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60.見えない壁を越えたら

 国軍の(あずか)り知らぬところで自警団が進めていた人身売買の計画。裏で糸を引いていたのは敵国であるシャウラ国。


 耳を疑いたくなる情報にジェイミーたちはパニックになった。しかしすぐに冷静になった。何が起きてもひとまず隊長に報告。それが騎士隊の鉄の掟である。慌てるのは報告を終えてからにしようと決め、尋問に役立たないジェイミーとニックは報告のため執務室へ。副隊長は引き続きオスカーの心を削ることに専念すると決まった。


◇◇◇


 執務室に到着したジェイミーとニックが目にしたものは、見知らぬ客と睨み合う隊長の姿だった。双方は背の低い机を挟んで向かい合い座っている。その様子を、騎士隊の隊員たちが固唾を呑んで見守っている。


 まるで氷柱から滴が落ちる瞬間を待っているような、しんと静まり返る執務室でジェイミーとニックは顔を見合わせた。とても何があったのか尋ねられる雰囲気ではない。かといって引き返すわけにもいかず、二人は緊迫した部屋の様子から何とか情報を読み取ろうとした。


 隊長と向き合っている客は二人いる。二人とも質のいい服を身にまとった、やり手の商人といった風貌だ。厚手のマントを脱ぎもせず、目の前で悠然と構える隊長から一瞬も目を離さずにいる。

 隊長はというと、あっさり二人の客から視線をそらしジェイミーとニックに顔を向けた。こっちへ来いと指で示す隊長に従い、ジェイミーたちは隊長の両隣に腰をおろす。隊長は手のひらを客の方に向け、全く心のこもっていない口調で言った。


「彼らは自警団の闘技場を経営しているリスターとデニソン。闘技に参加し賞金を手にいれるだけでは飽き足らず、自警団が面倒を見ていた七人の子供たちを誘拐した、男女の二人組を探しているらしい」


 隊長の説明に、ジェイミーは思わず頭を押さえる。


 昨日、ジェイミーの顔を覚えていた駐在所の男たちに国軍騎士であることがバレたのだ。ウィルの騒動ですっかり失念していたが、自警団の男たちはしっかりと上に報告したらしい。


 闘技場の経営者だというリスターとデニソンは、目から矢でも飛ばせるのではないかというくらいに鋭い視線をジェイミーに向けた。リスターが口を開く。


「その二人組は逃走する際、厨房の食器棚を二枚も倒していきました。中に入っていた皿230枚とグラス80個は粉々。ついでに釣り燭台を三本と花瓶も一個破壊したのは確か、あなたにそっくりなジェイミーという男と焦げ茶の髪の女でしたよ」


 ジェイミーは冷や汗を流しつつ何とか声を絞り出す。


「皿230枚? 冗談でしょう」

「私も冗談だと思いたかったです。しかしあの日、あなたにそっくりな男が闘技に参加したこともそいつが実は国軍の騎士であったことも、まぎれもない事実でしょう。私どもはジェイミーという男のせいで皿とグラスと釣り燭台と花瓶と子供と一万カロンを失いました」


 リスターに続き、デニソンが口を開く。


「あなたのお名前をうかがってもよろしいですか? 何故だかあなたの顔を見ていると殺意が湧いてくるんですよ」


 確信を持った口調で尋ねられ、ジェイミーは愛想笑いを返すしか出来なくなる。隊長が大げさな咳払いをしたあと、ジェイミーに小声で囁いた。


「釣り燭台三本? 聞いてないぞ」

「あの……全く記憶にありませんが、なんとなく想像は出来てしまうというか……」


 ジェイミーとシェリルはあの日、かなり激しい逃走劇を繰り広げたらしい。子供たちが一晩中口を利かなかったのはひょっとしてそのせいではないだろうか。


「スプリングめ。わざと黙ってたな」


 隊長は舌打ちしたあと苛立たしげに吐き捨てる。ジェイミーは隊長の言葉に賛同しかねた。シェリルは報告するまでもないことだと思っていた可能性が高い。彼女はそういう感覚の持ち主だ。


