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43.快気祝いという名の企み

「リリー嬢、執務室の前に侍女を待機させるのはやめてもらえるか。俺がどこぞの貴婦人を連れ込んでいると噂になるだろう」


 執務室に足を踏み入れた隊長は開口一番、リリーに苦い顔でそう告げた。リリーは隊長の言葉を無視して優雅に片手を差し出す。


「ごきげんよう、キャンベル子爵」


 目の前に差し出された手を、隊長は面倒くさそうに見下ろした。


「失礼。堅苦しいのは苦手なもので」


 素っ気なく吐き捨て、隊長はリリーの前を素通りする。むなしく宙に浮くリリーの手。後ろに続く副隊長が苦笑いでその手をとり、手慣れた仕草で手の甲にキスを落とした。


「ごきげんよう。あいかわらずお美しいですね」

「……ありがとうございます。サビク伯爵」


 不満げに返事をするリリー。副隊長の手が離れた瞬間、リリーは後ろを振り返って悔しそうに叫んだ。


「嘘でしょう、また賭けに負けた!」

「いい加減諦めなよリリーちゃん」


 言いながら嬉しそうに立ち上がったのはニックである。リリーは渋々部屋の外にいる侍女に声をかけ、銀貨を一枚受け取りニックに手渡した。その光景にジェイミーはポカンと口を開ける。


「リリー、なんだそれは」

「ニックと賭けをしたの。キャンベル卿が私に貴族の礼をしてくれるかどうかで50カロンよ」

「ありがとうございます隊長。隊長のおかげでひと儲けできました」


 ニックはリリーから銀貨を受け取り隊長に礼を言うと、ご機嫌な様子で再びソファーに腰を下ろした。それと同時に、ジェイミーは青い顔で立ち上がる。


「リリー! ニックと賭けはするなとあれほど言っただろう!」

「だって今回は自信あったんだもん」


 リリーは膨れっ面でウィルの影に隠れる。隊長はどす黒いオーラを放ちながらニックを思いきり睨み付けている。


「この俺を賭けの対象にするとはいい度胸だ」

「隊長が紳士的な振る舞いを心掛けてればこんなことにはならなかったんですよ。これを機に心を入れ替えてください」

「余計なお世話だ。お前の知らないところでは完璧な振る舞いをしてるんだよ俺は」

「またまた。毎晩仕事ばかりでろくにデートもしてないことはお見通しです。そんな調子だから振る舞いも雑になるし結婚もどんどん遠のくばかり……」


 ニックは大げさにため息をつき、嘆かわしいというように首を振った。隊長はより一層眉間のシワを深くする。


「それはお前が提出した間違いだらけの報告書を俺が毎晩書き直していることを念頭に入れたうえでの発言か?」

「やだなぁ、隊長。どんなに尽くされても俺は隊長とは結婚しませんよ」

「ジェイミー! 考えうる限りの苦しみをこいつに与える方法を教えろ!」

「落ち着いて下さい隊長。まともに相手をするだけムダです」


 ニックに殴りかかろうとする隊長をジェイミーは必死の思いで押し止める。その隙にリリーはウィルの手を引っ張って部屋の外に出た。


「それでは皆さま。ごきげんよう」

「ちょっと待てリリー! まだ話は終わってない!」


 ジェイミーが言い終わる前に、扉はバタンと音を立てて閉まった。あとに残るのは荒んだ空気のみである。

 それまでずっと澄ました顔を貫いていたシェリルは、リリーが部屋を出た瞬間大きく伸びをした。


「結婚してないんだ。アルニヤト神殿の女の子たちには大人気だったのにねぇ」


 嫌みっぽく放たれたシェリルの言葉にジェイミーはぎょっとする。


 駆け落ち騒動の少女たちのことは、隊長にとって忌まわしい記憶だ。彼女たちは騎士隊の隊長というものに謎の憧れを抱いていたようで、軍の本部にいるあいだ、やれ握手をしろサインをくれと四六時中隊長を付け回したのだ。きゃあきゃあと周囲で騒がれ続けた隊長はストレスで血を吐いたとか吐いていないとか……。


