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56.拘束は計画的に

「変態?」


 ジェイミーが反芻(はんすう)すると、シェリルはしっかりと頷いた。


「ええ、変態。社交界でそう呼ばれてるんでしょう?」

「ああ、そういえば……」


 ここ最近監視の仕事に気をとられ過ぎて、いつのまにか自分の状況を忘れていた。


 考えていることが顔に出ていたのだろう。シェリルは呆れ返った表情を浮かべる。


「忘れてたんでしょ」

「すっかり」


 そういえば婚約者を探すという話もあった。もう絶対に期限には間に合わない。面倒なことを思い出してしまい、ジェイミーはげんなりした。


「神官長の手紙を出してから二週間ほどたつんだけど、そろそろ効果があってもおかしくない頃だと思うのよね」

「神官長の手紙?」

「ええ。書いてもらったでしょう?」


 そう言われてみればそうだった、とジェイミーは他人事のように考える。そして、シェリルの言葉をよくよく考えたあと眉をひそめた。


「手紙なんていつ出したんだ?」

「だから、二週間前よ。ちゃんと複製して目ぼしい人に送ったわ」

「でも、手紙は送れないはずだろう」


 シェリルが本部から手紙を送ろうとした場合、隊長に報告がいくはずである。ということは本部ではない場所から手紙を出したことになる。


「伝書屋から送ったの。王都にある店よ」

「いつ?」

「兵舎に戻ったあと、抜け出したの」


 全く悪びれる様子もなく、シェリルが白状する。

 ジェイミーはあんぐりと顎を落とした。二週間前といえば書類仕事に明け暮れていた時期で、兵舎に戻れたのは連日夜が更けてからだった。


「一人で?」

「もちろん。誰にもバレなかったわ!」


 得意げにシェリルが言った瞬間、ジェイミーは目眩(めまい)を覚えてソファーの背もたれに崩れ落ちるように突っ伏した。


「なんてことを……」

「手紙を送るためだけに抜け出したの。大丈夫よ、やましいことは何もしてないから」


 ジェイミーがショックを受けている理由を、シェリルは全く理解していない。


 いくらアンタレス国が平和な国だとはいえ、夜中に一人で出歩くのは危険きわまりない行為である。しかも夜中に開いている伝書屋を探そうと思ったら、賭博場や娼館の立ち並ぶ歓楽街まで行かなければならない。ためらいもなく夜の街に足を踏み入れるシェリルの姿が、ジェイミーは容易に想像できた。


 おまけに危険を冒したのはジェイミーのためなのである。そこのところにちょっとぐっときてしまう。そういう意味でもことさら厄介である。


 ジェイミーはシェリルの両肩を掴み、なるべく真剣な表情をつくった。


「身の安全とか、考えたことあるのか? 夜中に一人で出歩くなんてどうかしてるぞ」


 シェリルは不敵な笑みを浮かべ、ちっちっと指を振った。その仕草がなんとも憎たらしい。


「夜中に一人で出歩くなんて、針の穴に糸を通すようなものよ」

「ごめん、例えが全然わかんないんだけど」

「すごく難しいけど、私なら目を閉じていても出来るってこと」


 そう言って胸を張るシェリル。ああ、全然伝わってないな、とジェイミーは気が遠くなる。


「出来る出来ないの話じゃない。最終的に大丈夫ならそれでいいと思ってるだろう。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよ」

「身の安全を気にするような人間は一人で王宮に潜入したりしないわ」

「確かに」


 結論が出てしまった。ジェイミーはがっくりとうなだれる。


「で、噂はどんな感じなの?」

「さぁ、全く把握してない」


 王宮舞踏会で好奇の目にさらされたのは一ヵ月も前のことである。それから一度も社交の場に顔を出していないので、自分が今どれ程の変態なのかジェイミーには測りようがない。


 そのことを伝えると、シェリルはなるほどと頷き、立ち上がった。


「それじゃあ最近舞踏会に参加した人に、ジェイミーの噂がどんな感じなのか聞きに行きましょう」


 善は急げとは彼女のためにある言葉である。意気揚々と部屋の出口に向かうシェリル。死んでも部屋から出すなと隊長に命じられているジェイミーは、慌ててシェリルの腕を掴んだ。