 何はともあれ、今一番重要なのは自警団の経営者である二人が堂々と本部に現れたことである。彼らはオスカーとマックスが本部に連行されたことも当然知っているはずだ。


 ジェイミーは気を引き締めるために姿勢を正すと、リスターとデニソンに真剣な顔を向けた。


「私はジェイミー・ウィレットです。子供たちを連れ去ったのは私です」


 リスターとデニソンはさして驚く様子もなく嘲るような表情を浮かべた。


「庶民の遊び場で息抜きをするのが最近の上流階級の流行りですか? 無断で子供を連れ去る程に楽しんで頂けたのなら、経営者冥利に尽きますね」


 皮肉っぽく言ったリスターに対し、ジェイミーは苦笑混じりに答える。


「嫌味ならいくらでも聞きましょう。でもその前に要望を伺います。ここに来た目的を教えてください」


 ジェイミーの言葉を聞いて、リスターとデニソンは信じられないという顔をした。


「それはもちろん、あなたが誘拐した子供たちを取り返しに来たんですよ。ついでに闘技場の損害について、誠意を見せて頂きたい。これは非常識な要求でしょうか?」


 怒りを押し殺すような低い声でデニソンが言った。ジェイミーはすぐには返答せず、黙りこむ。


 損害に対し誠意を見せろという要求は納得だ。ただ、子供たちを返せという言葉は予想外だった。金に換えられなくなり持て余していた子供たちを再び手に入れてどうするつもりなのだろう。闘技場の従業員としてこき使うつもりなのか、それとも……。


 ジェイミーはふと浮かんだ考えに顔をしかめた。


 ひょっとしてまだ、人身売買の計画は続いているのだろうか。


 主軸となって人身売買を行おうとしたオスカーとマックスは今、国軍の手中にある。彼らを捕らえた国軍と顔を合わせるリスクをおかしてまで、その利益は余りあるものなのか。


 難しい顔で考え込むジェイミーの隣で隊長が静かに声を上げた。


「ニック。オスカーの尋問はどうだった?」


 完全に油断していたらしいニックは、突然話しかけられて少し慌てていた。


「え? えーっと、うまくいきましたよ。必要な情報は手に入れました」

「報告しろ」

「はい。え、今?」


 目の前のリスターとデニソンを気にしつつ、ニックは窺うような目を隊長に向けた。隊長が頷くのを見て、それじゃあ、と報告をはじめる。


 副隊長が聞き出したことをあたかも自分が聞き出したかのように報告するニック。そのことに関してジェイミーは特に驚いたりしないが、リスターとデニソンの反応にはさすがに眉をひそめた。


 焦るでも、驚くでもない。想定内といった風にニックの話を聞いている。


 ニックが全てを話し終えたと同時に、隊長が口を開く。


「と、いうことだ。とてもじゃないが自警団に子供たちは引き渡せない。分かるだろう?」


 冷ややかに告げられて、リスターは表情を歪める。


「分かりませんね。人身売買だって? 突然何を言い出すのかと思ったら馬鹿げたことを……」

「馬鹿げているというのは同感だが、オスカーとマックスが口を割ったんだ。こちらも知らないフリは出来ないのでね」


 ぴしゃりと言い放った隊長に負けじと、デニソンは鞄から紙の束を取りだし隊長に差し出した。


「私は闘技場の経営だけでなく、選手たちの健康管理も担っています。オスカーとその取りまきに関して、私は常日ごろ頭を悩ませておりました。これを見れば理解して頂けるでしょう」


 隊長の受け取った書類を、ジェイミーとニックは両側から覗きこむ。それは、オスカーを含む五人の男たちの診察記録であった。


 リスターは疲れたような声で、書類を凝視する三人に話しかけた。


「彼らには虚言癖があります。あの五人組は滅多に試合に出ないくせに、胃が痛いだの骨が折れただのといって頻繁に薬を無心していました。分かるでしょう? 薬中なんですよ」


