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70.シャウラ国の陰謀

 沈黙が重い。雪が地面に落ちる音が聞こえてきそうだ。


 シェリルは首をひねった。もしかして引かれているのだろうか。確かに、幸せをあげるなんて突然言われたらちょっと怖いだろう。


 急に恥ずかしくなってきたシェリルは、ジェイミーに何か言われる前に自分から声を上げた。


「……あの、ちょっと気味の悪い話だったかも。忘れていいから、今の話」

「え、いや、そんなことは……」

「私、やっぱり先に帰る。今日は付き合ってくれてありがとう。それじゃあ!」

「あ、ちょっと……」


 早口で別れを告げ駆け出すシェリル。ジェイミーに呼び止められるが、聞こえなかったふりをした。




 ちゃんと聞いておけばよかった。駆け出した先に木があったのだ。ぶつかり、こけて、木の枝に積もっていた雪がドサッと降ってきた。


「だから待てって言ったのに……」


 雪に埋まったシェリルの側にひざまずき、呆れた声で呟くジェイミー。ジェイミーの背後で馬が「へ!」と小バカにしたような鳴き声を上げる。


 せっせと掘り返されながら、シェリルは叶うならこのまま雪の一部になってしまいたいと思った。膝を抱えるシェリルの額に、手袋を外したジェイミーの指が触れる。


「頭打った? 痛くない?」

「平気」


 頭より心が痛い。

 恥ずかしさで顔を上げられずにいると、ジェイミーの冷たい手が今度は頬に移動した。


「シェリル、こっち見て」


 柔らかい声が降ってきて、シェリルはゆっくりと顔を上げた。間近にジェイミーの青い瞳があって心臓が跳ねた。


「さっきの話、嬉しかった。ありがとう」

「気をつかわないで。変な奴って思ったでしょう」

「気なんかつかってない。励ましてくれたんだろ。ちゃんと分かってるから」


 ジェイミーは言いながら、手を掴んで引っ張り上げてくれた。シェリルは立ち上がり、服についた雪を払い落とす。


 再び二人と一頭で歩きはじめたとき、ふいにジェイミーが口を開いた。


「でも変な奴だとは思ってるよ。だから見てて飽きないのかな」


 唐突な告白にシェリルは数回瞬きしたあと、今度こそ抗議の声を上げた。ジェイミーの楽しげな笑い声が辺りに響き、馬は道の端に積もっている雪にフラフラと引き寄せられるのであった。


◇◇◇


 次の日。

 自警団との話し合いである。


 一度では終わらないというジェイミーの言葉は嘘では無かった。話し合いに大人しく参加することと引き換えに金貨三枚を貰ったシェリルだが、金貨を手渡すときの副隊長の恨めしげな視線から、騎士隊の懐事情を察することが出来たのだ。


 それならば、無いにも等しい額になるまで話し合いを引き延ばそう、とシェリルは考えた。どうせ馬車にも馬にも乗れないから逃亡は無理だし、こういうことには燃える性分なのだ。騎士隊に感謝される場面を想像しながら、ムフフと不気味に笑う。


 騎士隊はシェリルを捕らえることをとうに諦めてしまったらしい。備品の弁償に関する話にはあまり干渉してこなかった。代わりに、人身売買の問題に全力で取り組むことにしたようだ。オスカーたちの供述を元に、闘技場の経営者であるリスターとデニソンを徹底的に詰問(きつもん)した。


 しかし自警団は自警団で、話し合いをありったけ引き延ばし人身売買の件をうやむやにしようとしていた。何を聞いても「答えられない」の一点張りである。売ろうとしていた子供たちを取り戻すつもりはもう無いらしい。


 今や何でもかんでも引き延ばしだ。ちなみにシェリルが偽造した人身売買の証拠となる手紙は、自警団からやってきた鑑定人に「六十パーセントの確率で本物かもしれない」と評された。またもや引き延ばしである。


 話し合いが終わり自警団の一行が去ったのち、騎士隊の執務室にリリーがやってきた。彼女は婚約者探しを引き延ばしているジェイミーの胸ぐらを掴んで言った。


「人身売買? シャウラ国? それがどうしたの兄さん。いい加減にしないとお父様に殺されるわよ!」


 妹に乱暴されているジェイミーを見て、問題を引き延ばし続けるとああなるんだな、と騎士たちは学んだ。執務室の端で問い詰められているジェイミーをよそに、現在アンタレス国はどういう状態に陥っているのか、騎士隊一同は真剣に話し合う。


 執務机で上層部に提出する報告書を作成している隊長を取り囲み、それぞれが意見を述べた。


「問題は、シャウラ国が何を企んでいるのかということに尽きます。殺し屋によるウィリアムの襲撃。人身売買で大金を稼ごうと自警団に持ちかけたこと。これらはきっと、アンタレス国とアケルナー国の同盟と関係しています」


 副隊長の意見に、ニックが続く。


「シャウラ国の殺し屋がウィルを襲ったのは、アンタレス国とアケルナー国の不仲を誘うためでしょう。同盟がうまくいけばシャウラ国は二度とアンタレス国に手を出せない。だからあの男はスプリング家の一員だなんて嘘を言ったんです。俺たちはアケルナー国に不信感を持って、同盟の話し合いは延期するという話になりかけた」