「いいよそんな大げさにしなくて」

「ジェイミー、私たちもう五日もこの部屋に缶詰めよ。このままじゃ時代に取り残されてしまうわ」


 ジェイミーは部屋に留まるための口実を急ぎ考える。


「職場で噂の話はしたくないんだよ。その、精神衛生上、よろしくないって感じで……」

「じゃあ、神殿に行ってもいい? この間借りた本を返したいの」

「それはまたの機会に……」

「じゃあ、お腹が空いたから何か食べにいきましょう」

「引き出しに隊長が隠してる非常食があるからそれでしのいでくれ」


 ジェイミーの必死さに違和感を覚えたのか、シェリルは駆け出そうとしていた足を止めた。そして、疑り深い視線を向けてくる。


「この部屋から出ちゃいけない理由でもあるの?」


 探るような目を向けられ、ジェイミー表情をひきつらせる。


「それは……」


 言葉を続けられず困り果てるジェイミー。嘘をついても容易く見破られることは明白だ。シェリルはじっとジェイミーを見つめたあと、ふと執務室の扉に目を向けた。何だと思いジェイミーも同じ方向に視線を移す。

 扉の向こうから、バタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。やがて、勢いよく扉が開いた。






 最初に部屋に入ってきたのは、ニック、ウィルを含む騎士隊の面々である。騎士たちは一糸乱れぬ動きで執務室に突入し、入り口を塞ぐように横一列に並んで一斉に剣を構えた。騎士たちの後ろからものものしく登場したのは騎士隊の隊長と副隊長。次いで現れたのは、国軍のトップである団長である。


 あまりのことに、シェリルだけでなくジェイミーもポカンと口を開け固まった。団長まで出てくると予測していなかったジェイミーは、やけに気合いが入っている同僚たちを前に数秒間呆気にとられる。


「なんの騒ぎ?」


 シェリルが呆然と呟く。一列に並んだ騎士の一人が、口を開いた。


「シェリル・スプリング。両手を頭の上に。そのまま膝をつけ」

「嫌よ」


 厳しい口調で命じた騎士に対し、シェリルは即答する。その返答に騎士は閉口し、隣に立っているニックの方に顔を向けた。


「嫌だってさ。どうすればいいんだ?」

「あれだろ、実力行使だろ」

「それは具体的にどうするんだ」

「知らねーよ。先輩、どうすればいいんすか」


 ニックが隣に立っている騎士に尋ねる。騎士はしばらく考えたあと、後方に顔を向けた。


「隊長。どうすればいいんですか」


 隊長と副隊長は同時に頭を抱える。


「もうなんでもいいから、とにかく拘束しろ」


 弱々しい隊長の命を受け、騎士たちは再びシェリルに向かって剣を構える。しかし皆、一向に動き出す気配がない。先程シェリルに膝をつけと命じた騎士が口を開いた。


「なぁ、誰か拘束具とか持ってるか?」

「持ってない」

「俺も」

「じゃあどうする?」

「このまま取り囲めばいいだろう」

「窓から逃げたらどうするんだ」

「外は衛兵隊が囲ってるんじゃなかったっけ?」

「そうだっけ」


 ああでもないこうでもないと議論する騎士たち。やがて、話の矛先がジェイミーに向かった。


「そもそも拘束するのはジェイミーの役目だったはずだろ」

「そうだよ。おいジェイミー、早く拘束しろよ」

「えぇ……」


 そうだそうだと騎士たちの声が飛ぶ。執務室に現れ剣を構えたときの厳粛な雰囲気は今や見る影もない。

 収集がつかなくなったところで、団長が大きく咳払いをして騒ぐ騎士たちを黙らせた。瞬間、執務室はしんと静まり返る。


「キャンベル、あとで私の部屋に来い。騎士隊の現状について話したいことがいくつかある」

「はい……」


 団長の言葉に隊長が遠い目をしながら頷いた。きっと今、隊長の頭の中には『引退』という言葉が無数に飛び交っていることだろう。


「ねぇ、これって訓練か何か?」


 一連の様子を大人しく観察していたシェリルは、憮然としながら声を上げた。遠い目をしていた隊長はその言葉で現実に舞い戻り、すぐさまいかめしい表情を浮かべる。


「訓練ではない。スプリング。お前を人身売買および王弟襲撃、王宮侵入その他諸々の罪で拘束する」


「はぁ?」


 執務室に、シェリルの間抜けな声が響き渡った。

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