「どいつもこいつも……」


 隊長は怒る気も失せたのか、げんなりした顔で執務机の前の椅子に腰を下ろした。ジェイミーは恐る恐る、頭を抱える隊長に声をかける。


「大丈夫ですか?」

「いいや、大丈夫じゃない。もう引退してやる。俺は旅に出る」

「そんな……」


 隊長のいなくなった騎士隊を想像して血の気が引いたジェイミーの肩を、副隊長がポンと叩く。


「心配するな。隊長が一日一回こうやって弱気になるのは儀式みたいなものだからな」


 それはそれで心配である。ジェイミーは早いところ隊長のストレス源を部屋から連れ出すことにした。


「隊長、もう留守番はいいですか」

「ああ、どこへでも行ってしまえ」


 隊長はやさぐれた様子で吐き捨てる。ジェイミーはこれ幸いとシェリルとニックの襟首を掴み、有無も言わさず部屋の外に引きずり出した。


 バタンと扉を閉め、ジェイミーはホッと息を吐く。背後では隊長の神経にダメージを与えた二人が何やら考え込むように腕を組んでいた。


「あの気の沈みよう。どうやら自警団の調査はまた却下されたみたいね」

「俺たちが必死で書き上げた書類はただの紙切れになってしまったか」


 好き勝手なことを言う二人を振り返り、ジェイミーは隊長に心から同情した。隊長の気が沈んでいるのは身内に敵が多すぎるからに違いない。


「二人とも、隊長を困らせるのはやめろよ」

「何をいい子ぶってるんだジェイミー。お前もここ最近は人のこと言えないからな」

「…………」


 返す言葉がない。虚ろな顔で黙り込むジェイミーを無視して、ニックは隣に立っているシェリルを見下ろした。


「ところでシェリルちゃん。復活おめでとう」

「ありがとう」

「快気祝いにいいものをあげるよ」

「いいもの?」


 ニックは懐から二枚の紙を取り出し、シェリルの眼前にかざした。シェリルは何度か瞬きしたあと、あっと声をあげる。


「闘技場の入場券だよ」

「わぁ、ありがとう!」


 飛び上がらんばかりに喜んで、入場券を受け取るシェリル。


 ジェイミーは嫌な予感がした。闘技場というと、人身売買の騒動のとき、マックスという男が『全部闘技場の奴らの考えで……』と言っていたあの闘技場である。ニックに聞いたところによると、王都には自警団の経営する大きな酒場があって、その建物の中では毎日闘技の見世物があるという話だ。


 ジェイミーは無言でシェリルとニックの間に入り込み、二人を引き離した。ニックが楽しげな声を上げる。


「どうしたジェイミー」

「どうしたはこっちのセリフだ。なんだこれは。闘技場の入場券ってなんだ」


 ジェイミーはシェリルの手にある紙切れを指差し、ニックに詰め寄る。ニックは軽い調子で肩をすくめる。


「そりゃあ文字通り、闘技場の入場券だよ」

「何でそれをシェリルに渡すんだ。しかも二枚」

「まぁ落ち着けって」


 ニックはジェイミーの両肩を数回叩いたあと、コホンと咳払いする。


「実はな、シェリルちゃんの監視をしている間、この国の未来について二人で話し合ったんだ」

「……は? 国の未来?」

「貴族院はどうせ自警団の調査を許可しないし、このままじゃ人身売買を企んだ奴らも野放しだ。また同じことが起こらないとも限らない。だから俺はシェリルちゃんに望みをかけることにした」

「シェリルに人身売買の黒幕を突き止めさせるってことか?」


 ジェイミーは言いながら、シェリルを振り返る。シェリルは拳を握り気合い十分という様子である。


「安心してジェイミー! 必ずや私が黒幕を突き止めて騎士隊を書類地獄から救い出してみせる!」


 ものすごく不安である。ジェイミーは呆れ返った顔でニックに向き直った。


「まんまと口車に乗せられてるじゃないか。こんなことだから隊長はお前に監視を任せたがらなかったんだぞ」

「まぁ、正直俺もうまく使われてる自覚はある。だから入場券を二枚用意した」


 そう言ってニックはシェリルに目を向けた。シェリルは眉をひそめ、二枚の入場券を交互に見る。


「まさかニック、あなた付いてくるつもりじゃ……」

「そうしたいのは山々だけどね、俺は自警団に知り合いが多いし国軍騎士だって知られてるから闘技場の奴らに警戒されるだろ。だからそれは君のご主人様の分」


 そういって、ニックはジェイミーを指す。瞬間、ジェイミーとシェリルはさっと顔色を変えた。


「お前、勝手なことを……」

「そうよ! ジェイミーは闘技場とか絶対向いてないから一緒には行けない!」

「え」


 ジェイミーはシェリルの言葉に地味にショックを受け固まる。ニックは笑いを耐えながら、諭すような口調でシェリルに言った。


「まぁそう言うなって。外を出歩くときはジェイミーが監視として付いていくって約束だったはずだろ」

「それは……」


 シェリルは言葉を詰まらせる。ニックはジェイミーの肩を後ろから掴み、ずいとシェリルの方に押し出した。


「つまりだな。もし君が闘技場で騒ぎを起こしたり何かしらを企んだりその他諸々怪しい動きをした場合、その責任は全部こいつが負うことになるわけだ」


 勝ち誇ったように言い放ったニックを前に、シェリルは悔しげな表情を浮かべ唇を噛んだ。

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