 騎士たちに混じって話を聞いていたシェリルは、うんうんと頷く。


「私もそう思う。食料庫でアニーさんが矢に射られそうになったことが何よりの証拠よ」

「……どういうこと?」


 突然話に入ってきたシェリルに迷惑そうな顔を向け、ニックが尋ねる。シェリルは得意になって胸を張り、疑問に答えた。


「アニーさんが人質になったとき、そこにいる隊長が言ったの。人質を傷付ければアケルナー国からの宣戦布告と受けとるってね」


 アニーを傷付ければ戦争が勃発する。シャウラ国にとっては願ったり叶ったりの話だ。だからバートは一瞬しか無い逃亡のチャンスを、アニーを矢で貫くことに使ったのだ。


 シェリルの説明に隊長は渋い顔を浮かべる。


「まるで俺のせいみたいな言い草だな」

「そんなに自分を責めないで、隊長さん」


 当てつけがましいシェリルの言葉に隊長は舌打ちを返す。


 それならば、と隊員の一人が口を開いた。


「人身売買もアケルナー国との関係悪化を狙ってのことなのか?」

「いや、アンタレス国が人身売買をしているとなったら、関係は悪化しないだろ」


 ニックの突っ込みに一同はそうだよなぁと頷く。


 アケルナー国はアンタレス国に、奴隷制を受け入れさせたいと思っている。だからこそ同盟の話し合いが長引いているわけで、アンタレス国で人身売買が行われているならば、即、同盟は締結となるだろう。


「国軍と自警団との内戦を誘発したいとか……」

「人身売買で? もっと他に方法あるだろ。大体、自警団は人身売買なんか無かったことにしようとしてるし」

「じゃあ、人口の減少を狙って……」

「どんだけ長い道のりなんだよ。アンタレス国は元々人口少ないしあんまり意味ないと思うけど」

「じゃあただの嫌がらせかも」

「それはあり得る」


 どうもしっくりくる理由が見つからない。うーんと頭を悩ませる隊員たち。報告書に黙々とペンを走らせていた隊長は、何かを思い出したようにふと顔を上げた。


「そういえば昔、アルファルドという国があったよな」


 この話の流れで何を言い出すのか。隊員たちは困惑した表情を浮かべる。副隊長だけが隊長の言葉に頷いた。


「ありました。小さい国でしたよ。確か五、六年前に消滅しています」

「あの国はアケルナー国の同盟国だったな。そうだろう、スプリング」


 急に話を振られて、シェリルは戸惑いながらも首を縦に振る。


「え、ええ。そうよ」

「アルファルド国は吹けば飛ぶような小国だった。それなのにアケルナー国のような大国と同盟を結んでいたことが、ずっと不思議だったんだ。お前はその理由を知っているのか?」


 知らないとは言わせない、と隊長の顔には書いてある。シェリルは大してためらうことなく隊長の疑問に答えた。


「あの国は、国民の三分の一を奴隷としてアケルナー国に差し出したの。うちの国王は奴隷が金貨よりも価値あるものに見えてるのよ。金銀財宝を積まれても見向きもしなかったのに、奴隷を差し出されたとたんに同盟締結となったわけ」


 そうか、と呟いたあと、隊長は眉間にシワを寄せ考え込む。だからどうしたのだろうとほとんどの隊員たちが首を傾げるなか、ニックがはっと息を呑んだ。


「それだ。シャウラ国は奴隷を貢いでアケルナー国に取り入るつもりだったのかも」


 ニックの意見に賛同する者は少なかった。


「貢ぐなら自分の国の人間を差し出す方が手っ取り早いんじゃないか? なんでわざわざアンタレス国民を……」

「あの国は人口と戦力が(ひと)しいからだよ」


 シャウラ国で生を受けた者は、生まれたその瞬間から国王のために人生の全てを差し出さなければならない。老若男女関わらず戦争に駆り出されるため、アンタレス国よりも人口が少ないのにアンタレス国軍よりも兵の数が多いという謎の現象が起きている。つまりシャウラ国が自国の人間を奴隷として差し出せば、国の力も衰えてしまうのだ。


 ニックの考えに副隊長は一理あると言った。


「アンタレス国で人知れず奴隷制を定着させることも、一種の成果となるだろう。アケルナー国に取り入ろうとしているというのは、あり得る話だ」

「アケルナー国の力を借りればアンタレス国の侵略なんて容易いですしね。アケルナー国も、同盟なんか結ばずに力ずくでアンタレス国の資源を奪う方が簡単なわけですし」


 ニックの話に確かに、と全員が頷く。アケルナー国が戦争という手段をとらないのは、ローリーを警戒しているからという部分が大きいだろう。ローリーを欺くことなど容易いとシャウラ国が証明すれば、アケルナー国はあっさりと手のひらを返すかもしれない。


「もしアケルナー国とシャウラ国が攻めてきたら、勝てますかねぇ」


 隊員の一人が不安げに呟く。

 瞬間、全員が黙りこむ。




 勝てるかなぁ……。


 多分、負けるだろうなぁ……。




 騎士たちの心は一つになった。

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