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64.ひらめき、きらめき

「自分の優秀さが怖いわ。本当に見事な手際だった。皆もそう思わない?」


 騎士隊の執務室でシェリルは調子に乗っていた。


 隊長の執務机に腰かけ、満ち足りた気分でふんぞり返る。さぁさぁ褒めてつかわせと騎士隊の面々に視線を投げるが、隊員たちは皆、シェリルと目が合わないようあらぬ方向に顔を背けていた。


 シェリルの現在の立ち位置は微妙だ。これから自由になるのか地下牢に戻るのかはっきりしない段階で、余計なことを言わないよう隊員たちは用心しているらしい。あるいはただ単に相手をするのが面倒くさいだけかもしれない。


 それでも、少し冷たくはないかとシェリルは思った。つい先程まで助けて欲しいと周りを取り囲んでいたくせに、手を貸したとたんこれである。


 一人でふてくされていたら、執務室の窓に背中を預けているジェイミーと目があった。

 ジェイミーは窓、ウィルは扉を塞いでいるので、恐らくこの二人は副隊長が戻ってくるまでの間シェリルの逃亡を防ぐよう命じられているのだろう。


 ジェイミーは特に警戒する様子もなく、愛想のいい笑顔を浮かべた。


「確かに、見事だったよ。本当に助かった。ありがとう」

「いいのよ。これくらい」


 ジェイミーにこんな風に感謝されるなら、頑張った甲斐(かい)もあるというものだ。シェリルは満足感に浸った。


「そういえば、オスカーたちが今、本部にいるんだけど」


 ジェイミーが言葉を選ぶように話を切り出した。シェリルは調子よく頷いて見せる。


「ええ、知ってる」

「オスカーたちの証言で、シェリルが人身売買に関わっていないことを証明出来るかもしれない。もうあの地下牢には戻らなくてよくなるよ、多分」

「それは嬉しいけど、証明出来なくても地下牢には戻らなくていいことになったの」


 シェリルの言葉にジェイミーは目を見開く。周囲にいる隊員たちも、シェリルに視線を向けてきた。


「副隊長がそう言ったのか?」

「ううん。誰にも言われてないけど、そうなるわ、絶対」


 戸惑うジェイミーの問いに、シェリルは自信満々に答える。ジェイミーが再び何か言おうとしたとき、副隊長が部屋に戻ってきた。


「副隊長、無事ですか」


 ニックが一も二もなく副隊長の怪我の有無を確認する。副隊長は自分でも信じられないという顔で呆然と頷いた。


「無傷だ。殴られるどころか謝られた」

「嘘でしょう。先生は睡眠薬の中に優しさを芽生えさせる新薬でも仕込んでたんですかね」


 ニックの言葉に副隊長は苦笑する。とりあえず、騎士隊が血祭りに上げられる心配はなさそうだ。


 執務室全体に漂っていた緊張感が緩む。シェリルは副隊長に向けて声を張った。


「ねぇ、私はいつまでここで遠巻きに監視されてなきゃいけないの?」


 副隊長はそのとき初めてシェリルの存在を思い出したというような顔で、拳で手のひらを打った。


「ああ、もう少し待ってくれ。今から上層部と話をしてくる。可能なら陛下に謁見して地下牢に戻らなくてすむよう進言を……」

「そう。それならその前に、少し話があるんだけど」


 そう言ってシェリルはちょいちょいと副隊長に手招きする。副隊長は訝しげな表情を浮かべ、身構えた。


「嫌な予感がするのは俺だけだろうか」

「さっきからずっと褒めてもらいたがってるんですよ。見事な手際だったとか何とか言って」


 ニックに耳打ちされて、副隊長はああ、そういうことかと納得した。シェリルに近付きわしゃわしゃと頭を撫でる。


「よくやった。天才だな。今度お菓子を買ってあげよう」

「違う違う! そうじゃない!」


 シェリルは副隊長の手を払いのけた。しかし副隊長はその仕草を照れ隠しと受け取ったらしい。はっはーんと不敵な笑みを浮かべる。


「さては大人ぶりたいお年頃か。それなら、大きいケーキを買ってあげよう」

「あんまり変わらないじゃない! そうじゃなくて、本当に話があるの!」


 むくれながらそこに座れとソファーを指す。副隊長は「はいはい」と肩をすくめて大人しく従った。シェリルは副隊長の向かいに腰を下ろす。その周囲を騎士隊一同が取り囲んだ。


「それで、話ってのは何だ?」


 副隊長の問いにシェリルは背筋をピンと伸ばし、かしこまった風に咳払いした。


「私ね、地下牢でずっと考えてたのよ。どうして自分は地下牢に入れられたんだろうって」


 神妙な顔で語るシェリルに副隊長は呆れた顔を向ける。


「それは何度も説明しただろう」

「ええ。ルドベキア軍からスプリング家など存在しないと言われたからでしょう。だから私の正体を探ろうとした。人身売買の場に都合よく居合わせたことも不審に思ってたのよね。ついでにバート・コールソンとも繋がってるんじゃないかと疑ってた」

「よく理解してるじゃないか」


 副隊長は分からないという顔でシェリルを見つめる。シェリルは秘密を打ち明けるみたいに、身を屈めて声を潜めた。


「おかしいと思わない?」

「おかしい? 何がだ」

「私が正体不明だということは最初から分かりきってた。確かにルドベキア軍の情報は信頼性があるけど、ちゃんと伝えたはず。私がスプリング家であることは証明出来ないって」


 それでも国王であるローリーは、スプリング家は実在すると睨み、シェリルがこの国に留まることを許したのだ。目的も正体も定かでなかった段階でシェリルを受け入れたのである。

 思えば、この判断に口を出す者がいなかったことが不思議でならない。議会に内緒で、制限つきとはいえシェリルを自由に歩き回らせることを決定するほどの力が、彼にはあるのだ。


「当然だろう。陛下はこの国の最高権力者だ」


 副隊長は憮然とした表情で言った。シェリルはその通り、と頷く。


「つまり彼は、最愛の弟を襲ったバートを捕らえるために、シャウラ国に諜報員を送り込むことが出来る。その気になれば、議会の決定が無くても自警団を調査することだって出来る」


 にもかかわらず、そうしない。

 その理由は十六年前、アンタレス国を守るために奮闘した民兵たちだとシェリルは予想する。


 ローリーが戦場に送り込んだがために命を落とした民兵たち。彼らの命を奪ったのはシャウラ国であるが、ローリーは自分を責めている。


 だから、シャウラ国に兵士を送り込むことが出来ない。送り込んだ者が死体となって戻ってくることを誰よりも恐れている。

 そして、民兵たちを弔う気持ちから始まった自警団を、軽々しく調査することも出来ない。


「だからどうした。要するに何が言いたいんだ」


 終わりの見えない話に副隊長は苛立ちはじめる。しかしシェリルは全く意に介さず、そのままのペースで話を続けた。


「ローリーは、スプリング家は実在するという自分の直感を信じたの。だから私の提案を受け入れた。ルドベキア軍の手紙一つでその判断が揺らぐとは、どうしても思えない。だからずっと考えてたのよ。どうして自分は地下牢に入れられたんだろうってね。そしてひらめいた」


 何を、と副隊長は尋ねる。シェリルは得意になって胸を張った。


「弱点よ。同盟の交渉に使える、ローリーの弱点を見つけたの」

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