5.多忙(?)な人々
「よぉジェイミー、ぶっ倒れたんだって?」
ジェイミーが執務室に入ると、普段隊長が座っているはずの場所をニックが陣取っていた。いつぞやバラバラにしたパズルを机に広げている。
「隊長は?」
「衛兵隊長と拳で語り合ってるよ」
「またか」
騎士隊長と衛兵隊長は昔から犬猿の仲である。今こそ互いに手を取り合うときなのに、誰もが予想したように両者は意見が食い違い、手を取るどころか髪の毛をむしり取り合っている。
「それ、報告書?」
少し離れた場所に座っていたウィルは、立ち上がってジェイミーの手元を覗き込んだ。パズルのピースを睨んでいたニックが呆れた表情になる。
「倒れても仕事かよ。相変わらずクソ真面目だな。サボれるときはサボっちまえよ」
「お前はもう少し真面目に生きた方がいいと思うぞ」
ジェイミーは隊長の机の上に乗っているニックの足をパシリと叩く。
「真面目に留守番してるだろ……」
渋々と足を下ろしたニックは、ジェイミーの報告書をふんだくった。
「隊長に渡しとく」
「……いや、自分で渡す」
「なんだその目は! 忘れたりしねぇよちゃんと渡すって!」
「その言葉を信じたいところだが、どうせ隊長とは話があるし、自分で持ってくよ」
ニックは「ああそうですか」と言って報告書を机に放り投げた。
「アケルナー国に報告するのかな?」
ウィルの問いに、ジェイミーは腕を組み考え込む。
「報告しないわけには、いかないだろうな」
この状況で、同盟の話を進めることはできない。しかし話し合いを延期するということは、アケルナー国を疑っていると言っているのと同じである。両国の間に溝ができることは必至だ。
「戦争とかにならなきゃいいけど」
ウィルが不安げに呟く。それを聞いたニックは、絶対に合わない場所にピースを無理矢理押し込みながら気楽に笑った。
「大丈夫だろ。陛下が何とかしてくれるって」
「何だそれ。兄上はそこまで万能じゃないよ」
ウィルが冗談だろと言いたげに苦笑した瞬間、ニックとジェイミーは唖然としてウィルを凝視した。
「万能じゃないだって……?」
ジェイミーの問いに、ウィルは困ったように眉尻を下げる。
「そりゃそうだよ。普通の人間なんだから」
「そう信じてるのは多分、お前だけだぞ」
「ジェイミー。まだ熱が下がってないんじゃないの? 人間じゃないなら、何なんだよ」
ウィルの問いに、ニックが至って真面目な表情で答えた。
「俺はあの人を国の守護神的な何かだと思ってる」
「本気で言ってるのかそれ」
ニックはもちろんと頷く。
ウィルの兄であり、国王であるローリー・ハートは、王になる為に生まれてきたとしか思えない男だ。頭脳明晰、容姿端麗、体術剣術なんでもござれ。国王になる前はその背中に国ではなくバラの花を背負っていた。まさに神に愛された男。彼自身を神だと崇める人も少なくない。
「お前は陛下の進める同盟がダメになると思うのか。全く冴えないお前が」
「僕が冴えないことは関係ないだろ」
ニックの言葉にウィルは覇気のない声を返す。
王弟、ウィリアム・ハートは、きっと国王というものから誰よりもかけ離れた男だ。冴えないという言葉に尽きる男である。
アンタレス国では珍しい黒髪に、この国の豊かな自然を映したような緑の瞳。人好きのする雰囲気をまとってはいるが、それが威厳を損なわせる要因にもなっていた。
身体能力に関しては騎士隊の中でも群を抜いているのだが、軍学校の同期や騎士隊の人間以外にはあまり知られていない事実である。何故広まらないかは謎だ。きっとウィルがすごく冴えないからだろう。
「本当に陛下の弟なのかお前」
「うるさいな」
ニックに強く言い返すこともできず、ウィルはソファーの上で膝を抱えてしまった。こういうところが王族らしくないと言われる所以である。
ジェイミーは部屋のドアノブに手をかけた。
「隊長は衛兵隊の執務室にいるのか?」
「そうだけど、え、行くの?」
ニックは信じられないという顔でジェイミーを見た。
騎士隊長と衛兵隊長が殴りあっているときは、両者の体力が底をつくまで傍観しているのが一番だ。今二人に会いに行くということは、己を窮地に追い込みに行くと宣言しているに等しい。
「仕方ないだろ。仕事が進まない」
「仕事仕事って、お前はもっと楽に生きろよ。そんなんだから婚約者に浮気されるんだぞ」