 つまり、人身売買の話はオスカーたちの妄想の産物なのだとリスターは断言した。


 隊長はつまらなそうにため息をつき、診察記録を机の上に放る。


「薬中が思い込みで孤児を引き取ったというなら、都合がいいじゃないか。これから子供たちは国軍で世話をするということで問題解決だろう」

「見くびらないで頂きたい。我々庶民にも情というものはある。あの子たちはもう我が子も同然だ。そう簡単に手放せると思いますか?」


 怒り心頭という様子のデニソンに、隊長は嘲笑を返す。


「では教えてくれ。子供たちがアザだらけだったのは、お前たちの愛情(ゆえ)なのか?」

「国軍は個人の教育方針に干渉する権利までお持ちなのですか?」


 ジェイミーとニックは隊長の表情をこっそり盗み見た。隊長はこの手のまどろっこしいやり取りが大嫌いなのだ。案の定、面倒くさいという感情が頂点に達している様子である。


「その通り。我々は貴様らの生活全てに干渉する権利がある。特に騎士隊は権力があり余ってるからな。何をやっても許されるんだよ」


 一体どこの暴君かと問いたくなるような言葉を吐いた隊長は、後ろに控える部下たちを振り返った。


「この二人を捕らえろ。尋問する」

「え……」


 隊長の命令に固まる隊員たち。ジェイミーは驚きつつ隊長に耳打ちする。


「た、隊長。それはまずいです。上層部に報告してからじゃないと、減給じゃ済みませんよ」

「かまわん。上の指示を待っていたら百年たっても解決しないだろう。上層部にバレる前に犯罪者をあぶり出す」


 隊長はもうヤケクソであった。王宮舞踏会を皮切りに次から次へと問題が降ってきて、疲労困憊なのである。正面切って自警団を問いただせないことに苛立つ部下と、なるべく事を荒立てたくない上層部との板挟みで、心底うんざりしていた。


 捨て鉢になってしまった隊長の両肩をニックが掴む。


「隊長、落ち着いてください。隊長がクビになったら誰が俺のことを守ってくれるんですか。貴族だらけの上層部に苛められたくはないです。お願い置いていかないで下さい!」

「誰がクビになるか! 俺の人望をナメるな。そう簡単にクビにはならんわ!」


 隊長は怒鳴りつつ、ニックを乱暴に引き剥がした。


 リスターとデニソンは警戒心をあらわに隊長を睨み付ける。


「いくら騎士隊の隊長様といっても、罪のない一般人を拘束すれば問題になるのでは? 国軍が許しても自警団は黙っていませんよ」


 勝ち誇った表情で言ったリスターに対し、隊長は鼻で笑ったあと先程の診察記録の束を掲げて見せた。


「罪のない? 文書の偽造は立派な犯罪だろう」

「……なんだって?」


 隊長の言葉にリスターは表情をひきつらせる。その様子に、隊長は口の端を上げた。


「昨日の今日で仕上げたにしては上出来だが、詰めが甘い。インクの匂いは新しいし、紙だって折り目ひとつついてない。二年前の記録もあるのに、よほど保管状態がよかったんだな」


 そういわれてみれば、とジェイミーたちは掲げてある診察記録に目を凝らす。隊長は押し黙るリスターたちに構わず言葉を続けた。


「まぁ、仮にこれが本物だとして、薬中と知っていながら薬を処方し続けたことも問題だ。言ったろう。詰めが甘いんだよ。全てをオスカーたちの責任にして追求を免れようとしたんだろうがそうはいかない。半端な策で本部に足を踏み入れたことを後悔しろ」


 そこまで言って、隊長は再びリスターとデニソンを捕らえるよう部下たちに命じる。隊員たちはお互いに顔を見合わせ、渋々指示に従った。


 悔しそうではあるが大人しく捕まったリスターとデニソンを見て、ジェイミーは不安げな声を溢す。


「本当に大丈夫でしょうか……。自警団は裁判なんて起こしませんよね」

「そいつらは面倒を押し付けられた只の下っ端だろう。本物の経営者は多分、次の次くらいに訪ねてくる奴だ」


 だから大丈夫だろ、と隊長は気のない風に呟いた。しかしいくら隊長が大丈夫だと言っても、長年見えない壁に隔たれていた国軍と自警団が衝突する事態に、ジェイミーたちは不安な気持ちを募らせた。

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