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61.騎士隊の危機

 リスターとデニソンを捕らえて約三時間が経過したころ。

 二人の帰りが遅いことを不審に思ったらしい自警団が、闘技場の法律顧問を送り込んできた。


 リスターとデニソン、そして子供たちを返せと言う顧問に対し、隊長は人身売買が行われていることを関知した以上それは無理だと一蹴した。すると顧問は、自警団が人身売買を行っていた正式な証拠が無いのであれば、国軍を訴えると宣言したのである。


 ジェイミーたちは自警団の行動の早さに驚いた。そして、人身売買という罪を犯そうとしていた自警団が、法で国軍に対抗しようとしたことにも驚いた。しかし何より驚いたのは、この展開に対し隊長が全くのノープランであったことだ。


 隊長は部下たちに向かって「解決策をひねり出せ」という無茶苦茶な命令を下した。普段の隊長であればもっと的確に指示を出してくれるのに、一体どうしたのだろうとジェイミーたちは首を傾げる。


 そして、一人の騎士がふと気づく。


 ウィルが殺し屋に襲われた王宮舞踏会から一ヵ月と一週間。面倒な問題を一度に抱えた騎士隊は、今日まで多忙を極めてきた。しかし隊長は全ての隊員たちに均等に休日を割り振ってくれていたので、バケツの水を被って寝込んだジェイミー以外、倒れる者は出なかった。

 騎士隊は元々体力馬鹿の集まりである。隊員たちは今日も元気に朝の訓練をこなし、仕事をこなし、充実した騎士生活を送っていた。しかし、隊長はどうだろう。隊長が最後に休んだのっていつだったっけ? と一人が呟いた瞬間、ジェイミーたちは「あれ……?」と顔を見合わせ青くなった。


 バート・コールソン脱獄の責任を被ったり、保身に走る貴族院に大量の書類仕事を押し付けられたり、ジェイミーのために始末書を書いたり、衛兵隊長の嫌がらせによって団長に目をつけられたり、シェリルの挑発を受け流したり。

 とにかくここ最近の隊長は気が休まる暇も無かったことだろう。それに加え騎士隊の訓練や軍学校での授業も通常通りこなしていた。


 休むどころか寝てもいないのではないだろうか。


 とすると、リスターとデニソンを拘束するという強引な指示を出したことも頷ける。隊長も人の子だ。眠らなければ前後不覚にもなる。今立っているのも不思議なくらいだ。


 ジェイミーたちはコソコソと真剣に話し合った。自警団についてではない。隊長をどうやって休ませるかについてである。休めと言って大人しく頷く人ならばこんな事態にはなっていないので、力ずくで休ませるしかないのだが、誰一人として隊長を取り押さえる自信が無かった。


 そうとなれば、最終的に頼れるのは副隊長とウィルである。隊長に対抗しうる者はこの二人しかいない。


 ジェイミーたちはひとまず、オスカーの尋問をしていた副隊長に事情を説明した。隊長がヤバイかもしれないと話すと、副隊長も隊長が全く休んでいないということに今さらながら気付き、慌てて尋問を切り上げた。別の隊の手伝いをしていたウィルに対しては説明する時間も惜しかったので問答無用で執務室に引っ張り込み、いざ、隊長に休息を与えんとする騎士隊の戦いが幕を開けたのである。




 作戦は成功した。事前に衛生隊長であるマーソンに協力をあおぎ、準備してもらった超強力睡眠薬を隊長に無理矢理飲ませ、薬が効くまで逃げないように騎士隊総出で取り押さえ、眠ったのち、医務室に閉じ込めたのだ。言うだけなら簡単だが、この作戦を成功させるために多大な犠牲を払ったということを付け加えねばなるまい。ジェイミーたちは隊長の抵抗によってそこかしこを負傷し、今や見るも無惨な姿である。しかし皆、我らが隊長のためならばこれしきの負傷は痛くも痒くもなかった。

 達成感に浸る隊員たちの中で、何の説明もなく突然取り押さえられ睡眠薬を飲まされた隊長の恐怖を推しはかる者は一人もいない。




 さて、本当に大変なのはここからである。


 隊長が復活した暁には隊員たちは全員血祭りに上げられるだろうが、それよりも恐ろしいのは現状を上層部または衛兵隊長に知られることだ。

 万が一自警団が国軍を訴えれば、上層部は騎士隊に諸々の責任を押し付けるだろう。責任をとるのは無論、隊長だ。


 とりあえず、闘技場の法律顧問の足止めに、滅多に振るう機会のないウィルの権力を利用することにする。アンタレス国の法律家の実情を知りたいという名目で、ウィルは顧問に次々と質問を投げ掛けた。王弟を相手に不躾な態度をとれない顧問は、不承不承、質問に答える。