「もう一回そのことに触れたらキャサリンとケイシーにお前の愚行を暴露してやる」
「悪かった。俺が悪かったからそれだけは……」
忘れかけていた自分の状況を思いだし、ジェイミーは気が重くなった。もう部屋を出ようと扉の方を向いた瞬間、額に扉が激突した。
「痛!」
「ウィル! ここにいたの!」
勢いよく開いた扉のすぐ隣で、ジェイミーはうずくまる。扉の向こうから美しい娘が現れ、膝を抱えているウィルの方へ一目散に駆け寄った。
「リリー、どうしたの」
「あなたに会いに来たのよ。ついでに兄さんに用があるんだけど、どこにいるか知らない?」
ウィルはなんとも表現しようのない表情で、うずくまっているジェイミーを指差した。
◇◇◇
「シェリル」
背中に異様な視線を感じ、厨房で食器を磨いていたシェリルは恐る恐る振り返った。
「アニーさん……」
「休憩よ。こっちに来なさい」
シェリルは怖い顔をしたアニーに後ろ首を掴まれ、休憩室まで引きずられた。
休憩室にはすでに一人、先輩のメイドがいた。シェリルとアニーはメイドの向かいに腰かける。
「それで? ジェイミー様の担当になった感想は?」
アニーに問われ、シェリルは顔をうつむかせ、小さな声で答えた。
「あの、凄く素敵な方でした」
「いいなー!」
アニーはそう叫んで机に突っ伏した。
向かいのメイドが頬杖をつきながらニヤニヤと笑う。
「アニー、あなたの担当のスタンリー様だって素敵じゃない」
「どこが? 確かに最初はカッコいいと思ったけど、半日お世話して分かったの。あいつ只のナルシストよ!」
「あー、確かに、そんな感じはするかも」
苦笑いで言ったメイドは、カップに紅茶を注いでいく。アニーは机に顎をのせてその様子を眺めながら、恨みがましく呟いた。
「どうしてシェリルだったのかしら。ヘレンさんが理由を教えてくれないの」
「と、特に深い理由は無いんじゃないですか?」
シェリルは内心冷や汗をかきながら、何でもないと言う風に言った。家政婦長は本当に、あの騒動を自分の胸の内だけに納めていてくれたらしい。
アニーは大きく溜め息をつく。
「ジェイミー様はさぞお優しい方なんでしょうね」
「それは、もう」
シェリルは大きく頷く。それを聞いてアニーはますます落ち込んだ。
「分からないなぁ。ジェイミー様のどこがそんなにいいわけ?」
カップに紅茶を注ぎ終えたメイドが、それぞれにカップを手渡しながら言った。アニーは両手で拳を握り、憤った様子で机を叩く。
「何言ってるのよ、素敵な方じゃない!」
「よりどり見どりの騎士隊の中で、わざわざ熱を上げる程じゃないわ。それに私、ジェイミー様って苦手なのよね」
「どうしてですか?」
シェリルは首を傾げる。メイドは両手を組みその上に顎をのせて、シェリルを真正面から見据えた。
「だって、あの方って誰にでも優しいじゃない」
「それのどこがダメなんですか?」
「つまらないし、退屈よ。やっぱり男の人っていうのはちょっと危険な香りがする方が魅力的よね」
「危険な香り、とは?」
シェリルは興味津々で身を乗り出す。
「危険っていうのはね、隙を見せたら襲われちゃうかもしれないってことよ」
「襲われる……」
「そう、食べられちゃうの。もちろん比喩だからね」
ゴクリと生唾を飲み込むシェリル。メイドは意味深な笑みを浮かべている。そんな様子を不機嫌な顔で眺めていたアニーは、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「じゃあ誰ならあんたのお眼鏡にかなうわけ?」
「私? 私はやっぱり、アーノルド様かなぁ」
メイドはうっとりと頬に手を当てて言った。アニーは感慨深げに頷く。
「確かに、アーノルド様も素敵よね」
「あんた結局誰でもいいんじゃないの」
話に熱中していた三人は、ゆっくりと忍び寄る影に全く気が付かなかった。
「ずいぶんと楽しそうね」
三人はピタリとおしゃべりを止める。そして、声のした方にゆっくりと顔を向けた。
「ヘレンさん……」
アニーがげんなりした顔をする。
「ちょっと目を離したらこれなんだから! 只でさえ王宮が大変なときに、おしゃべりしてる暇なんて無いわよ!」
三人は渋々、お茶会を切り上げ各自の持ち場に散らばったのだった。