着いた様子でトマスに言った。


「それじゃあ、どうすればいい」

「俺はこの女と剣を交換するなんて一言も言っていない。剣だけこっちに投げて寄越せ」

「そんな不公平な要求、通ると思うのか?」

「俺と公平だと思っているなら思い上がりもいいところだ。通らないというなら、この女を殺すだけだ」


 そう言ってトマスはアニーの髪の毛を乱暴に掴んだ。無理矢理上を向かせて、ジェイミーたちに見せつけるように喉を切りつけようとしている。


 隊長は苦い顔で、剣をトマスの方へ投げた。

 トマスは剣を拾うようアニーに指示する。アニーは泣きそうになりながら指示に従った。トマスはナイフを剣に持ち替え、状況はより一層悲壮感漂う有り様となった。


 鋭い剣刃を首にあてられているアニーが、ぼろぼろと涙を流している。ジェイミーたちはなんとも歯がゆい気持ちで立ち尽くす。

 殺伐とした雰囲気のなか、間の抜けた声が辺りに響いた。


「あのー。すみません」


 控え目な声のした方に一同は目を向ける。ジェイミーのすぐ近くに、不思議そうな顔のメイドが一人、立っている。


「シェリル」


 ジェイミーが呆気に取られながら呟くと、シェリルは膝を曲げてお辞儀した。


「胡椒を取りに入りたいんですが、いいですか?」


 言いながら食料庫に入りかけたシェリルは、数歩も歩かないうちに足を止めた。


「え、アニーさん?」


 微妙な沈黙が流れる。


 ジェイミーは固まってしまっているシェリルの肩を後ろから掴んで、静かに方向転換させた。トマスの目に入らないところまで連れていこうとしたが、あと少しのところでトマスが声を上げた。


「ちょっと待った」

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