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63.一件落着?

 地下から地上へと無事生還したシェリル。

 逃亡を防ぐため大勢の騎士に囲まれ、腰には鎖を巻かれ、おまけにその鎖の先をジェイミーが握っている状態だが、逃亡するつもりなど無いので何てことはない。


 闘技場のデニソンという男が持ってきたという診察記録の筆跡を真似て、証拠を偽造する。内容は、『人身売買の計画は順調だ、全ての責任はオスカーたちに負わせる』という旨を当たり障りなく書いた手紙だ。宛名は無し。一番重要なのは署名の部分である。デニソンの筆跡で偽造した手紙だが、リスターの名前で締めくくる。


「どうして署名がリスターなんだ?」


 シェリルを取り囲んでいる騎士の一人が尋ねる。シェリルは完成した手紙を封筒に入れ得意げに、理由を説明しようと口を開いた。しかしシェリルの話を副隊長がすかさず遮った。


「仲間割れを誘うためだろう。スプリング、恩に着る。時間が惜しいから礼に関しては全て終わってから――」

「ちょっと、だめよ!」


 完成した手紙を受け取ろうと手を伸ばした副隊長を、シェリルはすかさず押しとどめる。それから手紙を両手で持ち、いつでも真っ二つに破れるような体勢をとった。


「何のつもりだ?」


 苛立ちを隠さない副隊長に対し、シェリルは機嫌よく告げた。


「これは私が直接リスターとデニソンに渡す。そうじゃなきゃ今すぐ破り捨てるから」


 副隊長はつとめて冷静な態度で、腕を組み話を聞く姿勢を見せた。


「理由は?」

「私を二人に紹介して欲しいの。闘技場の皿や花瓶を壊した責任をとりたいから」


 ジェイミーが真っ先に反応を示す。


「責任って、どうやって……」

「私、外国の身分証をいくつか持ってるの。その名前のひとつを使って、損害を弁償するという契約を自警団と結ぶ。そうすれば闘技場の備品を壊したことの話は解決するでしょう?」


 なるほど、と副隊長が納得する。しかしジェイミーは慌てた様子で声を上げた。


「そこまでしなくていいよ。責任なら俺が取るから」

「だめよ。そんなことしたらジェイミーの経歴に傷が付く。大体、グラスとか燭台とかを壊したのはほとんど私なの。お金は持ってないから騎士隊の予算で何とかしてもらうことになるけど、私が支払ったことにすれば国軍の名誉は守られるでしょう」


 ついでに、ついさっき偽造した手紙を国軍に提供したのも、シェリルだということにして欲しいと付け加える。そうすれば万が一偽物だとバレても矢面に立つのはシェリルということになる。


 時間が惜しかった副隊長はあっさり頷いた。シェリルの提案を受け入れれば、闘技場で顔を見られてしまっているジェイミーが諸々の罪を被らずに済む。それは騎士隊の名誉を守ることにも繋がるのだ。断る理由など無かった。


 しかしジェイミーは納得できないという顔を崩さない。


「そんなに難しく考えないで。私はこの国に来たときから身分を偽ってた犯罪者なのよ。いまさら備品を壊した罪が増えたってどうってことない」

「でも……」


 なおも反論しようとするジェイミーを、ニックが無理矢理押し退ける。


「あー、はいはい。ジェイミー、紳士ぶるのは後でもいいだろ。早くしないと顧問の足止めしてるウィルの話題が尽きる。さっき様子を見に行ったら五番目に好きな食べ物まで聞き出してたぞ。このままじゃ六番目を聞き出すはめになる」


 言いながら、ニックは手早くシェリルの腰に巻いてある鎖を解いた。シェリルはその行動に驚く。


「別に拘束したままでもよかったのに」

「リスターとデニソンだってバカじゃないんだから、鎖で繋がれた人間が出てきたら不審に思うだろ。副隊長とウィルがいればそう簡単には逃げられないしな。ほら、副隊長、行ってください」


 ニックは手紙を持ったシェリルを副隊長に押し付ける。ジェイミーが文句を言う隙もなく、二人は執務室を出ていった。






 闘技場の法律顧問立ち会いのもと、シェリルはリスターとデニソンに手紙を手渡す。デニソンの筆跡で、署名はリスター。内容は人身売買について。当然二人は口論になる。


 デニソンが自分の名前を使って手紙を書いていたと怒るリスターと、何かの間違いだと弁解するデニソン。しばらくして冷静になった二人は、この手紙は国軍が用意した偽物なのではないかと疑いはじめた。