 応接室に二人を閉じ込め、その間にジェイミーたちは人身売買の証拠をどのように見つけ出すか知恵を絞った。


 しかし、ここで問題がひとつ。

 アンタレス国という国で生まれ育ったジェイミーたちは、人身売買というものについてずぶの素人である。一体何が証拠になるのか皆目見当がつかない。人身売買に詳しい法律家を探している暇はない上に、証拠を見つけろと要求してくるくらいなので、自警団は人身売買に関わる証拠全てをすでに破棄しているだろう。


 頭を捻りうんうんと唸る隊員たちに向け、副隊長がポツリと呟いた。


「スプリングは人身売買に詳しいんじゃないか? 駆け落ち騒動を人身売買だと見抜いたくらいだ」


 その言葉に、ニックが渋い顔を浮かべる。


「あの子もグルかもしれないから地下牢に閉じ込めたんでしょう。下手に話を振ったら上手いこと踊らされますよ」


 確かにそうだ、と他の隊員たちが頷くなか、副隊長は「それが……」と曖昧な反応をした。


「オスカーとマックスの様子からして、スプリングが人身売買に関わっている可能性はゼロに近い。さっきまでオスカーに探りをいれていたんだが、どうやら上層部の思い過ごしだったようだ」


 副隊長のもたらした新事実に、ジェイミー以外の隊員たちは脱力する。


「そんなぁ。それじゃあまた隊長が責任を被ることになるじゃないですか」


 隊員の言葉に全員が苦い表情を浮かべた。シェリルの拘束を決定したのは上層部だが、国軍という組織は責任を押し付けあうのが当たり前の世界なので、拘束を実行した騎士隊が責任を取るはめになることは容易に想像できる。


 どんよりとした空気が流れる中、副隊長が声を上げた。


「でもまぁ、推測でスプリングを頼るのはリスクが高すぎるか。確か王都のはずれの神学校に奴隷制度の研究をしている講師がいたはずだ。その人を頼ってみよう」

「あの学校って片道半日以上かかるでしょう。雪のせいで道が悪くなってるし、本部に連れてくる頃にはさすがに上層部にバレてますよ」


 ニックの指摘に副隊長は苦笑いする。


「皆忘れてるだろうが、あと数時間でオスカーの仲間たちが連行されてくる。今本部には孤児院の院長であるハロルドさんがいるし、神殿には駆け落ち騒動の娘たちもいる。証言者には事欠かない。たとえ裁判になっても負けることは無い」


 副隊長の言葉に隊員たちはとりあえず納得する。騎士隊が原因で裁判が起こること自体が問題なのだが、いい加減に腹をくくる必要がありそうだ。


 参ったなぁとため息をこぼす隊員たちのなかで、ジェイミーだけが微妙な表情を浮かべていることに、ニックが気付いた。


「どうしたジェイミー。目が泳いでるぞ」

「ああ、いや……」


 ギクリと表情をひきつらせ冷や汗を流すジェイミーに、全員の視線が集まる。


「なんだ、何かいい案でもあるのか?」

「いえ、これといって思い付きませんが……」


 副隊長の問いに歯切れ悪く答えるジェイミー。その様子にピンと来たニックが、疑り深い視線を向ける。


「ジェイミー、お前シェリルちゃんから人身売買について何か聞いてるんじゃないか? 売買の手順とか、証拠になる書類とか」


 わかりやすくも図星を指されたという顔をするジェイミーに、副隊長は厳しい態度で迫った。


「白状しろジェイミー。どういうわけでそんなに挙動不審なんだ」

「それは、あの……」


 真剣な表情の仲間たちに囲まれて、ジェイミーは逃げ場を失う。騎士隊の危機とあって皆必死なのだ。言い逃れはとても出来ない雰囲気である。


 ジェイミーは観念したように肩を落とし、ためらいがちに口を開いた。


「そのー、報告し忘れていたことが」

「何だ」


 食いぎみに副隊長に尋ねられ、ジェイミーはとうとう観念する。


「シェリルの左肩には、烙印があるんです」


 ジェイミーの言葉に全員が動きを止めた。副隊長が唖然と呟く。


「ということは、つまり……」

「つまり、彼女は奴隷です。この国で人身売買に一番詳しいのは、ひょっとしたらシェリルかもしれません」


 副隊長を筆頭に、騎士隊の面々はあんぐりと顎を落とした。

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