 しかし、散々口論した後である。人身売買に関わっていないなら、売買に関する内容の手紙を読んだ時点で偽物だと疑うはずではないのか。そう副隊長が指摘した瞬間二人は気まずそうに口を閉じた。その反応が、全てを物語っていた。


 顧問はひとまず手紙の鑑定を要求した。一週間後、自警団が指定した鑑定人が本部を訪れ、手紙が本物かどうか確かめるという話に落ち着く。リスターとデニソンは鑑定の結果が出るまで自警団が預かることになり、子供たちは引き続き国軍が世話をするということになった。


 最後に、闘技場の損害をシェリルが弁償するという簡単な契約を交わす。シェリルは外国からの留学生であると名乗り、弁償額は話し合いで決定するということでリスターとデニソンは納得する。鑑定人が来る一週間後に最初の話し合いを行うということで話は決まった。


◇◇◇


 騎士隊の隊長、キャンベルは、超強力睡眠薬から覚醒し医務室のベッドにぼんやり寝そべっていた。その(かたわ)らに立っている副隊長、スコールズは、現在の状況を丁寧に説明したあと意を決したように直立した。


「以上で報告は終わりです。覚悟は出来ています。投げ飛ばすなり切り刻むなり、お好きにどうぞ」


 睡眠薬を盛ったことやシェリルを地下牢から連れ出したこと、おまけに自警団と勝手に話をつけてしまったこと。ただでは済まないだろうと覚悟していた副隊長だったが、隊長は怒鳴るでも悪態をつくでもなく、深いため息をつき決まり悪く頭をかいただけだった。


「いや、俺のミスをよくフォローしてくれた。一歩間違えばお前も処分を受けるところだったな。悪かった」


 素直に謝る隊長に、副隊長は拍子抜けする。

 確かにリスターとデニソンを捕らえろという隊長の乱暴な命令は、騎士隊にかつて無い危機をもたらした。しかしそれでも、やけに殊勝(しゅしょう)な態度の隊長を前にして副隊長は戸惑いを隠せない。


「どうしたんですか隊長。もしかしてまだ完全に目が覚めてませんか」

「俺が反省するのがそんなにおかしいか」

「いえ……」


 詳しく聞くところによると、隊長は医務室で目を覚ましたあと、衛生隊長であるマーソンに本気の説教を食らい自分の行いを見つめ直したのだという。眠らず休まず体を酷使することは別に立派なことでも何でもない、と説き伏せられたらしい。

 隊長は最初、騎士隊の長たるもの、多少の無理が利かなくてどうすると反論した。しかしマーソンは、お前が無理をすればスコールズもそれに(なら)おうとするんだぞ、と隊長に言って聞かせた。その言葉で隊長は目が覚めたのだ。そうだよな、と目から鱗が落ちたのである。


「お前は真面目だから俺のやり方をすぐ真似ようとするだろう。今回のことは見習わなくていいからな」

「しようと思っても出来ませんよ」


 副隊長は隊長の忠告に苦笑する。


 隊長を真似ようとするのは、真面目だからというよりも憧れているからと言う方が正しい。確かに、マーソンの言う通り隊長が不眠不休で働けば、自分はそれに(なら)おうと努力はするだろうと副隊長は思った。

 ただ、基本的に隊長のすることは人並み外れていることが多いので、真似ようとしてそう簡単に出来るものではない。


「とにかく、しっかり休んでください。学校の授業は私が代理で受け持ちます」

「悪いな。無理はするなよ」

「その言葉そっくりそのままお返ししますよ」


 投げ飛ばされることなく報告が済んだので、副隊長はホッと胸を撫で下ろし医務室を出ようとした。扉に手をかけたとき、隊長に呼び止められる。


「ちょっと待て。ひとつ確認したい」

「何ですか?」

「闘技場の備品を壊した責任をスプリングが一人で被ったと言っていたな。あの女はなぜそんなことをしたんだ」

「ジェイミーを庇ったんでしょう。備品の破壊はスプリングの仕業だったようですし」

「そうか……」


 隊長は眉間にシワを寄せ考え込む。副隊長は今度こそ、扉に手をかけ医務室をあとにした。

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